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安らぎ 【弐】

――寄宿舎前――



「ごめん、待った〜?」


 ほんわかした声がケンの背中から聞こえた。振り向いてみるとリリスが自分の部屋からポーチを片手に急いで駆け出してきたようだ。その額からは少々、汗が浮かんできていた。


「いや、オレもさっきここに来たばかりさ。そんなに急ぐことなかったのに」


 ケンは笑いながら息を切らすリリスを見る。

 彼ら二人私服姿であった。ケンは、上は白シャツに革ジャン、下はジーンズにブーツといった感じだ。その首には銀色の竜の形をした首飾りを下げていた。

 一方のリリスは、上はノースリーブのセーター、下はスカートにスニーカーといった感じだ。

 初めて見るリリスの私服姿にケンは新鮮さを感じた。いつもは軍服に身を固めている彼女もまだ十六の女の子なんだとケンは改めて思い知らされた。


「ん? 何か私の顔についている?」


 リリスの問いかけにはっとするケン。どうやら自分が思っている以上に彼女を見つめていたらしい。少し、頬を赤らめながらケンは照れ笑いをしてごまかした。

 ケンは彼女を近くにある格納庫へと連れて行った。その格納庫の片隅には真っ赤なエアバイクが置いてあった。それはケンの所有物だった。ずっと乗っていなかった割にはほこりなどがかかっていない。それもそうだろう、ケンは暇を見つけてはこのエアバイクを整備していたのだから。

 ケンはエアバイクのハンドルを握るとエンジンをかけた。どうやら現役の頃と全く変わっていないようだ、いい音を出している。

 ケンはリリスに乗るように促すと彼女は後部座席に座り、腕を彼の腹元に回した。

 けたたましいエンジン音が鳴ると同時エアバイクは疾走し出した。




――デルミアのとある墓地――



 死者が眠る場所だというのに辺りは緑一色に染まっていた。芝生を踏みながら一人の男と女が現れる。男は上下、黒のスーツに黒の革靴を履いている。男の左手には白の花束が持たれている。対する女のほうはベージュのベルトの付いた白のワンピースに白のハイヒールといった感じだ。彼らは目的の墓の前まで来ると立ち止まり、男は持ってきた花をささげた。そして手に胸を当てると目を閉じ、祈りをささげた。一時のあいだ沈黙が続いた。

 アルマンは祈りを終えると目を開くと、連れの女性が彼に声をかけた。


「アルマン、この墓がそうなの?」


「あぁ、そうだよ、レイナ。この下におれが殺した女性が眠っている。以前は兵士墓地の下に眠っていたのだが、やはり故郷の土で眠るのが良いと思ってね。一年前にこちらへ移したのさ」


 そう話すアルマンの表情はどこか暗い。それは墓地が持つ独特の雰囲気もあったかもしれないがやはり、自分が殺してしまった人の墓の前にいるということが彼の心を暗くしているに違いない。彼女はそんなアルマンがどこかかわいそうで、何とかしてやりたいと思い、自分もその墓に祈りをささげることにした。

 レイナが祈り終えると二人はその墓を後にした。墓を後にする前にアルマンは独り言をいうようにしてその墓に向かって言葉を投げかけていた。


「リースよ、お前はまだおれを恨んでいるのか? おれがお前の兄に殺されるのを望んでいるのか? 確かにお前を殺したのはおれの罪だ。だが、もう少し待ってくれ。おれにはやらなければならないことができたんだ……」


