鬼 【四】
――護送車後方車両――
ガキ―ンッ!
カ――ンッ!
重い金属音が辺りに響き渡る。ケンはアルマンが立ち去った後、すぐに青鬼との戦闘に入った。青鬼のバルベルトは赤鬼のものと比べ刀身が二倍ほど大きく、非常に重そうだ。しかし、当の青鬼はそれを外見通りのパワーでしかも予想以上に高速でケンに向けて振り放ってくる。ケンはその斬撃を必死に刀で防いだ。一撃受けるたびに全身が痺れるような気がした。
「さっきから黙りやがって何かしゃべったらどうだ!」
ケンは現状押されていることは分かっていたがあえて強気な発言をし、挑発してみせた。
「今から死ぬ野郎に掛ける言葉なんてねぇよ」
荒々しい言葉と共に新たな斬撃が返ってきた。すかさず刀で防ぐ。そしてそのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。両者共に相手の眼を睨み合う。ケンはこの状態から反撃を仕掛けようとし、重心を後方へと移動させる。
「甘めぇ!」
ケンは突然の衝撃によって後方に二、三メートル吹き飛ばされた。青鬼からタイミングよくみぞおちに蹴りを入れられたのだ。ケンは体勢を崩された状態で宙に浮いたものの何とか足で着地した。
(くっ、何て重い斬撃なんだ。それにあのパワー尋常じゃない)
ケンはみぞおちに走る激痛に耐えながらも必死で反撃の機会をうかがった。しかし、青鬼は大振りにもかかわらず、隙という隙を見せない。さすがは英雄の一人である、ケンは改めて青鬼が英雄と呼ばれるわけを納得した。
「けっ、軽すぎるぜ、てめえの斬撃はよ!」
ケンは青鬼から感じる雰囲気がどことなく誰かに似ていると感じた。
(…そうだ、マックだ。この言葉遣いに戦い方、どことなくマックに似ている)
ケンは体の節々からくる痛みに耐えながらも立ち上がり再びハガネを構えた。青鬼は間を空けることなく突進してきて再び斬撃をお見舞いした。ケンはそれらを確実に防ぎながらも青鬼の攻撃の癖を見つけようとした。何十回もの猛攻を防いだ後、ケンは青鬼が見せた一瞬の隙に乗じて反撃した。
「そこだッ!」
それは青鬼が次の斬撃に移る時に息を吐いて吸い込む前の一瞬というものだ。人は誰しも息を吐いてから吸い込むまでの一瞬、全身の力が抜けてしまうのだ。
ケンは斜め上から思い切り斬りかかった。しかし、間一髪のところで斬撃を防がれてしまった。だが、青鬼は無理な体勢で防いだためその斬撃の衝撃によって後ろに後退してしまった。
青鬼はすぐさま体勢を整えると再び矛先をケンに向けた。しかし、すぐに構えを解くといきなり豪快に笑い出した。
「ガッハッハ〜! 小僧、おめえ以外にやるじゃねえか。気に入った! いいだろう、特別に俺様の名と顔を教えてやる」
そういうと青鬼は二本角のヘルメットを豪快に放り投げた。そしてその素顔をあらわにした。その顔立ちはレギオスとは対照的にあまり良いとは言えない。
全体的に角ばっていてあごは割れている。髪は茶色で短くまとめられており、その眼は獣のように鋭くこちらを見つめている。左の頬に傷があり、いかにも戦士の顔立ちといったところだ。
「俺様の名前はザムス、ザムス・ロドリゲスだ! ディーベルク一の豪傑よッ!」
ケンはザムスを見て改めてマックとキャラが被っていると感じた。そして何よりもこの場所にマックがいないことを安堵した。
(ここにマックが合わさればあまりの濃さにオレなんか消えてしまうな……)
一瞬自分の世界に入り込んでしまったケンだがすぐさまこんなこと考えている余裕なんてないと思い、頭を横に振りながら頭を切り替えた。
「ガッハッハッ、あまりのかっこよさに固まっちまったか! だがおめえと長々と交えているほど俺も暇じゃねえんだ。残念だがそろそろ本気でいかせてもらうぜっ!」
そういうとザムスはレギオスと同様にスライド型のスイッチを入れた。すると見る見るうちに刀身が赤くなり、数秒も経たないうちに真っ赤になった。周辺の雨は蒸発し刀身からは湯気が立ち込めている。
「これが俺様のバルベルト、《ディグム》の真の姿よっ。この数千度の熱を持った灼熱の刃でてめえをその変わった剣と共に焼き斬ってやるぜッ!」
(あの顔、本気でかっこいいと思っているのか!? マックも同じ感覚なのかな?)
