安らぎ 【四】
――兵器開発局・研究室――
「ん〜、あかん。どうしても上手くいかん」
ケネスは製作中の兵器と睨めっこしながら頭を抱えていた。製作に入って早五時間、順調かに見えた兵器開発に突如、問題が発生したのだ。
彼が製作しているシューターの形はグレネードランチャーにそっくりであった。その仕組みは兵器内の空気を圧縮して特殊弾を遠くへ飛ばすというものであった。問題はその圧縮装置にあった。装置が上手く安定せず、弾がまともに飛ばないのだ。
ケネスはあれやこれやと考えてはみたがやはり名案は浮かばず、途方に暮れていた。
そんな彼の耳元にやかましくいびきが聞こえてきた。よく見ると隣にいたはずのマックがパイプイスに掛けたまま気持ちよさそうに寝ている。ケネスはやれやれといった様子でマックの頭上に試作品の特殊弾を放り投げた。弾はマックの頭上で豪快に破裂すると中から黄色い粘液が出てきた。粘液は見事、マックの顔面にかかった。
数秒後、マックは勢いよく起き上がるともがき苦しむように悲鳴を上げた。
「ギャァァァ! 何か顔にネバネバしたものがくっついてやがる〜!! しかも全く取れねぇ〜!」
「お、やっと起きなはったか。あぁ、そいつを無理にはがさんほうがええで。皮膚ごと持っていかれるさかい♪」
マックは犯人がケネスと分かると顔を真っ赤にしてすぐに顔に付着したものを取るように命令した。しかし、ケネスは意地悪くわざとその申し出を無視し、作業を続けた。そしてふと思い出したかのように次のように忠告した。
「あ、そや。そいつ、はよ取ったほうがええで。十分以内にこの液体を使って取らないと一生付いたままになるから。ま、別にそのままでも良いんならワイは一向に構わんのやけどな♪」
その一言に先ほどまで怒り狂っていたマックは一瞬にして小さくなり、ケネスの前に土下座した。
ケネスはその様子を面白がりながらマックに中和液を渡した。
マックはそれを強引に取ると急いで洗面台へと向かった。
「ふぅ、危ういところだったぜ…。おい、ケネス、この野郎。てめぇ、あと少しで俺の美貌な顔が醜くなるところじゃねぇか!」
「いや、そんなに大差ないやろ。むしろ、あのままのほうがマシだったかもしれへんで♪」
全くといって反省したように見えないケネスにマックは再び怒りだし、研究室内で追いかけあっこを始めたその時、たまたま通りかかった研究員の女性が中から聞こえてくる騒音に何事かと思い、扉を開けた。
彼女の眼にその光景は男が二人、楽しそうに追いかけあっているという危ないものに見えた。彼女は見てはいけないものを見てしまったと勘違いし、勢いよく扉を閉めると即座にその場を去っていった。
「ん? 今、誰か扉のところにおらんやったか?」
「あ? んなわけねぇだろ! 話をそらすんじゃねぇ!」
その後、兵器開発局にて「二人の男が研究室を貸し切ってイチャついていた」という噂が広まったことなどこの時の彼らは知る由もない……。
――ゴンの屋敷――
ケンが修行を始めるとゴンはリリスを連れてさっさとと屋敷へと戻り、再び居間で茶菓子を食べながらくつろいでいた。外の森からは鳥たちのさえずる声が心地よい風とともに部屋へと流れてくる。それはなんとも風情があり、心が癒されるものだった。
そんな空間で彼らはお茶をすすりながら、昔話に花を咲かせていた。もはや、二人の頭の中にはケンのことなどこれっぽっちも入っていなかった。
「…それで、ゴンさんはどうやって相手を打ち負かしたのですか?」
リリスはゴンが語る武勇伝に心が惹かれていた。くどいようだが彼女の頭の中にはケンへの心配などこれっぽっちもない、というかその存在そのものが消え去っている。
リリスが関心そうに聞くもので、ゴンも調子に乗って手取り足取りを使いながら話を盛り上げていた。何度もいうが彼もまた、愛弟子が今、地獄を見ていることなどすっかり忘れてしまっている。
彼の武勇伝は陽が落ちるまで続いた……。
