潜入 【参】
どうも武竜です。「TSUWAMONO」をご覧になられている皆様。大変長らくお待たせしました。私自身スランプに陥ってしまい、上手く筆を進めることができませんでしたがようやく本編を更新することができました。まだまだ本調子ではありませんが少しでも筆を動かそうと努力しておりますのでどうぞ長い目でご覧になられてください。では潜入【参】を楽しまれてください。^^
――バビル基地・一階――
「では後ほど会おう」
アルマンはレイナの肩を軽く叩くとケンとケネスを引き連れて彼女の元を去っていった。
地下一階の階段を使い、地上一階へとやってきたケンたちは辺りに人の気配がないことを確認すると、目指すべきエレベーターの位置を確認した。
「ふむ、それにしても目的のエレベーターまで大分あるなぁ…」
「はい。それに先ほど基地内の地図を得るついでに監視カメラの映像を覗いてみたのですがかなりの兵士が巡回しています…。それに目的のエレベーターの前には常時二人の兵士が見張っているので一筋縄にはいかないでしょう…」
ざっと地上一階の地図を見たアルマンの発言にすかさず現時点の状況を報告するレオン。その仕事振りはさすがと言える。
彼が言うようにこの地上一階は先ほどの地下一階とは比べものにならないくらい敵兵の警戒が厳しい。巡回の兵士は大体二十人ほどで絶えず二人一組で行動し、決められたルートをしっかりと警戒している。しかもこのフロアは先ほどの地下一階より広いだけでなく通路がまっすぐに伸びているため見通しが非常に良い、つまり死角がないのだ。一応、監視カメラはレオンの手によって封じこめたがそれでも巡回している兵士たちの警備は侮りがたい。
「とにかくこの大人数で行動するのは無謀といってもいいわね。チームを二組に分けるべきだわ」
確かにレイナの言う通り今の人数で行動すれば間違いなくて敵兵に見つかるだろう。ケンたちは彼女の提案の通り、部隊を二つに分けることにした。
「よし、では部隊はおれとレイナを隊長とした二班に分けようと思う。おれの方にはケンとケネス、レイナの方にはマックとレオンだ」
アルマンの意見に異議を述べるものはおらず、ケンたちは彼が述べた案を呑むことにした。そして出来るだけ敵兵にばれないように言い聞かせるとアルマンはケンとケネスを引き連れて左側通路へと去っていった。程なくしてレイナたちも階段から身を掲げ辺りを確認しながら彼らとは反対方向の右側通路へと足を進めた。
双方が分かれて数分もしないうちに、アルマンたちは足止めを食らっていた。巡回の兵士が互い違いにやってきて思うように進めないためだ。
ケンはこの状況を切り抜ける最適な方法を考えながらアルマンからの指示を待っている。しかし、中々敵にばれずにこの場を通り抜ける方法など思いつかず彼は頻繁にアルマンの顔を窺っていた。だがアルマンはただ黙っているだけでケンと同じく考えが浮かばない様子だ。
そんな時だった。ケネスが今思い出したかのようにある案を投げかけてきたのである。
「隊長、すっかり忘れておったんですがわいこんなもん持ってきてますねん」
ケネスはそういうとある一つの筒状の物を目の前に差し出した。それはケネスが使用する特殊弾であった。その弾は全身海のような深い色合いをしており、中心には花ちょうちんのドクロマークが描かれてある。
ケネスは壁沿いで伺いながら敵兵がやってくるのを待った。コツコツと壁に反響させながら敵兵の靴音が近づいてくる。そしてケネスたちがいる角の一つ先に現れた瞬間、ケネスは静かにその筒を敵兵の下へ静かに転がした。
そして筒は見事敵兵の足に当たりその場に止まった。
「ん!? 何だこれは。うわっ、煙が出やがった。うぅ、何だか意識がもうろうと……」
煙が噴射されてからまもなくして重い何かが倒れる音がした。そっとケンたちは角から覗いてみると見事、敵兵は夢の世界へと旅立っていた。
