アルマン 【参】
――レギオス班――
ダダダダダダダッ ダダダダダダッ……
バンッバンッ キュンッ キュンッ……
銃撃が始まってからどれくらい経過しただろう…。旗色は依然として良くはならない。チャックも先ほど敵の銃弾にやられてしまった。しかし、彼は敵を四人も道ずれにした。大したものだ。だが今となっては自分一人で何とかこの場を踏ん張らないといけないとう現実がある。 敵はどんどん、間合いを詰めてくる。
「すまない、アルマン、そして妹よ。どうやら私はこれまでのようだ…」
間もなくして銃声の音はしなくなり、辺りは再び沈黙の闇へと舞い戻った……。
――アルマン班――
「待っていろ、レギオス!」
アルマンたちは懸命にレギオスの元へと向かっていた。だが、アルマンとリースを除いて応援部隊はいない。もはや遺跡内において生き残っているのは第二小隊のものたちだけとなってしまった。敵の実力は彼らが想像していた以上のものだったのだ。アルマンは走りながら自分の取った行動をとてつもなく悔いた。あきらかにおれの判断ミスだ、アルマンは自分の判断で仲間を死なせてしまった罪で胸が一杯だった。しかも、今となっては親友の命までも失おうとしている。
「許せ、レギオス。頼むから生きていてくれよ!」
アルマンは自分たち二人だけが来て本当に事態の改善になるのかという不安もあったがもはや悩む余裕などなかった。行かなければ確実に自分の親友は死ぬ。その事実が彼に判断する時間を与えなかった。
駆け出してから数分後アルマンたちはとある空間にでた。その空間はかなり広いものだった。その広さはざっと五十平方メートルはある。
彼らが空間の奥へと歩んでいると前方に人影が見えた。その人影は座り込んでいるように見える。更に近づいてみる。アルマンは驚愕の表情を浮かべた。最悪の事態が起こったのだ。
「兄さん!!」
リースが思わず叫んでレギオスの元へと駆け出す。アルマンはあまりのショックでその場に立ち尽くしてしまった。
「兄さん、しっかりして。眼を覚まして、兄さん!」
リースの眼から大粒の涙が零れ落ちる。彼女はレギオスの肩を必死に揺らした。
「ん…、リ、リースか…。お前たち来てくれたのか……」
「兄さん!」
レギオスは生きていた。彼は額から血は流していたものの意識を失っていただけだった。アルマンも目の前で親友が眼を開いてことで思わず、眼がうるんでしまった。
「バカ野郎、人を心配させやがって…」
そう言いながらアルマンは腕で眼を覆っていた。
レギオスは弱弱しくも状態を起こし、口を開いた。
「…逃げる…んだ……、リース…アルマン…罠だ……」
その刹那、アルマンは周りからとてつもない殺気を感じた。ゆっくりと闇から複数の人影が現れる。その数、二十。彼らはいつの間にか敵に囲まれていたのだ。ほどなくして周りには敵兵のバリケートが出来あがっていた。
一人の敵兵士が一歩前へと歩みよった。どうやら敵部隊の隊長のようだ。彼はヘルメットを取るとそこには左目に傷のあるごつごつした顔が現れた。歳は四十代といったところだろう。
「我が部隊を前にしてここまでやりあうとはお前たち、中々の腕だな。よろしい、特別に辞世の句を読ませてやる」
その発言に対してアルマンは苦笑するとその男の眼を睨みながら述べた。
「あいにく、それほど昔かたぎじゃなくてね。くそ食らえだ馬鹿野郎…」
「はははっ、このような絶望的な状態であっても怖気づかんとはやはり我々とやりあうだけはあるものよ。だが、残念だが小僧よ、その命、ここで散らせてもらうぞ」
男が言い終わるのを合図に敵兵士たちはゆっくりとアルマンたちのほうへ向かってきた。絶体絶命、彼らの状況は正にその状況だった。レギオスもリースも既に覚悟を決めていた。だが、アルマンだけは違った。彼はこの状況においても諦めてはいなかった。それは彼が本当に今の状況が理解できないバカでというわけではない。彼にはこの状況を打ち壊すことが出来るかもしれない、切り札があったのだ。
それは彼の体に掛かっているリミッターを解除するというものだった。元来、ギルガネスの一族は通常の人間より高い身体能力を持ってはいるがそれでも限界というものは存在する。所詮は人間並みなのだ。しかし、一族の中にはその人間とは思えない動きが出来る者がいる。彼らは厳しい鍛錬によって体に掛かっていたリミッターを外し超人の域に達したのだ。アルマンはその域にまで達していたのだ。ただその能力は不安定で一度外すと自我を失い体力が切れるまで戦い続けるという闘争心がむき出しの状態になるため、通常はリミッターを意図的に付けているのだ。だが、今となってはリミッターを外すしかこの場を打開する方法がない。彼は友を守るため、最愛の女性を守るために精神を集中した。体の内から熱いものを感じる。脈がどんどん速くなり、気持ちが高ぶってくる。
