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アルマン 【壱】

――ドライアス山岳地帯――



 荒れ果てた大地、むき出した多くの岩、緑のない黄土色の世界。そんな世界に複数の点が線に沿うように存在する。彼らは山岳警備隊の兵士たちだ。

 このドライアス山岳地帯はアルフォードとディーベルクのちょうど間に存在する。そのためこの山岳地帯に国境線が引かれ、双方の軍の兵士たちがにらみ合っている。

 彼らの任務は国境線を超えて敵が侵入してくるのを防ぐことにある。ほんの二、三年前ならこの国境警備隊は非常に退屈でのんびりとしたものだった。しかし、現在は双方の国の情勢がよろしくなく、いつ開戦してもおかしくない状況だった。

 最近では銃撃の聞こえない日など存在しない。

 そんなピリピリとした大地にアルマンもまた立っていた。

 アルマン・ギルガネス当時二十三歳、階級は少尉。まだ子どもらしさが抜けていない歳頃だ。彼はアルフォード軍左翼第弐師団の第四大隊第三中隊通称、『山岳警備隊』の第二小隊小隊長を務めていた。小隊は隊長一名と部下四名、計五名によって構成されている。


「こちら、第二小隊。ポイントαに異常なし」


『了解、第二小隊はそのまま基地へ帰還してください』


 アルマンは本部への報告を終えると自分の右側を歩く兵士に声を掛けた。


「ふぅ、やれやれ。やっとこの緊迫した空気ともおさらばできるな」


「おい、小隊長がもう気を緩めてどうする。まだ基地に帰還したわけではないのだぞ」


 隣の兵士はアルマンに喝を入れると再び辺りを警戒しながら進みだした。驚くべきことに彼は小隊長であるアルマンにタメ口で、しかも渇を入れたことにある。だが別に驚くことでもなかった。

 単純な答えだった。彼はアルマンと非常に親しいのだ。その上、階級も少尉。これなら別に驚くことでもない。


「おいおい、そんなにピリピリしてるとデコが広くなるぞ、レギオス」


「そういうお前も気を抜きすぎると敵にやられるぞ、アルマン」


 双方の放つ言葉は相手に食いかかってはいるがその表情は柔らかい。口で何と言おうが彼らには互いの気持ちが理解できたのだ。


「はいはい、ケンカはそこまで。そんなに大声で言い合っていたら敵さんに撃ってくださいって言っているようなものよ」


 そんな二人の間に一人の女兵士が仲裁に入ってきた。


「こいつは失礼。以後気をつけます」


「すまない、リース。私としたことが…」


 双方とも照れ笑いをしながらその兵士に詫びた。レギオスにリースと呼ばれたその女兵士はそんな二人を見て困った二人だ、という様子で苦笑した。階級は彼らより下の軍曹でどうみてもまだ十代に見える。


「アルも小隊長なんだからもっとしっかりしてよね。兄さんも兄さんよ、アルの補佐役なんだからアルの調子に引き込まれないでよ、もう…」


 リースことリース・ザルバンはレギオスの実の妹である。歳は十八で少しは大人の女性の香りがしてもいいはずだが彼女は実年齢よりも見た目がさらに幼いのでそのような香りは少しも感じられない。ヘルメットで隠れてはいるが金色のショートヘアーをしており、赤色のバンダナをしているのが特徴的だ。

 アルマンのことをアルと呼んでいることから分かるように彼らはかなり親密な関係にある、つまり恋人同士ということだ。

 そんなやり取りをしながら歩くこと半刻、ようやく基地が視界に入ってきた。




――アルフォード軍第四大隊基地――



 国境線から二キロ離れたところに彼らの基地は存在する。基地のつくりは非常に強固で入り口は硬いゲートで侵入者を寄せ付けない。また渓谷に建設されているため、陸路において完全にディーベルクの侵入を拒んでいる。


