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安らぎ 【参】

――アルベルト山脈――



 ナルミダの市街を抜け、向かうこと数分、森林の中に一軒の屋敷が現れた。

 屋敷の構造は、柱は木造、屋根はわらぶき屋根というまるで自分たちが何百年も前にタイムスリップしたかのような錯覚を感じさせるものだった。

 屋敷の前にケンはエアバイクを停めると屋敷の玄関へと向かった。

 玄関には鍵が掛かっておらず、中に人の気配は感じられなかった。念のため、「ごめんください」と叫んでみたがやはり返事はなかった。

 仕方なく、ケンたちは屋敷の裏側へと向かった。裏側へと回ってみるとそこには大きな庭があった。庭は広さにしてテニスコート四つ分といった感じだ。庭の左側にはわらと竹でできたカカシが何体もあり、中央には巨大な岩の塊が置いてある。そして右側には何故このようなものがあるのか、風景にまったく溶け込めていない機関銃がおいてある。奥のほうには森への入り口があった。

 ケンたちは師匠を探しにその森へと向かおうと足を運ばせた。

 突然、ケンは後方からの殺気を感じた。すぐさま体を殺気のほうへと向けると何か光るものがケン目掛けて飛んできた。それは三本の短刀だった。ケンはすかさず腰に挿した刀の柄に手を掛けるとすばやく抜刀し、向かってくる短刀を地面へと叩き落した。その時間、たったの二秒。

 リリスは目の前で起きた出来事を全く理解できないでいた。ケンがいきなり後ろへ振り返ったかと思うと、突然、金属同士がぶつかり合う音がして気がつくとケンが刀を手に持っていて、彼の足元には短刀が落ちていた、といった感じだ。別に彼女は格別にトロいというわけではない。それだけこの出来事が凡人にとってものすごく速い出来事なのだ。


「全く、全て急所を狙って投げるなんて、愛弟子を殺す気ですか?」


「ほほ、腕は落ちとらんようじゃの」


 屋敷の影から現れたその老人はとても愉快そうに笑いながらケンたちの方へ杖をつきながら近づいてきた。


「お久しぶりです。全く相変わらずですね」


 ケンはその老人を見ると苦笑しながら挨拶を交わした。どうやらこの老人が例の師匠のようだ。彼の名はゴン・クリスト――ケンに剣術を教えた師にして最強の剣技、天魔無双流の生みの親でもある。その腕は確かなもので五十八歳となった今でもその腕は衰えておらず、髪は真っ白ではあるが心身ともに健康体である。しかし、そのほんわかした表情からはどう見てもどこにでもいそうな優しいおじいちゃんという感じである。

 彼はニコニコしながらケンの顔を見ると、「まぁ、茶でも飲まんかね」と言って彼らを家の中へと誘導した。

 また玄関へと戻ってきたケンたちは老人に勧められるまま中へ上がろうとした。すると突然、ケンの顔の前にゴンの杖が飛んできた。ケンはすかさず頭を動かして杖を回避する。しかし、ゴンの手にはまだ杖が持たれている。すかさず彼はケンのわき腹目掛けて杖を横に振る。


 ガキーンッ!


 金属と金属がぶつかり合う、鈍い音が響き渡る。よく見るとケンが抜刀してゴンの杖がわき腹に当たるのを防いでいた。しかし、何故金属音が聞こえたのか。よく見ると老人の持つ杖は柄の部分から下が刃と化している。そう、彼の杖は仕込みだったのだ。

 間一髪のところでゴンの刃を止めたケンは冷や汗を掻きながらあきれた様子で我が師を見て言い放った。


「だ・か・ら…本当にシャレになりませんて…これ…」


「ほほ、いかなる時でも油断は禁物と教えたはずじゃよ、ケン。チャメ気じゃよ、チャメ気」


 老人は笑いながら地面に落ちた鞘の部分を拾うと刃を収めた。そして愉快そうに家へと入っていった。


(チャメ気、て…本気で胴体真っ二つにしようとしていたくせに……)


