潜入 【弐】
――アーマイ洞窟――
目的の基地、バビル基地から十キロ離れた地点でマージから降りたケンたちはとある洞窟に足を運ばせていた。
洞窟の名はアーマイ。レオンの説明によるとこの洞窟は全長百キロにも及ぶ洞窟でこの地帯全域に無数に枝分かれして伸びているらしい。そんな洞窟に何故彼らがいるのかというと、どうやら枝分かれした道の一つがバビル基地の下を通っているらしく、彼らは今その地点を目指して進行している。
洞窟を進むこと数分、すっかり光は差し込まなくなり辺りを暗黒が支配している。
ケンたちは暗視ゴーグルを装着して何とか視界を確保していた。洞窟の壁は全体的に湿っていて時折、雫が肩や頭に落ちてくる。
分岐点に差し掛かるたびに彼らは一度足を止め、レオンが彼の持つ万能コンピューター、ハグノーンのディスプレイに映し出されているマップを見て進行方向を確認する。分岐点はしょっちゅう現れケンは二十回目を通った後、もはや数えるのをあきらめていた。彼は決して方向音痴な方ではなかったが五十回目と思われる分岐点を通過する頃にはすっかり自分がどの辺りにいるのか分からなくなっていた。
そして洞窟を進むこと一時間と半刻。レオンの足がピタリと止まった。どうやら目的の地点に到達したようだ。レオンは壁の方へと足を運ぶと壁に耳を当て軽くノックし始めた。
コンコンコン
壁を叩く音は沈黙が覆うこの洞窟の中で驚くほどよく響いた。レオンは確認をし終えた様子で壁から離れるとケネスの方へとやってきた。
「どうやらこの壁の向こう側に空洞があるみたいだ。基地の敷地内に位置することから考えて基地施設に繋がっているとみて間違いないだろう…。ケネス、爆破を頼む」
「了解ッ♪」
ケネスは腰に取り付けてあるポーチから円形の物を六個取り出した。それは直径五センチほどの大きさで、材質は互いにぶつかり合ったときに聞こえた重く響きの良い音から金属のようだ。
彼はレオンから指定された壁に近寄ると手を当てながら位置を確認し円形物を一個一個慎重に取り付けていく。全てが取り付け終えるとケネスは隊員たちに壁から五メートルほど離れるよう指示した。ケンは円形物が取り付けてある壁をよく見てみた。するとそれらを線で結ぶことによって巨大な円が形成されることに気が付いた。
「ほな、いきまっせ〜。あ、暗視ゴーグルのスイッチ切るの忘れんといてくださいな♪」
ケネスが右手に持つスイッチを押すと共に真っ暗な洞窟が一瞬にして光に飲み込まれる。すると洞窟の壁は崩れ落ちていき、きれいな円形状にくりぬかれた入り口からは薄っすらとした光が差し込んできた。
「すごいでっしゃろ? これはわいが開発した万能小型爆弾、《マール》や! いかなるところにも設置可能で小型にも拘らず厚さ三十センチの鉄板に軽く穴を空けることができる優れものや♪」
小型爆弾が思うように機能してくれたことにケネスは心の底から満足していた。そんな彼を無視して空洞へと真っ先に潜入したレオンは目の前に広がる光景からここがまさしく基地施設の一角であると判断した。
空洞は大きな筒状になっており、中央には川が流れている。川の水はひどく濁っており、これまた強烈な悪臭を放っている。
「どうやら基地施設の排水路に出たようですね…」
レオンはハグノーンのディスプレイを眺めながら現在の位置を確認し出した。そしてこの排水路を左に向かえば基地の建物に潜入できることを確認し終えると、再びケンたちを先導しながら歩みだした。
排水路にはケンたちの進行を妨げるセキュリティーやトラップが全く存在せず、彼らは順調に排水路の出口に近づいていた。
「どうやら出口のようですね…」
歩くこと数刻、彼らは排水の源泉が出るところにたどり着いた。この空間は先ほどの排水路より大分明るく、ケンたちは一瞬、目がつぶされるかと思った。奥行きもかなりあり、出口らしきものは見当たらない。この空間の壁からは様々なパイプが出ており、それらは一つの大きな装置につながっていてその装置からまた排水が流れ出ている。どうやらここは基地内で出た排水を処理するための施設のようだ。
さすがにこのような場所に基地のメインコンピューターにつながっている端末などないのでケンたちは取り合えずセキュリティーがないか警戒しながら前に進むことにした。
彼らの行く手にはパイプや排水を処理するための装置ぐらいしか障害物はなく、侵入を防ぐトラップなどは一切存在しない。ただあまりにパイプが至る所に通っているので二、三メートル先までしか視界を得ることが出来ない。そのため万が一のことを考えて彼らは武器を構えた状態で前へと進んだ。
しかしケンたちの行動は全くの意味を果たさずに彼らは当等出口らしきところまでたどり着いてしまった。
「どうやら敵は地下からの侵入対策について全く考えていなかったようですね。さっさとこの階段を上って出口らしき扉まで向かいましょう…」
