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紅髪の剣士 【壱】

――最前線激戦区タッセル――



 ドゥン、ドゥン、キン、ガン、チュン、チュン、カン、ガウゥゥゥゥゥンッ!


 そこには様々な音が支配していた。

 銃声、金属音、爆音、怒声、悲鳴……。

 ここは戦場……様々な人々の意思がぶつかり合う場所。

 そして、命の光が消えていく美しくも悲しくもある場所である。

 その戦場に、一際目を張る戦闘をする青年がいた。


「せいッ! やぁ! オラッ!!」


 青年は片刃の剣を上段から振り下ろして、相手の持つ剣を縦に両断し、腹部に蹴りを放つ。

 それを横目で見ながら刀を水平にして左から斬り掛かってきた敵軍の兵士の肩を右下から素早く左上へと斬り、後ろから奇襲を掛けて来た兵士に対して刀を後ろへ一気に突き出し、刀ごと相手を突き飛ばした。


「怖気づいたのなら帰れッ!! これ以上向かってくるなら次は容赦しない!! 遠慮なく斬るッ!!」


 大きな声を上げて敵兵士に凄み、力を見せ付けるように下ろした刀を前へ振りかぶった。奇襲を加えた波状攻撃は隙が無く完璧だった。

 それでも相手は、何ら苦労した様子も無く味方を全員斬ったのだ。

 その様な光景を目の当たりにしてはどんなに戦意向上した兵士も怯えて逃げてしまうものである。

 現に、先ほど青年の目の前にいた七、八人の兵士全てが青年を恐れて逃げ出していた。それを見て青年はその場で一息つこうと、近くの岩陰に隠れた。


「ったく、誰も命の奪い合いなんてしたい訳じゃないさ…大切な人が一瞬にして奪われる…そして戦場で自らの命が散れば、その親や子、兄弟や恋人も奪った相手を恨み、憎んでしまう……どうしてあちらさんは戦争したがるのかねぇ〜?」


 誰に言うのでも無く青年はぽつりと独り言のように呟き、紅色の髪をかきながら戦場とは不釣合いの蒼穹色の空を見上げた。




――半年前、ミスバルにて――



 それは一瞬の出来事だった……。

 透き通った青空から一筋の閃光がミスバルに舞い降りた。閃光は広がり町を、人を、全てを飲み込んだ。

 ミスバルという名の町はこの日を境に地図の上から消え去った……。

 これが後に『ミスバルの悲劇』と呼ばれる大事件であり、これを合図にディーベルク王国とアルフォード王国の戦いは火蓋を切る。

 この事件をケンが耳にしたのは事件勃発から三時間が経過した後だった。彼はその時、中立国ナミルの開放都市ナルミダにいた。

 ケンはたまたま剣術の師匠の元に指導を受けにやってきていたのである。

 彼はその報道を聞くや一目散に家族のいるミスバルへエアバイクを飛ばした。エンジンがオーバーヒートするほどまでに飛ばしたため一時間も経たないうちに彼はミスバルにたどり着いた。

 しかし、そこにかつて商業都市として栄えていたミスバルという名の町は存在しなかった。もはやそこにあったのは地面を深く抉り取ってできた巨大なクレーターだけだった……。

 ケンはしばらくの間何も考えることができなかった。彼は今すぐにでもその場に崩れ落ちて泣き叫びたかった。しかし、あまりにも受けた衝撃が強すぎて彼には泣くことも、叫ぶこともできなかった。

 もはやその時の彼には目の前に広がる巨大な影をただただ呆然と見ることしかできなかった……。




――現在――



「もう、あの時のような思いはゴメンだ…そして、それをもう誰一人として味合わせたくない…だから戦う。この悲しみを生まないために……」


 握ったこぶしを見つめ、青年は決意を秘めた表情で空を見上げた。

 大地とはやはり違い、空はどこまでも青かった。

 まるで汚れを知らぬかのように、どこまでも、どこまでも澄み切った青空のままでいた。


 ピルルルルル、ピルルルルル…………


 青年の胸に取り付けてある通信機が戦場に鳴り響いた。

 それを、繋げると切羽詰った声が通信機からノイズと共に青年の耳に届いた。

 聞き取るため耳を澄ます。


『…こちら……い四警備隊…現在……敵…隊…強襲により……壊滅…危……急…救援……要す…………』


 砂嵐のためか途切れ途切れだが通信の内容はある程度内容が把握できる言葉が伝わってきた。

 どうやら他の部隊からの救援要請らしい。

 青年はそれを聞いた途端、そばにあった剣を手に持った。


「第四警備隊って言ったらここから本国寄り北に約1キロぐらいか……

『こちら、第七警備隊所属、ケン・シュナイダーだ! 第四警備隊、応答を願う。繰り返す、第四警備隊、応答を願う!』…っ通じないのか!? クッ! 俺が行くまで耐えてくれ…」


 青年は苦戦を強いられているであろう第四警備隊にそう願をかけると颯爽と風を切って駆け抜けていった。

 仲間を助けるために、悲しみを、憎しみを増やさぬためにも風の如く戦場を駆け出した。




――タッセルから東に二キロの地点――



 一機のヘリが地上すれすれまで降下し、中から数人、地上へと降り立った。降り立ったのは五人。一人は軍服を纏っているが他の四人はバトルスーツという伸縮性に優れ、且つ耐久性をも備えた戦闘服を着用している。