 「こちら第二小隊、巡回の任務を終え帰還。」


 アルマンが無線で告げると人員用のゲートの一つがゆっくりと開きだした。

渓谷の高さは数百メートルもあり、ゲートは複数存在する。その中でも最下層に存在するゲートは主に人員や装甲車用として使用される。逆に最上層などは戦闘機や輸送機、戦艦用として使用される。

 アルマン一行はゲートをくぐるとすぐに渓谷の奥にある建物へと入り、とある一室へと向かった。そして受付にいる秘書官に告げると秘書官はインターホンでその部屋の主と連絡を取った。数秒後、秘書官はアルマンたちに入るよう促した。


「失礼します。第二小隊、巡回の任を終え報告に参りました」


「うむ、ご苦労。まぁ座りたまえ」


 その部屋の主はそういうと彼らにソファーに座るよう促した。普通、上官は部下が自室に来ても座らせたりはしない。例えそれが長話だったとしても、だ。しかも、彼らは巡回から帰ったばかりでその身なりは汚れている。それでも彼らに座るように言ったこの主は全くといって気にしていない。


「お言葉に甘えさせてもらいます、ブラウ司令。では報告します。ディーベルクとの境界線において特に変わった変化は以前見られません。ただ、これは自分個人の意見ではありますが以前にまして周辺の空気がピリピリしてきたと思います」


 アルマンにブラウ司令と呼ばれたこの男はこの基地の司令であり第四大隊の頂点に立つ人である。階級は少将。歳は五十四で髪は茶色と白色の縞模様を形成している。非常に心が広く、また司令としての器も大きく、彼を尊敬する部下は後を絶たない。


「ふむ、それは今の我が国とディーベルクの情勢を知る者なら誰しもが感じることだ、少尉。うむ、報告ごくろう。次の指示があるまで体をゆっくりと休めておいてくれ」


「「「「「はっ、失礼します」」」」」


アルマンたちは一斉に立ち上がると司令に敬礼をし、部屋を後にした。




――第四大隊基地寄宿舎――



 アルマンは寄宿舎にある自室に戻るとすぐさま体についた汗と汚れを流した。この第四大隊基地には中隊に分かれてそれぞれ寄宿舎が存在する。彼らが所属する第三中隊の寄宿舎は二階建てで十六の部屋が存在する。部屋割りは小隊長と副小隊長の二人で一室、残りの三名で一室という感じだ。ただし、この第二小隊だけは(もしかすると他の部隊にも当てはまるかもしれない)この振り分けが違っていた。


「体の汚れは取れた、アル?」


 シャワールームから出てきたアルマンに声を掛けたのは副小隊長のレギオスではなく赤いバンダナが特徴の彼の妹のリースであった。何故彼らはこのような振り分けを行ったのか?それは読者の方々のご想像にお任せするとしよう。要は他三名が彼らに気を配ったための結果というわけだ。

 彼女はアルマンより先にシャワーを済ましていたため、既に洗濯済みのものに着替え終わっていた。ただ、髪はまだ乾ききっていなかったので彼女の特徴である赤いバンダナはしていない。(このバンダナはアルマンが彼女に初めてプレゼントしたものである。ちなみに彼らは付き合ってかれこれ三年になる)


「あぁ、だが思った以上に体の疲れが大きいようだ。少し、横になるよ」


 そういうとアルマンはリースの膝を枕代わりにして横になった。リースは少し恥ずかしそうではあったが抵抗はないようだ。どうやら珍しいことではないようだ。

 

 ガチャ


「リース、アルマン、入るぞ」


 そうやって言うと同時に入ってきたのはレギオスだった。彼は二人の状態を見るなり、彼の表情は鬼と化した。


「アルマン、貴様というやつは…、誰が私の妹に手を出していいといったぁ!」


 レギオスはそう言うなり怒りの鉄拳をまだ上体を起こしきれていないアルマンの顔面目掛けて放った。アルマンはすかさず両手でその拳を受け止めた…っが、連続して今度は彼のミドルキックがすでにアルマンの左腹目掛けて接近していた。