一方そのころ、ケンはというと相変わらず竹林と格闘をしていた。この数時間というもののケンは眼のあたりにする竹を斬って斬って斬りまくっていた。ふと空を見てみると既に陽は沈みかけている。ケンは少し、休憩しようと思い、大の字に寝転がった。体の疲労は思った以上のもので、汗は体のいたるところから噴出している。ケンはその状態のまま今まで斬り倒した竹の数を数えてみた。その数、ざっと三百といったところだ。しかし、距離に換算すると彼はまだ一キロも進んでいないことになる。
ケンは深々と深呼吸をしながら呼吸を整えつつ、このままでは、とてもじゃないが三日で全ての竹を斬り倒すなど不可能だと感じた。
「はぁ、はぁ。いったいどうすりゃいいんだ?」
ケンは必死に考えようとしたがあまりの疲労感に思考が回らなかった。
少し、落ち着くと彼は師匠から修行に関する詳細が書かれた紙を渡されていることに気づく。彼はズボンの後ろポケットからその紙を取り出すとさっそく内容を見てみることにした。そこには次のように書かれていた。
修行における三つの約束
一、修行には正々堂々と望むこと。
一、上手くいかなくても刀のせいにしないこと。
一、修行が一段落尽くまで屋敷には戻ってこないこと。
※尚、これら一つでも守れなかった場合、失格と見なし、リリスちゃんにお前の人には知られたくない恥〜ずかしい
秘密(例えばお前が大事に机の引き出しに入れていたちょっと過激な雑誌を夜な夜な愛読していたこととか)を
バラすのでそのつもりで♪^^
「……何だってぇぇーーーー!!」
ケンは修行が終わるまで森で自給自足の生活をしなければならないことにも衝撃を受けたが、師匠が当時、自分がばれないように必死に隠していた雑誌のことを知っていたという事実に彼の頭は一杯になっていた。
(ということはあのことも当然ばれているということで……)
ケンは色々と頭の中を模索しながら他にも何かばれていないか確認してみた。そうするとほとんどのことが確実にばれていることが判明した。ケンはその事実に愕然とし、もう少しちゃんと隠しておけばよかったと心底、後悔した。
ケンは上体を起こす気力も起きず、ただただ深くため息をつくばかりであった。
そんな彼の気なども知らずにゴンとリリスは夜空に浮かぶ満天の星空を眺めながら優雅に食事を取っていた。
こうして休暇の初日目はさまざまな思いと共に過ぎ去っていくのであった…………。
――デルミア・国立公園――
木々は生い茂り、心地よい風にその枝を揺らしている。一面には芝生が広がっており、何組もの家族連れが和気藹々と昼食を取っている。
中央にある噴水近くのベンチからその光景を眺めていたアルマンは一瞬、今が戦時中であることを忘れてしまった。
今日は休暇の三日目。時間帯にしてちょうど昼ごろであり、辺りに家族連れが多いのは今日が国民にとっても休日だからである。
アルマンたちは初日と二日目は町で買い物を楽しんだので(といっても実際のところはレイナだけが買い物を楽しみ、アルマンはそのレイナの買った品を持たされていたのだが…)今日は公園でのんびりすることにした。
今日の空は雲ひとつなく、まさにピクニック日和だ。アルマンは大きく背伸びをしながら、こんなのどかな時間を過ごしたのはいったい何年ぶりだろうかと考えた。それだけ今までの彼の人生は切羽詰ったものだったのだ。
「それにしてもここは良い町ね。とても心が癒えるわ」
平和な光景を眺めながら言うレイナの表情はとても澄んでいて、いつも以上に美しく見えた。アルマンはそんな彼女を見ながら今この時、何千何万という男がこんなにも美しい女性といる自分を妬んでいるんだなぁ、と深く感じていた。
彼女はそのアダルトチックな風格から軍内でも年上、年下問わず人気があり、話しによれば彼女は月に十回以上は男性からのお誘いがあったそうだ。(全て丁重に断ったそうだが…)それほどまでにレイナという女性は魅力的なのだ。
「この町はね、昔から争いごとがない平和な町だった。今でも大きな事件が起きたりしないのどかな町さ。あいつらも幼いころはよくこの公園に来て遊んでいたそうだ」
