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安らぎ 【五】

――アルフォード軍本部――



 蒼天の空の下、レオンは一人、木陰で本を読んでいた。

 今日で休暇は三日目。太陽は活気に燃え盛ってはいるがそれほど暑くなく、時折吹く風でむしろ過ごしやすい一日だ。

 彼がいるのは司令部の近くにある通りのベンチで、この通りはよく軍関係者の者が休憩を取りにやってくる。ただ、今はまだ午前中であり、この通りのベンチに座っているのは彼一人であった。


「午前中から優雅に本を読んでいるとは、たいそうなご身分なことだよ」


 情報局の方からやってきた男はレオンを見るなり、声を掛けてきた。その表情は彼を妬むようなものではなく、むしろ友好的な感じだ。


「…リット、君こそこんな時間にブラブラしていて良いのかい?」


 レオンは本を閉じると微笑しながら、中指でメガネを上げる彼を見上げた。リットはレオンと目が合うと仕事を放り出してきたことを笑ってごまかしながら、彼の隣に腰を下ろした。


「頼まれていた件だが、こちらも忙しくてね。全ての情報を手に入れるのに早くても三ヶ月はかかりそうだ」


 レオンはその報にさして驚いた様子はなく、仕方がないといった感じだ。彼はリットにできるだけ早く手に入れるように頼むと再び、本を開いた。一見、彼の態度はマナーがなっていないように思われるがレオンとは付き合いの長いリットにとって、それは別に気に障るようなことではない。

 リットは用件も済ましたことだし仕事に戻るかと考えたが、せっかく抜けてきたのだからもう少し、この場にいようと思い腰を上げるのをやめた。


「そういえばお前、いっつも同じ本を読んでいるな? えーっと、確か超文明の遺跡から見つかった古文書、だったっけ?」


 リットがした何気ない質問にレオンは一瞬、ピタリと止まった。だが彼はすぐにいつもの調子に戻ると本に目を向けたまま、彼の質問に答えた。


「この本はね、実際は超文明の物じゃないんだ。超文明の時代に存在した別の文明か、もしくはそれ以前の文明だと僕は推測している…」


 その答えにリットは思わず、大げさに驚いてしまった。彼がそのように驚くのも無理がない。今現在、超文明以外の古代文明が存在していたなどという事実はどの文献にも載っていない。つまり、もしレオンの言うことが正しければ、彼は歴史的にとても貴重な証拠物件を何食わぬ顔であたかもそこいらの古本屋で買った安物の中古本を読んでいるかのように扱っているということになる。

 レオンは隣で手をあたふたとさせながら驚いている友人に目もくれず、説明を続けた。


「…まず、超文明は紙を使う文化を持ち合わせていない。彼らは全ての情報をデジタル化していたからね。そして、この古文書に書かれている文字が我々の文明のものとも、超文明のものとも一致しないことからも、この本が超文明ではない、別の高度な文明のものであるということが分かる」


「ちょっと、待ってくれ。どうしてその本が高度な文明のものだと分かるんだ? 普通、紙を使用しているのなら我々と同レベルか、またはそれ以下と考えるのが妥当だろ?」


 レオンは彼の質問をすでに予測していたかのように、間を空けずに答えだした。レオンの説明によれば、この古文書の素材は正確には紙ではないらしく、我々の文明には存在しない、科学物資によって製造されたものであるという。しかも、この古文書のすごいところはこれ以外にもあるらしい。何と書かれている内容が開く度に違うのだという。

 リットは説明を聞き終えると、今まで聞かされた内容を整理するためにしばし沈黙を続けた。そしてようやく作業を終えると最後に何故、レオンはその文字が読めるのかと尋ねた。レオンは少し考える素振りをみせると本を閉じ、リットの目を見て答えた。


「…その答は僕にも分からない。不思議なことに理解できるんだ。今まで話したことはなかったけど、僕には君と出会う二年前からの記憶しか残っていないんだ。それ以前の記憶はどこかに置いてきてしまったらしい」


 レオンが言うには彼はアルフォード王国の東側に位置するバスラ砂漠のど真ん中で倒れていたらしい。彼の記憶はそこから始まり、そのとき彼が手に持っていたのがこの古文書なのだそうだ。

 リットはただただその説明を耳に傾けた。レオンが自分から自身のことについて話すというのは珍しい。いや、珍しいというものじゃない。彼がそのようなことを話すのはこれが初めてだ。リットはレオンが積極的に話すことに驚く一方、自分に話してくれていることに喜びを感じていた。

 レオンは元々内気な性格で自分のことを話したがらない。彼に自身のことを話してくれたということはそれだけ彼のことを信頼してくれているという証だ。

 リットはレオンの説明が終わると、何と返せばよいのか分からず、とにかく話したいことがあればいつでも話してくれ、と言ってその場を後にした。

 レオンは彼を見送った後、再び本を開き、読み始めた。しかし、その表情は先ほどとは異なり、何かが吹っ切れた様子だった。

 彼の記憶は戻るのか、それは神のみぞが知ることだろう……。




――アルベルト山脈・風神の門――



 「うわぁぁーー!!」


 突風によって刀を弾かれ、青年はそのまま地面に倒される。ケンはすぐに立ち上がると再び、突風の流れに逆らって刀を水平に振った。しかし、またもや刀は正面に来たところで風に負け、彼の体は地面に叩き付けられる。