そうケネスが使用したものは《催眠弾》と呼ばれるものであった。安全ピンを抜いてから一定時間後に筒から催眠ガスを噴射するという代物でケネスはこれを敵兵の重要人などを無傷で捕獲するために開発した。だから今回のような潜入任務に決して必要なものではなかったのであるが彼は何となくこの特殊弾を持ってきていたのだ。まさに運命のいたずらとは恐ろしい。
「よし、これでこの先まで進むことができるな。っとその前にケン、ケネス、おねんね中の敵兵さんを他の巡回の兵士に見つからないところに隠すぞ」
アルマンは彼らに敵兵を待ち上げさせると眠りから覚まさせないに慎重に移動しながら先ほどまでいた角のところへと運んだ。ケネスの話では強力な催眠ガスが使用されているのでちょっとやそっとでは起きないという。(ためしにケンは眠る兵士の顔をいじくりまわしてみたが全く起きる様子はなかった。最もケンとケネスはあまりのおかしさに笑いそうになっていたため声が出ないよう必死に口を塞いで堪えていたためそのようなことを確認する余裕は微塵もなかった…。アルマンはそのような二人を眺めながらヤレヤレといった様子で軽くため息をついたことは言うまでもない)
必死に笑いを堪えていたケネスであったがようやく波も収まったようでその表情はいつもの読めない笑顔に戻っている。彼は視線を気持ちよさそうに寝ている兵士からアルマンのほうへと移すとその読めない表情のままある提案を投げかけた。
「隊長、わいええ案思いつきましたわ」
「ん? どういった案だ」
隊長の返答に対し、ケネスは先ほどより更に口元を緩めその視線を再び足元で眠りこけている兵士へと向けた。
――時を同じくしてレイナ班――
「困ったわねぇ〜、これじゃあ進むにも進めないじゃない」
レイナは壁沿いから一つ先の通路にいる敵兵を眺めながら困った様子でぼやいた。敵兵の行動を監視してから彼是五分。敵兵の警戒は依然崩れる様子はなく、彼女らは途方に暮れていた。何とかこの状況を切り抜けようと己が持つ全ての知識を搾り出して考えるも名案は浮かばない。マックが時折案を出すのだが彼女に言わせれば処刑ものだ。(ちなみにレイナは心の内で三回マックを処刑していた)ちなみにその彼が出した案というのが次の通りである。
マック案その一。敵が気づく前に先制攻撃。→潜入任務を根本から否定するので却下。
マック案その二。自分たちの進行を妨げる敵を排除しつつ、目的のエレベーターまで突撃。→その一とさほど変わらないので却下。
マック案その三。巡回の兵士などはなからいないと自分に言い聞かせる。→却下、理由は説明するのも面倒なので省略。
このように全く役に立つ案は出ず、レイナはため息を付かずにはいられなかった。ふと彼女は先ほどからやけに静かなレオンに視線を向ける。こういう時ほど役に立つはずの彼が意外にも一度も出していないことに彼女は不満を感じると共に不思議に思っていた。そんなレオンはいつも以上に黙り込み、どこから出したのかあの古文書を黙々と読んでいる。
レイナは任務中に本を読むなどいったいどういう神経をしているのかと彼を怒鳴りたくなったが魔術師であり策略家でもある彼が何の考えもなしに本など読むはずがないと瞬時に悟り、彼女は彼がこの状況を打ち破る解答を見つけるのを待つことにした。
しばらくしてレオンは静かに本を閉じた。どうやらそれ相応の打開策を閃いたらしい。彼はレイナと目を合わせると三人にしか聞こえない囁くような且つ、くっきりとした声でその名案を語りだした。
「う〜ん、いいんじゃないかしら。ワタシはそれに賛成よ。マックはどう?」
「俺は姐さんがいいんでしたら一向に構いませんぜ。まぁ、レオンの考えよりまともな案が浮かびやせんし」
両者の賛同を得たレオンは少し頬を緩めるとすぐさま彼の言う名案を実行することにした。