アルマンは何気なくこの町の説明をしようとした。だが、その言葉の中には必ず彼らザルバン兄妹が出てくる。レイナはそのことを心の底から心配した。彼は未だに過去に囚われた人なのだ、何とかしてやりたい…。彼女の気持ちはこの町に来てますます強くなる一方だった。思えば、これほどまで他人のことで悩んだことはあっただろうか?レイナはふとそんなことを考えた。その答えはノー、だった。彼女はいつのまにかこのアルマンという男性に惹かれていたのだ。人として、女として…。だが、当の本人はそのことに気がついていなかった。今の彼女はただ、彼のことが心配でならないという気持ちで一杯だった。
二人の男と女が惹かれるにはまだ時間が必要だった…………。
――ゴンの屋敷――
修行を始めて三日目の朝、ゴンとリリスはケンの様子を見に行くことにした。
朝の空気は一段と新鮮で、まだ眠気の残っていた体を起こしてくれる。さて竹林のあるところまでたどり着くとリリスたちは三日前と今日とでは全く景色が違うことに気がついた。竹林によって途絶えていた道が真っ直ぐ奥へと伸びていたのだ。
リリスたちはその新しい道を進むことにした。道といっても足元にはまだ竹の根元が残っており、リリスはそれに何回か足を取られそうになった。
進むこと約一時間、目の前に出口が見えてきた。するとそこには一人の青年が彼らのほうに手を振りながら立っていた。ケンだった。彼は見事、三日以内で全ての竹林を斬り倒して見せたのだ。その姿は朝陽によって輝いており、人一倍たくましくなったような気がした。
リリスはケンの元へと駆け寄ると彼の手を取って共に修行を達成したことを喜び合った。
そんな二人のはしゃいでいる姿を見て、ゴンは若いっていうのは良いねぇ、としみじみと思いながら微笑んだ。
ケンたちはようやく気持ちの高揚が収まると自分たちを羨ましそうに眺める老人の眼に気づき、頬を赤らめながらお互いの顔を見合い、笑った。
ケンはゴン師匠の下へ駆け寄ると彼に修行の成果を見てくれるよう頼んだ。
ケンは早速、横に倒れている竹の山から一本の竹を手に取るとそれを三十センチほどの大きさに切り分け、上空へと放り投げた。そして手を刀の柄にやると精神を刀身へと集中させた。放り投げられた竹は見る見るうちに降下してきてケンの頭の位置まで降りてきた。
「天魔無双流〜竜の太刀〜奥義、火竜!!」
それは一瞬の出来事だった。ケンの掛け声が聞こえたかと思うと、竹の割れる音が聞こえ、地面に落ちるときには竹は全て縦に割れていた。
リリスは目をパチクリとさせながら今一度目の前で起きた現象を何度も再生していた。しかし、それでもやはり何が起きたのかさっぱりであった。
ゴンはケンと目を合わせると軽くうなずいてみせた。どうやら合格のようだ。ケンは再びリリスの手を取ると体全体で喜びを表した。今度のリリスは目の前で起こったことが理解できなかったので動揺していた。ケンはそんなリリスにお構いなしといった感じjで飛び跳ねていた。
「ほほ、はしゃぐにはまだ早いぞ、ケン。まだ、お前さんには【風竜】が残されているのじゃよ」
その言葉に我を思い出したケンはすぐに元の平常心へと戻した。そう、修行はまだ半分しか終了していないのだ。ケンは再び気を引き締めるとゴンに次の修行の内容を尋ねる。老人はいつものようににこやかな表情でケンを見つめると、付いてくるように言った。ケンたちはそこから更に山へと足を進めた。そして歩くこと半刻、目的の場所へとたどり着いた。
突然、前方から突風が吹き込んできた。その風はとてつもなく強く、踏ん張らないと飛ばされてしまいそうなほどだった。ケンたちの目の前には高さ二十メートルほどの絶壁が存在する。その絶壁には一筋の太い亀裂が入っており、そこから突風は吹き出していた。
「では次の修行内容を説明する。この崖の隙間から吹き込む突風を刀の風圧で見事、逆流させてみよ」
ケンはまたまたとんでもないことを言う師に対し、驚きを通り越し、正直あきれ返っていた。しかし、逆らうわけにもいかず、しぶしぶ納得した。
(本当にこんな突風を跳ね返せるのかよ…だが、うだうだ言っている時間はない。ここは自分の腕を信じることにしますか……)
ケンは刀を構えると突風に逆らうように刀を振りぬいた……。