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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

正直に教えておくれ

掲載日:2026/06/25


 悩んでいる。


 私はヘタクソだし、センスがないし、独創性もないから、書くのなんて趣味でも手を出しちゃいけなかったんじゃないかと。


 自己肯定感の低さは、どうしようもない。


 書いている時は夢中で手を動かしていると思う。


 けれど、書き終わって他の御作と拙作を並べた時、どうしたって見劣りする。


 え、下手じゃん。

 下手なのに必死になって書いてんの?

 莫迦なの、わたしは。


 そう思ってしまう。


 いや、実際バカげた所業ではあると思う。

 何をしているのだろう、私は。


 あの女が言った言葉が頭を殴りつけに来る。


『小さい頃は所蔵の本を読んで出来ていたけど』

『貯金は使い果たした』

『読んだけど、何でもない。高校1年の最初の小説だけ、少し見られた。でもその後は、駄目。ぜんぶ駄目』

『可愛く産んであげたのに大人になって不器量になってしまって』

『出来ない出来ない何にも出来ない』

『国立の大学に行って国家公務員になりなさい』

『安定した職を』


 洗脳と。支配。


 そのくせ、私が鬱病で家に帰らされた一時期に日記に書いた私の掌編などを盗み見て、


『この雑誌に載ってるエッセイのひとより、咲ちゃんの方が文章が巧いんじゃないの?』

『咲ちゃん、短歌、上手なのね』


 と、嗤いながら茶化したりもしてきた。


 なんなんだろう、あの女は。


 私の脳は混乱した。

 お前が否定して、道を決めたから私は……、


 大学のゼミの教授は、私の進路希望を見て

『適正とまったく逆の方向に進路希望を出す』と嘆いていた。


 私には、その進路しか許されなかったのです、先生。あの女を母親だと信じ込まされていて、背くことなど出来ないほどに洗脳と支配をされていた。


 過干渉、なんてものじゃない。


 あれは独裁者だ。

 神を騙り、全能のフリをして私から正しい自己分析や自己判断力を奪っていたのです。


 38年は、短くはない。軽くも、ない。


 殴りつけに来る声とは別に、今まで学生時代に授業を受けて私の書くものをみてくれた、国語の先生たちの言葉もたまに思い出す。


『立派な小説家になれよ』

 高校一年のときの、担任の先生のことば。

 私の書くものから、森鴎外を感じる、と言ってくれた。

 たくさん、読んだから。

 明治文学は大好きだったから。


『感想文、すごく良かった』

『古典の読み上げ、上手!』

 地獄のような公立中学で、立場の弱そうなやわらかな女性教諭がそう言ってくれた。

 古典は、幼稚園から触っていたから。

 上手く読めてたなら、良かった。

 私が平家物語を読み上げたあと、拍手と驚きの声が教室にあの時だけは満ちていた。

 あの瞬間だけは、照れながら、恥ずかしくおもいながら、とても嬉しかった。誇らしかった。

 喝采をうけた、と思う。


 小学校、感想文が特撰を取った。

 一年生のときの担当の先生が、とにかく良く私の事をよく見てくれていた。

 肉親よりも、余程私の事を解ってくれて、的確で、彼女はほんとうに素敵な国語の才媛だった。


 でも、そんな思い出も、すぐに否定される。


『あたしが良書を揃えてたから、それで』

『あたしが見てあげながら作ったから』

『古典が常に流れていたものね。あたしと一緒にそれを見聞きしていたから』



 悪いことは私のせいで、褒められたなら、あの女のおかげで。


 褒められても、すぐにあの女は私を上書きして、私自身の獲得した成績ではない、と鼻で笑った。


 私が百点以外をとると叱責し、少しのミスや、幼い言動も全て正され、拘束された。


 あの女の気の済むまで何時間でも何日でも、あの女が怒りの感情を思い出す度に私は今までの私のミスを絶え間なく挙げられ、怒鳴り散らされて……。


 自分を。

 私は、押し殺して、あの女の気を逆立てないように潜んで生きるようになった。おごらないように、悪目立ちしないように。気を配った。


 あの時分の私は、周囲の誰より、大人で、苦情受付で、サンドバッグに甘んじていなければいけなかった。




 一般的な家庭、というものが、私には判らない。


 私は、ヘタクソで。

 駄文ばかり、気持ちばかりで。


 書いているつもりで、その実、なんにも出来ていないのじゃあないのだろうか。

 