彼は静かに意識を集中させるとゆっくりとある言葉を口ずさみだした。彼の口から発せられる言葉はまるで木で出来た笛の音色のように柔らかく、またそれらは呼吸をしているかのように生命を感じさせた。
レオンの右手が徐々に光を放ちだす。光は見る見るうちに大きくなりまたその輝きも強くなる。そしてゆっくりと右手を掲げると仕上げの詠唱を口にする。
「絶対なる虚にして心奪いし幻影よ、その妖気を持って心弱き者に一時の幻を… トリージュ!」
レオンの詠唱が終わると共に彼の右手に集いし光は目の先にいる敵兵目掛けて勢いよく飛んでいく。敵兵は飛んでくる光に気づき驚きの声を上げるが光が彼の体を包み込むと彼はその場に崩れ落ちた。
敵兵が倒れこんだのを確認するとマックは恐る恐るその兵士に近づいた。するとどうだろう。その兵士はとても満足げな顔で寝ているではないか。マックは軽く敵兵の顔を叩いてみたが起きる様子は全くない。
巡回の兵士が起きないことを確認するとマックのほうにレイナたちも歩みよる。そして彼らの足元ですこやかに眠る兵士を他の敵兵から見えないところまで運び、彼らは再び、目的のエレベーターに向かって進行を始めた。
「それにしてもすげぇなあ、魔法ってのは。あの野郎、無様に眠りこけていたぜ!」
足を進める中、マックは先ほどの出来事に無邪気な子供のように興奮していた。
彼は魔法を間近で見るのが初めてなのだ。この世界において魔法というものは非常に珍しく、滅多に見れるものではない。それは魔法を使用できる者が非常に少ないためである。そもそも魔法というものは誰にでも使用できる技ではない。この世界において魔法とは、大気中に漂う《フェイン》と呼ばれるエネルギーを詠唱によって具現化させるものを指す。このフェインなるエネルギーは常人には見ることもまた感じることもできないが魔法使いと呼ばれる者たちはこれを感じることができる。
人間は脳を半分も使用せずに死んでいくといわれるように常人の脳には眠る部位が多く存在する。時折、普通の人より特異な能力を持つ者が誕生するがそれはその眠れる部位の一部を使用できることが要因であると考えられている。魔法使いはその眠れる部位の全てを使用できる者たちなのだ。つまり本来人間が持つ脳の力を100%引き出すことができる者たちなのである。
とある学者の考えによると彼ら魔法使いが魔法を使用できるのは、我々の体内に流れるかすかな超文明の血が運良く開化したためだという。それは超文明の遺跡から見つかった彼らの生活が記された記録によって彼らは誰しもが魔法を使用でき生活の中に取り入れていたことが判明しているためだ。つまり現在、ルフィスに住む人々と超文明の人々は血が繋がってはいるが、何千年という時を経て彼らの血は日に日に薄れていったため今では魔法を使用できる者が少数になってしまったという。よってマックの反応は決して過度なものではないのだ。
マックほどではないがレイナもまた内心興奮気味であった。そしてより一層自分の隣にいる少年とも思える若僧が頼もしく見えた。
それからレオンは二度同じように巡回の兵士に幻惑の魔法を使用し、彼らはエレベーターを肉眼で捉えることができる角までやってきた。エレベーター前には二人の兵士が持ち場を離れずに見張っており、彼らは隙を見せる様子はない。
しかし今度もまた同じようにレオンに活躍してもらえばいいのだとマックは考えていたが、当本人は黙り込んでおり、魔法を使用する動作を見せない。不思議に思ったマックは何の考えもなしに、沈黙を続ける銀色の眼の青年に質問した。
「おい、今度もまたあの幻惑の魔法を使用すればいいんじゃないのか?」
するとレオンは軽くため息を付き、マックを軽蔑するかのような眼差しで彼の質問に答えた。
「…魔法を何か超絶したものみたいに思っているみたいだけどそんなに都合の良いものではないんだ。そもそも魔法には対象というものがあり、各魔法によって異なる。僕が先ほど使用したトリージュの対象は一人。だからあの魔法はここでは通用しないんだよ…」