「もう、まもなくケン・シュナイダーが向かったとされるポイントへ到達します」


「うむ、了解した」


 首を少し後ろへ捻り、青年――アルマンの言葉に頷くと老兵――ノリスは首を前に戻した。

 只、黙々と顔色一つ変えずに道を歩んでいく五人。無駄話をすればそれだけ体力を浪費すると分かっているからである。

 流石に軍人の中でも選りすぐりの人材である。

 只一人、大柄な青年――マックは退屈そうな顔を作っていた。


「しかし、一体どんな奴なんですかね? そのケン・シュナイダーって奴は…」


 怪訝な顔半分、退屈な顔半分でマックが疑問を投げかける。

 そこに小柄な少年――レオンは溜息をつきながらマックの質問に答える。


「ケン・シュナイダー、出身はミスバル。幼い頃から剣術を学び、“ミスバルの悲劇”で家族を無くしたのをきっかけに軍に入隊した、と言う情報を得ています」


 それをアルマン、マック、そして気品のある女性――レイナの三人はそれぞれ耳を傾け、驚愕の声を上げる。

 ケンの過去に驚いたのではなく、其処まで知っているレオンの情報収集能力に驚愕しているのだ。


「よくここまで調べたわね〜」


 感心したようにレイナが首を縦に振る。


「別に、仕事柄です…」


 レオンは別に大したことでもないかのように素気なく答えた。

 ちなみに、ケンが味方への支援のため本来の警備担当地区から離れたという情報もレオンの持ってきた情報だ。


「無駄口はそこまでにしておけ! 今敵はいないが、タッセルは襲撃を受けているんだぞ! 気を緩めるな!!」


「「「「はッ!!」」」」


 ノリスは一括させ、雑談を終了させた。




――タッセルから東へ2.3キロの地点――



 ここも先程、ケンの居た地域と変わらない音と光景が広がっていた――否、あそことは違いアルフォード軍の警備隊が劣勢に追いやられている。

 第五部隊は全滅し、残った第四部隊も六人中たった二人になってしまっている。

しかも部隊長は敵の強襲により彼ら二人をかばって殉職。それに加え、敵の猛攻により生き残った内一人も右腕骨折と右下腹部に銃弾を浴び、重症である。

 軍人とはいえ、女性である彼女には今の状態を耐え切るだけの体力は恐らくないだろう・・・。


「はぁ…はぁ…ゴフッ! ……うッ、はぁ…レイ…ト……」


 呼吸も荒く、吐血までしている。応急処置はしているが早急に治療をしないと手遅れになる。仲間の状態でそれを悟っているため相手に負担をかけないよう、できるだけ早めに移動している。


「大丈夫か!? くそッ、救援はまだなのか!?」


 先程から数回にわたり救援を要請しているが、一向に返事すら返ってこない。

 先刻のケンの通信も電波状態が悪く、届いてないのだろう。

 もし、このまま援軍が来なかったら…………そう胸に不安が広がっていた、その瞬間――


 ドドドドドドドッ!!


 ドゥン、ドゥン!!


「ガッ!!! …リーガ…レイ…ト……ごめ……」


 激しい銃声と共に、脇に抱えた仲間の体が次々と撃ち抜かれ、全身を紅に染めながら地に伏せ……息絶えた。

 ゆっくりと、静かに崩れる仲間を見ていた…いや、見ていることしか出来なかった彼は体をワナワナと震わせ……


「ミッシェルーーーー!!!!!!」


 涙が出るのを堪えながら仲間の名を叫んだ。


「そこまでだ…」


 迷彩の入った装甲服を身に纏ったディーベルク軍の兵士が仲間の死に涙するリーガの前に現れた。

 死に絶えた兵士――ミッシェルの前で蹲っていたリーガはディーベルク兵を睨みつける。


「…何故だ?」


「何がだ?」


 リーガの言葉の意味が判らないディーベルク兵は怪訝そうに首を傾げる。


「何故…俺では無く…彼女を撃った!!」


「別に、特に意味はない…狙いやすい方から狙っただけだ」


 ディーベルク兵の言葉に怒りで今にも飛び掛りそうになるが、辛うじて手に握りこぶしを強く握るだけにとどまらせた。


「彼女は、三日後に結婚式を控えていたんだぞ!? …それを……」


 先程ミッシェルが言った、レイトという名。それが彼女の婚約相手だろう……後三日に迫った結婚式を彼女は心底楽しみにしており、今日だけで十回以上聞いていた。その時の心底嬉しそうな彼女の笑顔が脳裏に焼きついたままである。

 しかし―――


「くだらないな…」


「!!!」


「これは戦争だ…犠牲の出ない戦争は戦争と呼びはしない」


 悲しいかな…戦争と言う世界の中で一切そんな理屈はまかり通らない。

 あらゆる人、あらゆる犠牲が出ろうと、これは戦争だからと、仕方ないからと、そんな一言で片付いてしまうのだ。

 そんな世界に身を投じる軍人としてならリーガの言い分はむしろ筋違いと言え、そしてディーベルク兵の言い分が戦争と言う世界では正論と言われる方が多いだろう。

 悪く言ってしまえば戦争に人情も何もある訳が無い……

 勝利を得て生きるか、敗北して死ぬかの二つに一つしか元来存在しない世界なのだから…。彼、リーガもそれは分かっているのだろう…けれど理性と感情は、時として別物である。


「貴ッ様ーーーーーーー!!!!」


 咆哮しながら相手に突撃銃を構え、トリガーを引く。

 しかし、怒りに我を忘れた者の攻撃は先が読みやすく、敵兵は引き金が引かれる前に拳銃で突撃銃を撃って弾き、間合いを詰め、腹部に蹴りを入れる。


「ガはッ!」


 衝撃が腹に伝わり、体にいきわたる。

 リーガはよろよろと二、三歩後退すると地べたに崩れ落ちた。ディーベルク兵は体制の崩れたリーガに拳銃を突きつけ、心臓に銃口を合わせる。


「終わりだ…」


 その瞬間、リーガは自分の心臓の音が大きく耳に入り、全ての景色がスローに見えた……。





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