彼らはケンを先頭にしながら階段を上り始めた。階段はジグザグ状になっており出口らしき扉はその階段の頂上に位置していた。高さにするとビルの三階ほどになるであろうか、彼らは全く苦にすることもなく階段を上り終えていた。真っ先にたどり着いたケンは扉に近づくと耳を当て、向こう側に人がいないかを確認する。向こう側から何の音も聞こえないのを確認し終えると彼は慎重にドアノブに手をかける。カチャッという鍵のかかっていないことを表す音が聞こえたドアはギギギッと音を立てながらゆっくりと開いていく。
扉の向こうには三人が横一列になっても通れるほどの広さの廊下が一直線に通っていた。今度の出口は目視で確認できるほどの先に存在した。廊下の長さはだいたい十メートルぐらいだ。しかし、今度はその出口の天井部の両端にそれぞれ一つずつ監視カメラが設置されていた。
やっとそれらしいセキュリティーに出くわしたケンたちであったがいきなり足を止めねばならぬ状況に陥ってしまった。もし監視カメラが一台であったのならカメラが設置されている側の壁に背中をくっつけて沿うようにして進めばカメラの死角を通るので敵に気づかれることはない。だが目の先にある出口に存在する監視カメラは両端に二台ある。これではお互いの死角を補うことになるので壁に沿って進んでも見つかってしまう。
ケンはどうしようかと頭を悩ませていたが、ケネスが彼の肩を叩きながらニヤリとした表情で解決策を語りかけてきた。
「ふふふ、皆さんもうお忘れでっか? わいがこういうシチュレーションがあると踏んで開発したわいの頭ん中にある様々な知識によって生み出された史上最強にして最高傑作のたこは…ブへナッ!」
最後に何かを言おうとしたケネスであったが突然顔面に繰り出された鉄拳によって最も言いたかった言葉を言えずにもろくもその場に崩れ落ちた。
そんな彼の隣には今回鉄拳を下した張本人でもあり後ほど【不動の女神】として敵兵から恐れられるが実は既にメンバーからはとっくに恐れられているお方が崩れ落ちたケネスを華麗な笑みで見下している。
「何か幻聴みたいなのが聞こえたけど《オクトル》の聞き間違いよね?」
もしこれが普通ならアルフォード軍でその美貌を知らない者はいないと言われたレイナからされた笑みなのだから正直ドキッとするだろう。しかし、今のケネスにはその華麗なる美女の笑みが残酷なる魔王の笑み以外の何にも見えなかった。
「…はいそうです。姐さんのおっしゃるとおりですわ……」
もはや逆らうという言葉が頭の中から消えてしまったケネスは弱々しい声を出しながらガクリと力尽きた。その場にいた他のメンバーも目の前に佇む魔王から発せられる負のオーラに恐怖を感じていた。その恐怖は百キロ程離れたところにいて、現場のやり取りをほとんど把握しきれていない リリスや司令にさえも感じるほどであった。そして改めて彼らは全員合致で彼女の逆鱗に触れてはならないと誓ったのであった。
――バビル基地・地下一階――
任務が開始されて間もないというのに隊員一名が女神の逆鱗に触れたことにより重傷を負ってしまった特戦であったが、最初の難関を何とか潜り抜けることに成功した。扉を抜けた彼らの前には紺色一色に染まった廊下が現れた。廊下はちょうど彼らがいる位置を中心にT字状に枝分かれしている。取り合えず基地内のマップがないことには目的地を目指せないので彼らは端末を探すため三班に分かれて各廊下を進むことにした。アルマンとケンは前方の廊下を、レイナとマックは右側の廊下を、最後に残ったレオンとケネスが左側の廊下を進むことになった。
ケンたちは前方の廊下を歩き出してすぐに一つの扉を発見した。扉は電子ロック式のものであったが運良くロックは掛かっていなかった。ゆっくりと扉を開けながら中の様子を見てみる。どうやらこの部屋は倉庫の役目をしているらしく、部屋の大半を山積みにされた段ボール箱が占めている。
ケンは音を立てないようにゆっくりと扉を閉めるとアルマンの後をついていく。彼はふと壁のように立ち尽くすダンボール箱のラベルを見てみるとそこには《火気厳禁》のマークが描かれていた。こっそりとダンボールの壁から一つ取り出して中を開けてみると中から大量の弾丸が現れた。大きさから見るにどうやら突撃銃用の弾丸のようだ。
ダンボールの中身に興味を持っていたケンは次に別のダンボールも調べようと手をかけた。
「おい、ケン。何やってんだ? あいにくおれらは弾丸泥棒しに忍び込んだんじゃないぞ」
アルマンから一括されて我に返ったケンは苦笑しながら軽く自分の頭を叩くと本来の目的である端末を探すことにした。だが、いくら探してもそれらしく物は見つからなかったため彼らはこの場を後にし、次の部屋へと向かうことにした。
次の部屋はすぐ隣にありこちらも電子ロック式の扉であった。残念なことに幸運は二度も続かず、こちらの扉にはしっかりとロックがかかってあった。一瞬、この扉を無理やり開けようと考えたアルマンであったが音を立てて敵兵にバレるとやっかいと考え別の部屋を探すことにした。
ズバズバズバズババ――ンッ!