 特訓を始めてからかれこれ六時間が過ぎようとしていた。その間、ケンはひたすら突風に向かって刀を振り続けていた。しかし、彼は突風を押し戻すどころか、依然として刀を振り切ることさえできないでいた。ケンは上体を上げるとしばし、考えることにした。このままやっても無駄だと考えたためである。考えること数分、ケンは再び仰向けの状態になった。どうやら良い考えが浮かばなかったらしい。

 考えるのをやめたケンは特訓を再開することもなく、その状態のまま、何気に空を眺めることにした。


「空はいつ見ても和むなぁ・・・、おかげで頭をリセットできる。そういえば、昔はよくあいつとこの空を眺めていたなぁ」


 ケンは雲ひとつない大空を眺めながら一時の間、修行を忘れて友と暮らした思い出に耽りだした。



「…ケンの親友ですか?」


 リリスは皮を剥かれて切り分けられた果実を食べながらゴンに尋ねた。彼女は裏庭に面した廊下に腰掛けながら、老人が話すケンの昔話に耳を傾けている。老人はそんな彼女を眺めながら質問に沿うような形で話を続けた。


「そうじゃ、あいつがここに来たのは六歳の頃でのぉ、そのとき同じくやってきたのがそやつじゃ。あいつらは最初に合った時から意気投合してのぉ、共に競って刀を振り、飯を食べ、同じ屋根の下で寝る…そんな仲良しぶりじゃった」


 ゴンは当時の映像を頭の中に思い描きながら懐かしそうに語っている。その表情は普段以上に柔らかく、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

 そんなうれしそうに語る老人の姿を見てリリスは、あぁ、この人はケンとその友人を我が子のように思って接してきたのだろうと感じた。そして自分自身もいつのまにかに笑みをこぼしていたことに気づいた。それほどまでに老人の話は詳細で、誰が聞いてもその光景が浮かぶようなものだった。

 老人はしばらくの間、当時のケンと彼の親友との生活ぶりを黙々と話した。ケンが最初に素振り千回を成し遂げたこと、技の上達は親友のほうが優れていたこと、食事当番を賭けて崖登りに挑んで危うくケンが落ちそうになったこと……。

 ゴンは大分満足したようで今度は話をケンという人物像に移した。彼が語る、ケンという人物は非常に純粋な心を持ち、負けん気の強い青年だとのこと。リリスはそうだなぁ、と同意するかのようにウンウンとうなずきながら話を聞いていた。


「リリスちゃん、いっちょ面白い話をしてやろう。これはあいつが八歳のころの話じゃ」


 老人はそう言うとケンが魔獣に遭遇した話について語りだした。

 ケンが八歳のとき、彼はいつものように森に山菜を探しにやってきていた。彼は三十分ほどでその日の夕食に必要な分を採り終えて帰ろうとしたそうだ。ところが奥のほうから異様な殺気を感じたらしく、彼はそのまま帰らず、殺気のする方向へと足を進めた。

 歩くこと数分、陽はまだ高いはずなのに辺りは異様なほど暗くなり、空気は濁っていた。それでもケンは足を止めることなく、殺気のする方向へと向かった。そしてケンは一つの洞窟にたどり着いた。

 彼は一度、足を止めたがすぐに中へと入っていった。すると中には五匹の魔獣がいて、ケンと目が合うと一斉に飛び掛ってきた。普通、そのぐらいの歳の子なら恐怖のあまり背を向けて逃げるものなのだが彼はそうしなかった。彼は逃げるどころか、魔獣を睨み、腰に差した刀を抜くと何のためらいもなしに斬りかかったのだ。

 だが勝敗は見えていた。いくらあがいても八歳の子供が魔獣に敵うはずはない。ケンは刀を振り回しながらなんとか抵抗していたがついに魔獣に囲まれてしまった。絶体絶命のピンチだ。

 ところがケンは助けを乞うたり、泣き叫んだりしなかった。彼は呼吸を整えながらじっと魔獣たちを睨み、隙あらば斬りかかるというかのように刀を構えていた。

 そのとき、ちょうどケンの帰りが遅いことを心配したゴンがやってきたらしく、魔獣を斬り倒して見事倒したそうだ。

 ゴンはケンを連れて帰ると、何故、助けを乞わず、逃げたりせずに魔獣たちに挑んだのかと彼に尋ねた。すると彼は意外なことを述べたそうだ。


「助けを乞うことや、逃げることは簡単にできますが、自分の誇りが傷つきそうだったのでしなかったんです」


 リリスはその答えに呆気に取られてしまった。ケンは自分の誇りが傷つくのが嫌で自分の命を捨てようとしたのか?

