鬼 【参】
――アルマン班――
二匹の鬼はケンたちから四、五メートルほど離れたところで足を止めた。情報の通り彼らは赤と青のバトルスーツに身を覆っていた。手には二メートルはあると思われるバルベルトを持っている。残念ながらその表情はヘルメットに隠れて見えない。ヘルメットの額部分から二本の角が生えていた。なるほど、それで鬼というわけか。ケンは勝手に納得するとすぐさま神経を集中した。双方とも動こうとせずひと時の沈黙が続いた。
「ついに本命が現れたか。待ちくたびれたぞ、アルマン・・・」
最初に沈黙を破ったのは赤鬼だった。彼はそういうと二、三歩前に進んだ。口調は穏やかな感じがしたがその見えない表情からはとてつもない殺気を感じる。ケンは目をそらせば確実に殺られると思い、じっと赤鬼たちをにらんでいた。アルマンは一瞬間を置くと赤鬼に質問を返した。
「どうしてお前らのような者が補給物資の強奪などをしているのか、その訳を教えてもらおうか…」
アルマンは依然として赤鬼から目を離さない。殺気は更に増している。あまりの殺気の強さに一瞬ケンは潰されそうになった。
「ふっ、いいだろう。冥土の土産に教えてやる。我々はお前たち特戦の有無を調べていたのだ」
「我々の有無だと?」
アルマンはその以外な答えに驚かされた。彼らが行っていたことは補給物資の強奪である。これがいったい自分たちの有無にどう関係があるというのだろうかとアルマンは思った。
「以前、我々の前線基地が占拠されたことでとある噂が流れた。前線基地はたった数人の超人部隊によって占拠された、とな。その噂を我らがディーベルク?世が興味を抱かれ、その真偽を調べよと我々に命ぜられたのだ」
「それがいったい、今回の襲撃事件とどういう関係があるというのだ?」
アルマンの放ったその声は冷静であったが彼の闘争心は既に抑えられないところまで来ていた。再び赤鬼が口を開く。
「簡単なことだ。通常の兵士が補給物資を襲撃しても普通は護衛を強化するだけでよい。しかし、相手が我々であると分かればお前たちの対応も違ってくる。何せ、前線で何千ものアルフォードの兵士らを葬り去ってきた私たちだからな。いくら兵士を増やしたところで対応できるわけがない。考えられる対応策は一つ、お前たち特戦を送りこむことだ」
「では我々はまんまとお前たちの策にはまったというわけか……」
アルマンが軽く息を吐き捨てた。何か臭うと思えば…なるほどそういうことか。先ほどまで彼の心に引っ掛かっていたものはもう無くなっていた。
「聞きたいことはそれだけか?」
「あぁ…」
ひと時の沈黙が流れる。そして双方同時に武器を構える。突然、青鬼が天に向かって吼えた。その声にケンは一瞬怯んだ。赤鬼が一歩前に出る。そしてアルマンに向かって高々と叫んだ。
「もはや、話す必要などない! さぁ、アルマン。我々の決着を付けようではないか!」
「ついて来いッ!」
そういうと赤鬼は左の密林の奥へ走り出した。アルマンもその後を追った。ケンの目の前には残された一人の大鬼がバルベルトを構えている。ケンは相手を見ると同時に愛刀―ハガネ―の剣先を青鬼へと向けた。
――ケネス班――
「…ほな、いくぞ」
ケネスはレオンに合図すると木々の陰から飛び出した。そしてすかさず敵に向かって筒状の爆弾を投げる。筒は空中で破裂し、中から無数の鉄製の針が出てきた。その針は敵のバトルスーツに刺さるが肉体にまでは至っていないようだ。だが次の瞬間、一筋の閃光が上空から舞い降り、彼らの体を貫いた。
雷撃である。巨大な雷撃が突如として彼らの上に落ちたのだ。立ち待ち彼らの体は炎に包まれる。よろめき、もがき苦しむがほどよくして力尽き、辺りには肉の焦げた臭いが漂った。
「……うわぁ、きっついなぁこの臭い。それにしてもえげつないことを考えるなレオン」
その悪臭にケネスはたまらず鼻を手でつまんだ。しかし、その表情はしてやったりという気持ちで笑っていた。
「仕方がないだろ…最も効率よく敵を一掃する方法はこれしか思いつかなかったのだから……」
レオンは別に誇っている様子もなく、ただその黒こげの物体化の様子を見ている。確かに空は荒れてはいたがこの雷撃は偶然の産物ではない。これはレオンが意図的に発生させたものである。魔法である。レオンはケネスが特殊弾を投げた後、タイミングを合わせて雷撃魔法を発動させたのだ。
もはや動く様子もない。完全に息絶えたようだ。そしてこのような残酷な殺し方をしておきながら何も思わない自分に一種の嫌悪感を感じた。
確かにこれは戦争だ。しかし、本当にこうまでする必要があったのだろうか。レオンは一瞬、自分はこの戦争によって何か大切なものを失ってしまったのではないだろうかと思った。だがすぐにこの疑問を心の内に押し殺した。
「これは戦争だ…」
「ん、何か言ったかレオン?」
突然のケネスの声にレオンは現実に戻された。どうやら無意識のうちに声に出していたらしい。レオンは「何でもない」 というとごまかす様にリリスに現状報告をしだした。
「こちらレオン、先頭車両の敵の一掃は完了した。他のチームの現状を教えてくれ」
『はい、副隊長たちはもうすぐ終わりそうです。あ、今通信が入りました、今一掃したようです。隊長たちは…ツイン・バルベルトとの接触後、連絡はありません……』
「分かった、報告ありがとう…」