 ケンは内心で先ほどのことを愚痴りながら渋々と家の中へと入っていった。そんなケンを見てリリスは彼に悪いと思いながらもクスクスと笑っていた。

 屋敷の中は外よりも涼しく、木々の匂いが心を落ち着かせていた。床は前面、畳張りで扉は全てふすまで障子が張られていた。冬は部屋を仕切るふすまは閉じられているのだろうが今はそろそろ夏が来ようとしているので全て開かれていた。そのため内部は開放的で、実際の大きさよりも大きく感じられた。

 今へと連れて来られたケンたちは少し待つように言われ、ちゃぶ台の周りに腰を下ろした。ゴンが台所から戻ってくるとその手にはお盆が持たれ、その上にはお茶の入った湯飲みと菓子の入った皿が置かれていた。

 老人はちゃぶ台の中央に菓子を置き、湯飲みをケンたちに配った。そして自分もやぶ台の前に腰を下ろすと自分の茶をすすり、一息ついた。そして客である彼らに勧める前に中央の皿から砂糖菓子を取って口へと放り込んだ。どう見ても彼が最もくつろいでいる。(まぁ、二度も奇襲されたのであれば、くつろげないで当然だろう…)


「ところでケン、お前はどうして戻ってきたのじゃ? 今は戦時中じゃろ?」


 老人は素朴な疑問を彼にぶつけると再び中央の皿へと手をのばした。そして二度目にしてやっとリリスたちに菓子を勧めた。

 ケンはその質問に対し、事情を説明すると刀の件を思い出し、ゴンに修理を頼んだ。すると彼はケンに刀を見せるように言い、彼からハガネを受け取った。そして刀を鞘から抜くとまじまじと刃を眺めた。彼の表情が曇る。ゴンはハガネを鞘に戻すとそれを自分の右側に置くとゆっくりと口を開いた。


「残念じゃが…こいつは難しいなぁ。芯にひびが入っておる。こいつはもはや瀕死の状態じゃ」


 その言葉にケンは耳を疑った。ハガネの芯にひびがある? 瀕死の状態で修復は難しい? 彼は事の重大さに気づかされ、緊迫した赴きで師を見つめた。だがゴンはそんなケンの心配をよそに次のように切り出した。


「まぁ、どの道そろそろこいつとはお別れしないといけないとは思っていたのじゃがな…今のお前さんの腕じゃ、もはやこいつは付いていけんよ。ほほ、安心せぇ…実はちょうどお前に新しい刀を譲ろうと思っていたところなのじゃよ」


 その言葉にケンは安堵のため息をついた。ケンは一瞬にして自分が十歳老けた気がした。それほど刀を失うということは彼にとっては大きいのだ。だが、ゴンはそんな彼をまた老けさせるような一言を放った。


「じゃが…タダでやるというわけにはいかん」


「はっ?」


 ケンはまたしても自分の耳を疑った。そして自分の師がいったい何を言い出すのか、と不安でいっぱいになった。

 ゴンは笑みを浮かべながら湯のみに残ったお茶を飲み干すと再び口を開いた。


「な〜に、大したことじゃない。ケン、お前はまだ修行の途中じゃったなぁ、竜の太刀を完成させておらんじゃろ。そこでだ、一週間でお前が残りの【火竜】と【風竜】を習得できたら新しい刀をくれてやろう…」


 ケンはその内容にあっけに取られていた。一つはあまりに以外な条件だったため、もう一つは竜の太刀にまだ自分が覚えていない技があったこと、である。

 ようやく頭の整理が終わるとケンは喜びの気持ちでいっぱいだった。その中には新たな刀が手に入るということもあったが、やはり一番の喜びは新しい技を身に付けることができるということだ。新技を習得するということはそれだけ自分自身も強くなることを意味する。

 強さは彼が最も欲しいものであり、また必要なものでもあった。何故なら強さがなければ何も護ることができないということを『ミスバルの悲劇』で十分に思い知らされたからである。