 老人はそんな彼女を見ながら声を上げて笑うと次のように語った。


「な、面白い男じゃろ? あいつに取っては自分の命なんかより、戦士としての誇りのほうが大切なんじゃよ。だが、それがあいつを今の強さまで持ってきたというのも事実なんじゃ」


 ゴンはそう言うと果実に手を伸ばし、口へと投げ入れた。

 リリスはその話を聞いてケンという人物が以前より何となく分かったような気がした。

 老人は果実を呑み込むと最後にこうリリスに告げた。


「あいつはのぉ、一人でいると無理も承知で突っ込んでいく奴じゃ…。だからお前さんがしっかりあいつを支えてやってくれ」


 彼女はその頼みに黙ってうなずくとケンのいる方角をじっと見つめた。


(支えてやってくれか…。むしろ、私のほうが支えられている気がするな……)


 リリスはそのように考えながら、果実へと手を差し伸べた。

 その味は先ほどよりも増して甘く感じられた……。

 

 

 

――デルミア・酒場――



「それでね、私には歳の離れた弟がいてね…」


 レイナは先ほどから自分の身内の話をしながらアルマンと酒を交わしている。

 この酒場は偶然、通りかかった場所でレイナが彼を誘った。室内は四人制のテーブルが三つに八人は座れるカウンターが一つあるというそれほど広くない古風な店で、ジュークボックスからはムードのある曲が流れている。

 彼ら二人以外には客は五人しかおらず、それぞれテーブルで酒を交わしている。カウンターにはアルマンたち以外に誰も座っていない。

 レイナは器に入ったカクテルを一口飲むと再び、アルマンに彼女と九歳歳の離れた弟の話をし始めた。


「名前はクリスって言うんだけど、私が十四歳の時に父が家を出て行ってしまってね。その時に弟も一緒に連れて行かれたのよ。だから彼是十一年間、クリスとは会っていないわ」


 そう語るレイナの表情は少し、哀しそうだ。彼女は俯いたまましばらく黙っていた。

 彼女の話によると母方のフランク家は代々、名だたる銃士を世に出してきた名門の家系であり、彼女の父親は婿入りという形でやってきたそうだ。父方のレヴァン家も銃士の世界では有名な家系でその結婚は所謂、許婚であった。

 そういうこともあってか、彼らの縁はレイナが十四歳の時に突如として切り裂かれ、幼い弟とも離れ離れになってしまったそうだ。

 その時、彼女の父親は代々、フランク家に伝わる二丁の銃のうち一丁を持ち去ってしまったそうで、そのことがフランク家の怒りを買い、その怒りを恐れたレヴァン家は彼女の父親を追放してしまったのだという。最も、彼女の父親は七歳の弟を引き連れて本家に戻らず、どこかに行方をくらましたそうだが…。


「そのもう一つの銃というのが私の使用する“ディパルサー”なんだけどね。この銃は父が持っていったリボルバー銃、“マルクス”と合わせて代々、フランク家一の銃士に受け継がれる銃なのよ。つまり、私はフランク家一の銃士ってわけなの。驚いた?」


 レイナは酒が回ったらしく、少々、ハイなテンションになっていた。アルマンはそんな彼女に苦笑いしながらもじっと彼女の顔を見つめながら相槌を打っていた。彼自身、レイナの話に興味があったからだ。

 アルマンが彼女とこれほどまでに話すのは初めてだった。また、彼女が彼に自分自身のことを深く話してくれるのもこれが初めてだった。アルマンはレイナが自分に気を使ってわざわざ誘ってくれたことに薄々感づいていた。彼はそんな彼女の気持ちを非常にありがたく感じていた。

 実際、彼自身、この町に訪れることは気が気でなかった。この町に来てからというものの、心の奥底にある罪の意識がじわじわと表面に出てきていたのだ。言わば、彼にとってこの町は一種の懺悔室なのだ。

 しかし、レイナと話しているうちに罪の意識は次第に弱まり、今では再び彼の心の奥底で静かに眠っている。

 彼女と話しているとき、彼の気持ちは罪の意識を忘れさせるほどの何かが存在していた。彼自身それが何なのかは、はっきりとは理解していなかったが、その気持ちは依然持ったことがあるような気がしていた。


(何だったかな、この気持ち…この何ともいえない高揚感、そういえば鼓動が少し速くなった気がする……) 


 アルマンは依然として彼女の話に耳を傾けながら心の中で起きている変化を理解しようとしていた。彼は水割りを飲み干すと再び、同じものを注文した。

 結局、考えるうちに夜が更けてしまい、彼はその間にコップ十杯以上ものアルコールを摂取していた。隣ではレイナが酔いつぶれて熟睡しており、その寝顔があまりに気持ちよさそうだったので起こすのは可哀想だと思い、アルマンは彼女をそっと背中に抱えた。マスターに御代を支払い、 彼女を背負ったまま、店の扉を開いて外に出る。陽はまだ上っておらず、上着を脱いでいるためか、少々肌寒く感じた。

 アルマンは自分の背中で熟睡しているレイナを羨ましく思いながら自分たちの宿へと足を運んだ。

 その背中はとても温かく心地のよいものだった…。





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