「全員、撃ち方用意!」
敵隊長の一声の下、敵兵士が銃の標準をアルマンたちに合わせた。アルマンの体が小刻みに震える。
そして“悪魔”は放たれた……。
――数時間後――
アルマンが意識を取り戻したのはそれから数時間が経った後だった。彼の体の節々は悲鳴を上げ、頭には激しい痛みが走っていた。それでも彼は完全に意識を回復するまでに数分掛かった。
アルマンは意識が回復すると辺りを見回した。天井も周りの壁も真っ白だ。眼が痛む…光がまぶしい。ここはどこだ……アルマンは自分が見知らぬ世界にやってきたと思った。っがすぐにそうではないことに気づいた。なぜなら彼はこの場所を知っていたからだ。ここは第四大隊基地にある病院だ。アルマンは病院のベッドに横になっていたのだ。
「気がついたかい?」
そう言うなり白衣に身を纏い、眼鏡を掛けた男性が病室に入ってきた。どうやら医師のようだ。彼はアルマンに近づくと右手中指で眼鏡を上げた。
「しかし、君はよく眠っていたねぇ。彼これ半日は眠っていたぞ。まぁ、それだけ体が極限状態なら無理もないね。君は遺跡の周辺で捜索していた兵士たちに倒れているところを発見されたんだ。それにしてもよかったねぇ、彼らが心配して遺跡内を捜索してくれなかったら君はあそこでミイラになっていたところだよ」
医師は眼鏡越しに笑みを浮かべながらアルマンを見た。そしてどこか異常はないかと尋ねた。
「…そうだ。レギオス、そしてリースは?」
突如として思い出したかのようにアルマンは医師に尋ねた。医師は一時間を置いて彼の質問に答えた。
「レギオスという彼は緊急治療室にいるよ。思った以上に重傷でね。あ、でも大丈夫。命に別状はないよ」
その言葉を菊や否やアルマンは安堵の気持ちでいっぱいになった。
「でもリースという子は残念ながら死亡しているよ…」
「えっ…」
一瞬、アルマンは自分の耳を疑った。リースがどうしたって?そして再び彼が聞きなおそうと思ったとき、医師のほうが先に口を開いた。
「誠に残念だけどね。彼女は遺跡内に捜索に入った兵士たちによればそのとき既に息を引き取っていたそうだよ。本当に残念だ。あんなに若くして命を落とすなんて」
アルマンの中で何かが崩れ落ちた。彼は一瞬周りからの情報を全て遮断した。そして彼は頭の中で必死に整理しようとした。リースが死んだ? どういうことだ? 何かの間違いじゃないか? そうだ、彼女が死ぬわけがない。だってあんなにぴんぴんしていたじゃないか!?
「彼女の遺体なら他の隊員の遺体と共に安置所においてあるよ。一応彼女本人かを確認するために君に確認を取りたいのだがいいかい?」
アルマンは静かにうなずいたが彼の意識は依然困惑していた。そして医師に連れて行かれるまま、彼は安置所へと向かった。
――遺体安置所――
遺体安置所へと連れてこられたアルマンの眼には複数の灰色のビニール袋に収められたものが置いてあった。その中でまず彼は入り口から数えて五番目の袋の前まで連れてこられた。医師がビニール袋のファスナーを開くと中から一人の兵士に遺体が出てきた。それはロベルトだった。医師はアルマンにこの遺体がロベルト本人であるかを訪ねた、アルマンは黙ってうなずいた。次にその右隣にあるビニール袋を開いた。中にはチャックであった遺体が入っていた。同じく医師はアルマンに確認を取った。そしてその右隣にあるビニール袋のファスナーに医師が手を差し伸べた。袋はゆっくりと開いていく。そしてすきまから生気を感じることのない真っ白な肌が見えてきた。金色のショートヘアー、小さくまとまった顔……紛れもない、それはリースであった。
アルマンはリースであった遺体の目の前にしばらく呆然と立ちすくんでいた。思考を動かしなかったが全くといって何も考えることができなかった。
「遺品は通常親族の者に渡す義務があるのだがね。彼女の場合、血のつながりがあるのはまだ意識を戻していないレギオス少尉しかいない。そこで彼の意識が戻るまで君が預かってくれないかい?」
そういうと医師はテーブルに置いてあったケースからあるものをアルマンに手渡した。
「これは…」
それは彼女が常に身に着けていた彼女の象徴、アルマンが彼女のために送った初めてのプレゼント、赤色のバンダナ…。バンダナは彼女の血をすすり赤色から紅色へと変わっていた。アルマンはただただバンダナを握り締めた。
それが今の彼に出来る唯一の行為だった。