そういうとレオンは通信を終えた。どうやら隊長たちは苦戦しているらしい。レオンはすかさずケネスの方を向いた。こちらを向いている。どうやら考えていることは同じらしい。二人はうなずくとすぐさま後方車両へと駆け出した。
――ガルフォント森林地帯中央区(移動中)――
いったいどこまでこの森深くまできたのだろうか。赤鬼を追いかけて数分後、アルマンは急に足を止めた。 赤鬼が止まったのだ。辺りを見回すとアルマンは赤鬼がこの場所で立ち止まった意味を理解した。
この密林地帯の奥地で何故かこの場所だけ木々が全くないのである。その大きさ直径20メートルといったところだろうか。上空から見ればまるで穴があいているようになっているだろう。アルマンはそう考えながら呼吸を整えている。最も整えるほど疲れていたわけではないが・・。
「いい場所だろう? ここでなら存分にバルベルトを振れる。アルマン、ここがお前の墓場だ」
赤鬼はそういうと顔を隠していたヘルメットを脱ぎ捨てた。中からは非常に顔立ちのよい顔が現れた。髪は長髪で光沢のある金色をしている。髪は根元のところで束ねられていてその長く真っ直ぐな髪は肩より下まで伸びている。
彼はバルベルトを両手で構えるとアルマンと対峙した。その矛先はちょうどアルマンの胸に向けられている。
「おれはまだ死ぬつもりはない。死ぬのはレギオス、お前のほうだ……」
アルマンもすかさず突撃銃―ジーク―を構える。アルマン自身は気づいていなかったがアルマンは無意識の内に赤鬼を彼の本名で呼んでいた。
「死ぬのは私だとアルマン? よくもそのような言葉が言えたものだ……。貴様は罪を償うつもりはないのか?」
「償う気はある。だがおれは一隊長だ。私情で行動できる立場ではない。おれには守るべき部下がいるんだ。ここで死ぬわけにはいかん」
「その言葉を信じろというのかアルマン、貴様は単に逃げているだけだろうがッ!」
先手を取ったのはレギオスだった。バルベルトを腰の位置に地面に水平に構え、アルマン目掛けて地面を蹴った。そして間合いにアルマンを捕らえると全身をバネにしてそのままバルベルトを思い切り横に振った。
すかさずアルマンは後ろに跳ぶようにして下がり、その攻撃を瞬間的に避けた。そして避けると同時に銃口をレギオスの方へと向け、彼の頭に標準を合わせトリガーを引いた。けたたましい銃声と共に無数の銃弾がレギオスに向かってくる。
レギオスは銃弾を目で捉えるとバルベルトでその銃弾を防いだ。
「私に飛び道具はきかんッ!」
レギオスはバルベルトを短く持つと真上から振りかざし、《ジーク》を一刀両断した。続けざまに今度はアルマンの心臓目掛けて突きを放つ。
アルマンは上半身をひねりながら後方に跳び間一髪、心臓を貫かれるのを回避した。しかし、無理な体勢から跳んだためバランスを崩し、地面に左の膝と手をついた。
アルマンは右手で左胸に固定されてあるナイフホルダーから銀色に光るナイフを抜いた。刀身は二十センチといったところだ。刃には流線上の模様が浮かび上がっている。アルマンはそのまま立ち上がると左手を前に出し、右手に持ったナイフを腰の位置に構えるという独特の構えを取った。
「ナイフ一本で何ができる? 悪あがきはよせ」
レギオスは主要武器を失いながらもまだ闘う姿勢を崩そうとしないアルマンを見て呆れている様子だ。リーチで勝るバルベルトにナイフ一本で挑もうとは正に無謀なことだからだ。
「…おれを甘く見ないほうがいいぞ、レギオス」
アルマンは地面を蹴り上げると一瞬にしてレギオスの目の前へと移動した。レギオスは咄嗟にバルベルトを振った。しかし、突然のことに動作が一瞬遅れた。アルマンはその隙を見逃さなかった。
シュンッ!
風を斬る音が聞こえた。アルマンはレギオスの後方に回り込んでいた。レギオスはすぐに後方へと振り向いた。そして斬られた感触はしていたのでどこかに損傷はないか探した。よく見るとバトルスーツの胸の辺りに横に斬られた跡があることに気づいた。痛みは感じない。どうやら内部にまで至っていないようだ。
しかし、これはバトルスーツである。最先端の技術を取り入れた最も硬質で柔軟性に優れた戦闘服だ。それをアルマンは斬ったのだ。
「まさかこの私のバトルスーツに傷がつくとは夢にも思わなかったよ。そのナイフ、ただのナイフではないな?」
レギオスは必死に心の動揺を悟られぬよう冷静に振舞った。さすがは英雄といったところか、その表情は全く動じたようには見えない。
「そうだ。こいつは《アルディス》といってな。代々、ギルガネス一族で最も力を持つものに受け継がれる物だ。その昔、初代ギルガネスが創りだしたと言われ、その構成物質、能力など未だに解明されていないことが多いものでもある」
「なるほど。まさかそのような切り札があるとは…良いだろう。そちらが切り札を出したというならこちらも切り札を出すとしよう……目覚めよ、《ライサー》!」
レギオスはバルベルトのちょうど真ん中に位置するところにあるスライド型のスイッチをオンにした。
ブ――――ン
低く唸るような音があたりに響き渡る。よく聞いてみるとその音はレギオスのバルベルトの刀身から聞こえてくる。さらに驚いたことに何故かその刀身に振れた雨粒は激しくはじかれている。
「これこそ、我がバルベルトの真の姿だ。この刃が高速振動することにより、少し触れただけでも相手に大きな損傷を与えることが出来るのだ」
レギオスは説明し終えるとライサーの矛先を再びアルマンの心臓に向けた。アルマンも基本姿勢を取る。そして両者共に地面を蹴り相手に向かって突進した……。