ケンはザムスの説明そっちのけで先ほどの彼の発言に心を奪われていた。しかし、また自分が変なことを考えていることに気づき頭を横に振った。そして彼が持つ武器がどれだけ危険なものなのかということをケンは一瞬見ただけで理解した。
「いくぜッ!」
ケンが気づいた頃にはザムスはすでに目の前にいた。灼熱の刃はケン目掛けて勢いよく舞い降りてきた……。
――レイナ班――
「ぶぇくしょ〜んっ!」
マックが突然豪快にくしゃみをしたため隣にいたレイナは一瞬心臓が止まる思いをした。
「びっくりしたぁ。大丈夫、風邪?」
「いや、大丈夫でさぁ姐さん。たぶん誰かが俺の噂をしているんでさぁッ!」
マックも突然自分がくしゃみをしたので不思議に思った。
彼らは先ほど戦闘を終了させたばかりだ。マックのデュラードからは赤色の液体が滴り落ちている。そのようなやり取りをしているうちに前方車両側からケネスたちがやってきた。
「どうも〜お待たせしました〜♪」
ケネスがご満悦の様子で手を振りながらやってきた。その後ろからケネスとは対極的に病んだ様子でレオンがやってきた。レイナはそのあまりに違う二人の様子を不思議に思った。
「何かあったの?」
「いや、何もありまへんでしたけど?」
ケネスはそういいながらもその表情は未だに笑顔のままだ。レオンはレオンで何も言わず、ただ黙り込んでいる。どうにも腑に落ちなかったがアルマンたちと通信がつながらないとリリスから報告を受けていたので、とりあえずそちらのほうに意識を回すことにした。
「よし、全員揃ったわね。聞いているとは思うけど隊長たちと連絡が取れないの。まだ他にも敵は隠れているかもしれないけどワタシたちが護衛しなくてもさして支障はないわ」
「ほな、行きますか♪」
「おうよッ!」
レイナたちは後方車両へと急いだ。
――護送車後方車両――
「うおっ!?」
ケンはギリギリのところでザムスの攻撃を回避した。しかし、既に第二撃が迫っていた。これもまたケンはギリギリのところで後方へと避けた。そして急いで木々が密集した場所へと入っていった。ザムスはその後を追う。ケンもここなら思う存分にバルベルトを振ることは出来ないと考えた。しかし、その思惑はもろくも崩れ去った。気がつくと周りに木々が全くないのである。
「おぉ、こいつはいい。これで思う存分振り回せるぜ!」
ザムスの斬撃は止むことを知らなかった。ケンは尚も賢明にザムスの攻撃を避けた。しかし、このまま避けていても進展がないことをケンは分かっていた。かといって攻撃を防御しようとすれば例えこの刀でも焼き斬られるだろう。ケンは後退しながらも必死で打開策を考えていた。
「さっきからチョロチョロと動きやがって、戦う気あんのか!?」
ザムスは回避に専念するケンの姿勢に苛立ちを隠せなかった。そしてその怒りはピークに達しようとしていた。
「てめぇ、それでも男か? 男だったら逃げずに正面から堂々と挑みやがれッ!」
突然、ケンが後退するのを止めた。ザムスもケンとの間を取りつつ立ち止まった。ケンはザムスのほうを向いている。その眼は先ほどまで逃げながら試行錯誤していた男のものではなかった。
何かを覚悟した者の眼だった。そしてケンは刀を腰の位置に構え刃を下に向けた。剣先は後ろを向いている。
「あんたと普通に剣を交えても勝てる気がしない。本当は使いたくはなかったのだが仕方ない。奥の手を使わせてもらうぞ」
「何をしようてか? 最期の悪あがきか!?」
「悪あがきかどうかは実際に見てから言うんだな」
ケンは息を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。そしてザムスに向かって一直線に駆け出した。ザムスはバルベルトを思い切り振り上げるとケン目掛けて一気に振り下ろした……。
「天魔無双流〜竜の太刀〜奥義…地竜!」
ケンは相手に言い聞かせるようにその言葉を発した。しかし、もはやザムスの刃はすぐそこまで迫っている。
「終わりだぁ〜ッ!」
ザムスはこれで勝負あったと思った。だが次の瞬間、ザムスは自分の眼を疑うことになる。
ズバ――ンッ!
鈍く何かが斬れた音が周辺の木々にこだまする。
確かにザムスの放った一撃はケンの頭を両断するはずだった。しかし、目の前の光景は全く予想外なものだった。
「バ、バカなッ! 俺様のバルベルトを…、灼熱の刃を切断しただとッ!?」
そう、彼のバルベルトは確かに斧刃を真っ二つに切断されていた。しかし、普通なら数千度にまで熱せられたこの刃によってケンの刀のほうが切断されるはずである。
このようになったのには彼が使用した剣術が大きく関わっている。
彼が使用した地竜とよばれる技は簡単にいえば使用者の斬撃を強める技だ。詳しいことはよく分からないが体内で生み出された運動エネルギーを刀身に移動させ、尚且つ全体重をその斬撃に乗せることによりとてつもない威力を斬撃に込めるらしい。しかも、剣などの刃物系の武器は物体に触れる面積が狭いため、その威力を一点にしかも分散させることなく与えることができる。よってケンのハガネが熱によって溶ける前にディグムの刃を切断することが出来たというわけだ。
よく見るとケンが右足で踏み込んだ地面は深く陥没しており、先ほど放った斬撃がどれほどの威力であったかが伺える。
「さぁ、どうする?まだ戦うか?」
ザムスの目の前には妖しく光る刀の剣先が向けられていた。ケンの表情からは先ほどの苦しいそうな様子は伺えない。ただ思った以上に地竜の威力が強かったためか自分自身に驚いている。
ケンは再び刀を構え直すとザムスと目を合わせた。
その時だった。突然、ケンの目の前が真っ白になった。激しい爆発音を聞いたかと思えばすぐに音という音が周りから消えてしまった。それは閃光弾によるものだった。何者かがケンとザムスの間に閃光弾を投げたのだ。数十秒後、ケンは段々と視界が回復していくのを感じた。それから一時して耳の機能が回復していくのが分かった。
ケンが完全に視界を戻した時、既にザムスは目の前から消えていた……。