 レイナたちが去っていった後も墓は誰を待っているのでもなくただ沈黙を守り続けていた。死者は何も語りはしない……。




――中立国家ナミル・解放都市ナルミダ――



 荒野を駆け抜けること一時間。荒野にたたずむ一つの都市がケンたちの目の前に現れた。その名は解放都市ナルミダ。このミラム大陸に存在する第三の国家、ナミル。この国家の歴史は最も古いとされかつ、その領地面積や人口、軍事力といった情報が一切不明という謎めいた国である。しかし、彼らは昔から中立国家を名乗り、他二 国に干渉しないことを条件に二国の自国への干渉も禁じている。その代わり特例として三国間の境界線に位置するナルミダを開放都市とし、ナミルの国民でないものでも自由に行き来することを許可した。(これを理由にアルフォードとディーベルクはこの都市から半径五十キロメートルの土地では一切交戦しないことを約束した。)ミラムの歴史はかなり長いものであるが今でアルフォードとディーベルクが約束を守りナミルに一切干渉しなかったのにはれっきとした理由が存在する。まず一つはこのナミルという国の力が未だに判明していないということである。そしてもう一つの理由にして最大の理由がこの解放都市を見て取って分かることにある。ナミルの文明レベルが他二国より断然高いのである。このナルミダは山と山の間に存在する都市でナミルへの侵入を防ぐための防壁の役割も持つ。都市は円形の防壁で囲まれており、その高さは百メートル以上である。アルフォードもそれと同じほどの高さを持つ防壁の備わった基地は存在するがそれは元々、超文明が造ったとされるもので彼らの文明の力量では難しいところである。その上、その防壁からは目に見えないバリアが出ており、そのバリアが空からの攻撃を防ぐ役割を持っている。ちなみにバリアという技術は他二国で未だに研究中ではあるが実現には至っていない。

 ケンたちは防壁のゲートに近づくとそこに女性のような機械声の指示を受け、身分証明書を取り付けてあるカメラに向けて見せた。一応、誰でも行き来することはできるといったが中に入るためにはゲートで身分を証明しなければならない。

 身分を確認し終えるとケンたちの目の前でゲートがゆっくりと開きだした。

 ケンたちは中に入るとそこにはたくさんの高層ビルなどの様々な建物がたたずんでいた。一見人工物が多いように見えるが木々などの自然も多く見られ、人工物と自然が見事に調和を保っていた。


「相変わらずだけど、この町並みはすごいよなぁ。今、戦争が合っているなんて驚きだぜ」


 ケンは久しぶりに見るこの都市の風景に思わず感動を覚えた。彼が出て行ってからこの都市の風景がそれほど変わったわけではなかったが、ナルミダはそれほど他の都市とは一線を引くほど発展していたのだ。

 ナルミダの風景を見て感動しているケンをコツくようにしてリリスは早く自分の家に連れて行くように促した。リリスも久しぶりに見るナルミダの景色には感動したが昔からこの都市に住んでいた彼女はケンほど感動を覚えなかった。ケンはそんなリリスにせかされる様にしてリリスの実家へとエアバイクを走らせた。

 数分後――ケンはリリスの道案内の下、無事にリリスの両親が住む家へとたどり着いた。家は全体的に白を基調としており、周りの家同様、角ばった近未来的な形をしていた。

 リリスは玄関にあるインターホンを押すと誰かが応答した。そして数秒後、玄関の扉が開くと中から彼女の両親と思われる二人の男女が出てきた。


「お帰り、リリス。元気にしていたかい?」


「ただいま、パパ、ママ。会いたかったよ〜!」


 そういうとリリスは声を掛けた父へ駆け寄ると彼の胸元に抱きついた。そんなリリスをご両親は笑いながら彼女の頭を撫でている。その光景を見たケンはとてもアットホームな家族だと感じた。リリスの行動は少し、大げさに見られるかもしれないが実はそれほどでもない。ナミル王国は先ほども言ったが他二国との干渉を禁じている。それはこの解放都市も例外でない。ナルミダの空を覆うバリアは外からの攻撃を防ぐためのものでもあるが外部との連絡を妨害する働きもしているため、リリスは今まで両親と連絡をすることができなかったのだ。この説明を聞けば穴がちに彼女の行動が大げさでないことは理解できることだろう。