 ケンは勢いよく立ち上がると師匠にすぐに始めるように頼んだ。ゴンはやれやれ、といった感じではあったがゴンの強い決心の表情を見ると裏庭に来るように言った。

 ケンたちはゴンに言われた通り彼の後ろに付いていきながら裏庭へと向かった。

 裏庭に到着すると老人はまず今まで覚えた技のおさらいをするといった。そして中央にある岩へと向かうとまず初めに【地竜】の復習から始めるといった。

 ケンは修行の間、ゴンに貸してもらった刀を抜くと、巨大な岩のほうに体を向け、刃を後方に向け、刀を腰の位置へと持ってきた。そして深く深呼吸をすると精神を刃先へと集中させた。

 次の瞬間、ケンは思い切り地面に踏み込むと、岩目掛けて刀を上へと振り上げた。すると巨大な岩はあたかも発泡スチロールで出来ているかのように上空へと吹き飛んだ。岩は高さにして十メートルまで上昇し、再び地面へと落ちてきた。

 リリスは目の前で起きた現象に自分の目を疑った。人の力でこんなに大きな岩が浮いた。しかも十メートルも、だ。リリスは必死に今起きたことを理解しようとした…がすぐに無理だと思い深く考えるのをやめた。

 そんなリリスの気など気にもせず、ゴンは次に【水竜】の確認に入るといい、何故か機関銃のほうへと彼らを連れて行った。そしてケンは機関銃からさらに奥へと向かい、森林の前で足を止めた。そして機関銃と向き合うようにして刀を中段に構えた。


「準備のほうはよいな…では始めるぞ」


 そういうとゴンは座席に座り、機関銃の標準をケンに合わせた。そして何の躊躇もなく引き金を引いた。


 ズガガガガガガ…………!!


 機関銃の銃口から無数の弾が次々に放たれていく。リリスはそのけたたましい騒音に、たまらず手で耳を押さえた。しかし、そんな騒音も目の前にある光景によって一瞬にして掻き消されてしまった。弾は確かにケンのほうへと向かっていった。だが彼の体に触れる前に刀によって払い落とされている。その動きは水が流れるようになだらかで美しく、見るものを圧倒するものだった。リリスは改めてケンという人物が只ならぬ剣士であることを認識するとともに一層、彼への思いを強めていた。

 全ての弾を撃ち終えるころにはケンの周りには無数の弾の山が出来上がっていた。

 ケンが全ての弾を払い落として戻ってくるとゴンは彼に森へと向かうよう指示した。ケンはその意図が読めなかったが次の修行へと移るということは分かっていたので黙って森へと向かった。

 しばらく森の中を進むとケンたちは広葉樹が広がる景色の中に竹林紛れ込んでいることに気づいた。竹林は森の道の延長線上にあり、そこで道は閉ざされていた。

 竹林の前までたどり着くと、ゴンはケンが質問する前に修行の内容を説明し出した。


「では修行に入りたいと思う。まずは【火竜】からじゃ。火竜は地竜と水竜を合わせたような技でなぁ。その攻撃は燃え盛る炎のように熱く、激しい。要は地竜のように威力があり、水竜のように素早いということじゃ。まぁ、見ておれ」


 そういうと老人は竹林のほうに体を向け、抜刀し、中段に構えた。そして精神を研ぎ澄ますと竹林目掛けて突進した。

 一瞬の出来事だった。彼が突っ込んだ竹林は次々と切り倒され、老人の進んだ道を形成していた。それは何とも見事な早業であった。

 リリスは思わず拍手せずにはいられなかった。それほどまでにゴンの放った火竜はすごいものだったのだ。

 ケンもリリスほどではなかったがその表情は驚愕の色に染まっていた。そして改めて師匠の凄さに感銘を覚えていた。ケンは自分もいち早く火竜を習得していと思い、ゴンに修行の内容を尋ねた。するとゴンはケンの眼を見ながらニヤリと笑い、その内容を告げた。


「ケン、お前はこの十キロに及ぶ竹林を全て切り倒し、三日以内に道を切り開いておいてくれ。それが修行の内容だ」


「はいはい分かりました、道を開けば…って、え、エェェーーーーー?!」


 彼の地獄の日々はまだ始まったばかりである…………。





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