「ちょ、タンマ! 落ち着けレギオス!」


 だがアルマンの言葉などお構いなしにかれの右足はアルマンの右腹にクリティカルヒットした。そのあまりの勢いにアルマンは壁へと吹き飛ばされた。


「ごはぁっ!!」


 壁に背中をぶつけたアルマンは横腹の想定外の痛みにその場に崩れ落ちた。


「痛ってぇ〜、待てつっただろうがこのシスコン野郎! 隊長への暴行は軍法違反だぞ…」


「誰がシスコンか、妹を大切に想う兄は全国共通だ。それに私のリースへの愛情の前に軍法など敵ではないわっ!」


 そう言い放つとレギオスはいつもの冷静さを取り戻し、リースに大丈夫かと声をかけた。

 しかし、自分を心配している兄に対して放たれた言葉は痛烈なものだった。


「もう何するのよ、兄さん! アルと私は彼氏と彼女の仲なのよ。膝枕くらいで蹴ることなにじゃない、バカ!」


 妹から放たれたその一言はレギオスの心に深く突き刺さった。レギオスは二、三歩後退するとその場に崩れ落ちた。どうやらよほど彼女の言葉が奥深くに刺さったようだ。


「お〜い、お兄さん。いつまでスネているんだよ。何らしかの用件があるから来たんだろ?」


 アルマンは未だに痛む横腹を押さえつつ、立ち上がるとレギオスに尋ねた。レギオスは少しの間を置いて立ち上がると立ち上がり用件を述べだした。彼の眼は少し赤くなっていたが…。


「司令からの伝令だ。すぎに出頭するようにとのことだ。どうやら次の任務が出来たようだ」


 アルマンはそれを聞き終えるとすぐに上着を着用し、リースと軽い口付けを交わすとレギオスと共に司令の元へ向かった。(ちなみにこのあとまたレギオスから罵声を浴びさせられたわけだが…)




――ブラウ司令執務室――



 再び執務室を訪れると司令は先ほどと同じく机のイスに腰掛けていた。そしてこれまた同じくソファーに掛けるよう促した。しかし、先ほどと違う点が一つあった。第三中隊全ての小隊長、副小隊長が揃っていたのだ。


「さて、今回の任務なのだが事を急ぐものである。これはかなりの秘密事項に値するのだが諸君らの腕を信じてのものだ、心して聞いてくれ」


 アルマンらは司令の厳しい表情から今度の任務は一筋縄にはいかないと判断した。そしていつも以上に真剣に任務内容に耳を傾けた。


「実はつい先ほど入った報告なのだがどうやらディーベルク軍の兵士が多数、国境を越えてこちら側に侵入してきたらしい。センサーも多数の人間を捉えている。報告をしてきた兵士たちはすぐにその討伐に向かったようだが以前連絡が取れない。おそらく敵の侵入者にやられたと見て良いだろう」


 その言葉を聞いてアルマンはそれがどの部隊かすぐに理解した。この場にいないのは第四小隊の者だけだ。第四小隊の小隊長とは結構な仲であったのでアルマンは心を痛めた。


(もう二度とあいつと酒を交わせないのか、残念だ……)


「そこで諸君らに命令する。すぐに準備を整え三十分後に第一滑走路へ集合せよ。そして輸送機で現地まで向かい敵勢力を完全に殲滅せよ、以上」


 司令の説明が終わると同時に各小隊長らは立ち上がり敬礼するとすぐさま準備へと動き出した。アルマンたちもすぐさま携帯していた通信機でリースら他メンバーに連絡を取り準備を急がせた。

 十五分後、彼らは滑走路へと足を運ばせていた。他の小隊も五分前には集合地点にやってきてた。そして全員輸送機に搭乗すると輸送機は大空へと飛び立った。空はしだいに暗くなりだしていた。





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