 両親とのハグを終えたリリスは大分落ち着いたらしく、両親の目は娘のほうからケンのほうへ向けられた。


「ところで遅くなってしまったが君は…どちら様かな? もしかして娘の彼氏かい?」


「ちっ違うわよ!? 彼はケン・シュナイダー。同じ部隊で働く仲間よ」

 

 ケンが彼の発言を訂正しようとする前に即座に反論したのは父親の腕をつかんでいるリリスだった。

 彼女は頬を赤らめながら必死に彼氏という単語を否定している。

 あまりに必死に否定するのでケンは少々ショックを受けていた。


(そんなに否定しなくても……)


 ケンの彼氏疑惑が無事(?)解決するとご両親は彼らを家の中に招き、昼食をご馳走してくれた。どうやらリリスパパの手製の料理であるらしく、何の連絡も入れてはいなかったというのに一時間もしないうちにケンたちの目の前にフルコースが出てきた。その味はどことなく温かみを感じるものだった。まさにおふくろの味ならぬ、おやじの味だった。

 食事を終えるとケンはご両親にお礼を言い、リリスとともに家を後にした。

 向かうは自分に剣を教えてくれた人の下へ。ケンはリリスが乗ったことを確認するとエアバイクのエンジンを吹かし、師匠の家へと向かった。


「ところでケンの師匠ってどんな人なの?」


 師匠の家へと向かう途中、リリスが声を張りながらケンに尋ねた。ケンは苦笑すると一言でその質問の答えを返した。


「会えば分かるさ」


 リリスはその答えになっていない返事に対して述べようと思っていたがケンの意味ありげな表情を読み取ってそれ以上は何も尋ねなかった。


(まぁ、ケンがそう言うのなら会うまでのお楽しみってことにしておこう…)


 ケンは住宅街を抜けると、更にエアバイクを加速させ、山のほうへと向かった。




――アルフォード軍・情報局――



 メンバーと別れたあとレオンはとある所へ足を運ばせていた。彼のいるところは軍本部と一本の廊下で繋がっている建物、情報局だ。その名の通り、ここには国内における全ての情報や、諜報員が命をかけて手に入れてきた敵国の情報が管理されている。

 そんなところにレオンはいったい何をしにきたのか?それは彼が先ほど述べていた調べ物にある。

 レオンは建物内の目的の情報員が働く部署までたどり着くと、彼のいる机の前まで足を進めた。

 男はレオンに向かってくるレオンに気づいておらず、黙々と机に山積みされている書類をまとめていた。


「あいかわらず多忙そうだな…久しぶり、リット」


 リットと呼ばれた男はやっとレオンの気配に気づき、声のしたほうへ体を向けた。リット・ケンバーズ――階級は少尉でこの情報局で働く、丸渕メガネが特徴のデスクワークな軍人だ。体形はやや痩せており、目の下には徹夜付けであることが分かるクマができている。彼はレオンと同期で、その付き合いは軍事学校時から続いている。最近はどちらも忙しく、顔を合わすことがなかったがこの機会を利用してレオンはこの親友に顔出しに来ていたのだ。


「お前がわざわざ顔を見せに来るとは…はは〜ん、さては何かやっかいごとを持ってきたな?」


 そういう彼はレオンの顔を見ながら微笑んでいる。どうやら彼も久々にレオンに会えてうれしいようだ。リットはレオンに用件を尋ねようとすると、レオンは場所を移そうと提案した。その言葉でますます彼が持ってきたやっかいごとは相当なものだと内心、判断していた。

 彼らは同じ階にある誰も使っていない資料室に入るとレオンは扉に鍵を掛け、ゆっくりと口を開いた。


「実は君を信じて頼みたいことがあるんだ。このファイルに載ってある兵士の死因について書かれたカルテと彼女が死んだとされる事件の記録書類が欲しい…」


 そう言いながらレオンはファイルをリットに渡すと彼はその中から一枚の資料を取り出した。そこには“リース・ザルバン少尉”と記されていた。





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