ガラガラガラガラドシャ――ンッ!!
「………………」
突然後方から聞こえた騒音に耳を疑ったアルマンは恐る恐る立ち去ろうとした扉のほうへと振り返る。するとそこには一仕事終えて大変満足気な青年が刀を鞘へ戻そうとしていた。そしてこちらの視線に気が付くとちっとも罪悪感のない表情でむしろ誇らしげに笑ってみせた。
「ささ、扉も開けたことですし、とっとと中に入りましょう!」
「……ケン、扉を刀でぶった斬ることは世間一般的に開けるとは言わない」
アルマンは今すぐにでも目の前の青年を半殺しの目に合わせたかったが怒り以外にも呆れや虚しさ、その他様々な感情が強く湧いたため自分でも訳が分からなくなり取り合えずため息を吐くしかなかった。
そんなアルマンを無視するかのようにケンはさっさと部屋の中へと入っていった。中は先ほどとは違い様々な銃器や佇んでいる。その種類は豊富でオートマチック式拳銃や突撃銃、散弾銃、さらにはバルカン砲やロケットランチャーといったものまで存在した。ここは一種の銃器博覧会のようだとケンは興味深くそれらの銃器をまじまじと眺めていた。
そんな彼の後方では先ほどの騒音で敵が来ないかを緊迫した様子で確かめる隊長の姿があった。幸運にも敵兵に気づかれた様子はなくアルマンは再び今度は安堵の意味を込めてため息を吐いた。すると彼の通信機にレイナとケネスの両方からコールが掛かってきた。どうやら先ほどの音は彼らにはしっかりと聞こえたらしい。
アルマンはしぶしぶ通信機の回線を開いた。
『ねぇ、さっきものすごい音が聞こえたんだけど何かあったの?』
『こちらもばっちし聞こえましたがな。で、どないしたんですか? トラップでっか?』
「……いや、大したことではない。ちょっとハプニングが起きただけだ。気にせず任務に当たってくれ」
そう言い終えるとアルマンは向こう側の返答が帰ってくる前に通信の回線を切ってしまった。そして気持ちを落ち着かせるために二、三回深呼吸するとすっかり扉を失った部屋へと入っていった。
中へ入るとすぐ目の前にそこいらに並べてある銃器を眺めているケンを発見する。アルマンは軽くケンの頭をコツくとすぐに端末探しに取り掛かるよう促した。
探すこと数分、ここにも端末らしきものは見つからずケンたちは仕方なく別の部屋を探すことにした。
銃器の部屋を後にしようとした彼らであったが、突如入った通信により足を止められた。通信の相手はどうやらレオンのようだ。早速、ケンたちは通信回線を開く。
『皆さん聞こえますか? 端末を発見しましたのでマップの情報を送信したいと思います。作業に数分掛かりますのでしばらくお待ちください…』
数分後、彼の予告通りケンたちの手元にはバビル基地のマップ情報が届いていた。彼らは地下一階の階段のところで待ち合わせることにし、各々そこへと向かった。
ケンたちが向かってみると既に他のメンバーは集合していた。他のメンバーから話を聞いてみたがやはりこの階に敵兵はいないらしい。目的地はここより更に地下のフロアのようだがどうやら一階にある専用エレベーターを使用しないとそこへは行けないらしい。取り合えず一階に行ってみないことには話にならないので彼らは一階へ向かうことにした。
一階へと向かおうとした時、レイナがアルマンに声を掛けてきた。どうやら先ほどの件が絡んでいるらしい。
「ところであの時訊きそびれちゃったけど、結局何があったの?」
「いやぁ、何といいますか…そのぉ、ケンがね……いや、本当に大したことじゃないんだよ」
非常に曖昧な返答で事の事実をうやむやにしようと努力しているアルマンであったがその努力をあっさりと崩す発言がこれまた事の原因である張本人から発せられた。
「あ、それたぶんオレですね。扉が開かなかったもんでちょいとぶった斬ってやったんですよ!」
あっさりと自白したケンはちっとも事の重大性に気づいておらず、隣で青白くなっているアルマンや唖然としている他のメンバーの表情を見て不思議がっている。すると突如辺りの空気が重くなり、濃厚な殺気がとある方向から放たれ出した。その異様な雰囲気にさすがに本能的恐怖を感じたのか、ケンは恐る恐る殺気の放たれる方向へと体を向ける。
そこには絶大な美貌を誇る、恐怖の大王が満面の笑みで彼をロックオンしていた。
「ケン〜、ちょっとお姉さんの方にいらっしゃ〜い♪」
「え? な、何ですか? オレは別に悪いこっイブラハッ!」
ここに本日二人目の尊い犠牲者が葬り去られるのであった…。