その返答に対し、マックはあまり理解していないようで先ほどから首を傾げている。その様子を見てレイナは呆れた様子でレオンに代わって彼に説明をしてやった。
「つまり、敵は二人いるのに一人にしか効かない魔法を使用しても、もう一方が詠唱で発せられる光でこちらに気づいちゃうでしょ。そうすれば応援を呼ばれて私たちはその場で射殺されるか、捕まって拷問されるかどちらかの運命を辿るというわけ」
彼女の説明によってようやく現状を理解したマックは心の内に秘めた“突撃”という案を即座にやぶり捨てた。しかし、現状を理解したといっても状況が厳しいのが変わるわけではない。マックは潜入任務ということでいつもの装備の内一つの機関銃を置いてきたことを少し後悔した。
彼女らが打開策を考えながらエレベーターのほうを監視していると、状況を更に悪くする事態が起きた。エレベーター前の兵士が五人に増えたのだ。これではもはや任務を遂行するのは至難の業だ。彼女らは一先ずアルマン班と合流しようと考えた。レイナは通信機の回線を開き、アルマンへとコールした。しかし、アルマンからの応答はない。
(どういうこと? まさかアルマンたちの身に何かが!?)
レイナはアルマンへのコールを止めると、これからどうするかレオンとマックに相談しようとした。今の厳しい状況と自分の精神状態では的確な判断はできないと考えたためだ。
「おい、あそこに誰かいるぞッ!」
突然、エレベーター前の兵士が怒鳴るような声を上げた。
しまった、ばれた! レイナのあせりは益々強くなった。彼女らはすぐさま肩に掛けていた銃を構え戦闘態勢を取った。
「うっそ〜ん♪」
エレベーターの方角から拍子の抜けた声がしたと思うと次に二つの重く倒れるような音がした。
レイナは恐る恐る顔をエレベーター前へとやった。するとどうだろう。先ほどまでエレベーター前の警備に当たっていた二人の兵士が倒れているではないか。彼女は一瞬いったい何が起きたのか理解できなかった。ふと残りの三人の兵士の一人と目が合う。レイナはすぐさま顔を引っ込めたが明らかにばれてしまった。彼女は自分のしてしまった失態を心の中でひどくののしったが今はそれどころではない。恐らく敵はすぐにでもこの角から現れるに違いない。レイナは再びすぐにでも反撃できるよう身構えた。しかし、角からやってきたのは敵兵ではなく先ほどの拍子抜けした声であった。
「姐さん、もう隠れてへんでええでっせ♪」
レイナはその声を聞いて再び顔を角から覗かせた。するとそこにはこちらに向かって手を振る三人の兵士がいるではないか。レイナは今度は全身をさらけ出すと慎重に彼らのほうへと歩みを向けた。レオンとマックも彼女に続いた。
兵士たちはまだ彼女らの緊張が解けていないのを感じ、ヘルメットを外した。
するとそこには彼女らが見覚えのある顔が現れた。
そう、三人の兵士とは敵兵に成りすましたケンたちだったのだ。
「いやぁ、驚かせてすみまへんなぁ。それにしても他の兵士と見分けがつかんほどの変装ぶりでっしゃろ?」
「すみません、驚かせてしまって。でもオレ、刀差したまんまでしたから結構気づけたと思いますけど」
よく見ると確かにケンの腰には刀が差されてあった。それによく考えてみるとあのような独特なしゃべり方をするのはケネス以外にありえない。レイナは自分もまだまだ半人前だなと深く感じてしまった。
「よし、これで全員が揃ったな。では、新兵器を拝みに行くとするか」
「そうね、それにもたもたしていると我々の侵入が敵兵にばれてしまうわ。ちゃっちゃと終わらせましょう」
彼らはエレベーターへと乗り込むと謎の新兵器のある地下倉庫へと向かった。彼らが後にしたエレベーター前には二人の気絶した兵士と三着の脱ぎ捨てられた軍服が残されていた。