――だってあの女にそう言い聞かされたのだから。


 そうどうしても思ってしまうし、誰かと比べたら、確かに拙作は私の目には劣って映るのだ。


 口惜しい、もっと、巧くなりたい、なんて思えない。

 よく出来たものを読むと、圧倒される。

 私なんかが書かなくても素晴らしい作が存在するのだから、安心して辞めて諦めてしまえばいい、と考えてしまう。



 ……、実を、むすぶ。


 才能、というものは。


 現実に、作家デビューされる、ような本物の天才さまたちは。


 ものすごい確率と努力の結実によって、その席に座ることに成功しているのだろう。 


 才能を潰さない家庭か、学校、どちらかに、或いはたった一人の尊敬する作家に出合って、はじめて、才能は羽を広げることが出来るのではないだろうか。


 どこかに。

 身近に。


 たった一人でも、背中をおすものがいて初めて成り立つのが表現の世界、創作の世界の成功者なのではないのだろうか。


 逆に。

 その鋭敏さを、常に見張られ才能ではなくそれは欠点だ、なおせ、と言われて人生を否定し続けられてしまったなら。


 どんな天才も、鬼才も、折れてしまうのじゃないだろうか……。


 きさい。

 私に何か言葉を当てるなら、奇彩、という表現が良い。

 実にはならなかった。


 でも、凡そ、と呼ばれる人たちのなかにも決して入れてはもらえない。


 私は、ただの、すこし珍しい色味の下手糞。


 下手を個性や独創性と勘違いして、いい気になっている、そんな。


 何も出来ない。

 何の生産性もない。

 才能も才覚も知恵も知識もない。

 筆の力もない。


 私は……、ものを書き表してはいけない、そんな人間なのではないだろうか。


 今も、ぐらついている。


 何を指針に生きればいいのか。


 私には国語しかない。

 この分野では、何かしら、平均値よりは秀でていて欲しい。嘘みたいな数字だって、国語では一度取ったのだ。流石に、あれは、無才では……、取れないのではないだろうか……、けれど……。


 それがどんな数値であれど、誇らしいような記憶はすべて、私の脳内でどうしても少なからず否定される。

 

 あの女は、恐ろしい。

 あの女は、私を産んだ。


 だから。私の感覚より、あの女の見方が正しいのかもしれない。


 夫は、私の書いたものに何も返してはくれない。読んでほしい、と頼めば、嫌そうな顔をする。

 読んではくれても『で、これの意味は?』『どういうこと?』『わからない』と答える。


 どうして。

 やっぱり。


 私は下手糞なんだ。


 私が筆を走らせていると、夫はとめる。

 

 彼はよく『休憩休憩!』と言い出して私が書いていようが私の隣でお八つを食べ始め、コーヒーを飲む。


 ……書いている時に、私を途切れさせる。


 それは、私の書くものが下手糞で読めもしない出来損ないだから。面白くないから。


 この間あげた、実話のエッセイを彼は私の創作だと思って、2日も読んではくれず、読んでも『ああ、このまんまの実体験ね、はいはいもう聴きました』とだけ、感想をくれた。


 そのエッセイは、私の中でエンターテイメントを少し意識したものだったのに。


 私は。技量が何処までもない。


 また違う声が私を嬲る。


『使えない』『お前が一番使えない』


 これは、中学の体育教師に言われ、大学時代のアルバイトの面接でも言われた言葉だ。


 わたしは。下手糞で、動きが緩慢で、長編があめない頭の悪さで、使えない。


 読み物にもなっていない。


 稚拙だ。


 そう、短歌でも……そう言われた。

『持って回った幼い表現』だと。


 作歌の苛つきの評が、画面越しに私を叩き付けた。その画面を見ると、やはりトラウマがフラッシュバックした。


 歌も。小説も。


 下手糞で、使えなくて、幼稚で。


 ……確かに私はアダルトチルドレンだった、障害があった、解離して、退行もする。


 そんな私が

 書き続けたって

 誰かの気分を害するだけではないのだろうか。


――辛いだけだしやめちまえ――


 そんなような声も頭に鳴り出す。


 解離は更に私を押し退ける。


 書きたい? 下手なのに?


――莫迦じゃないの――



 これは、私の、意思だろうか。

 あの女たちの、声なのだろうか。


 書きたい。

――やめたらいいのに。


 やめたい。

――いいから書きなさい、それしかないんだから。




 判らない。


 解らなくなる。


 どれが、ほんとう?


 でも、どの私も自作を『下手糞』だとは認識している。


 これは、この認識は歪められたもの?

 正しい判断?


 わからない。

 私は……。


 これからを、どうやって紡いでいいのか、もう、わからない。



 私はいったい、なんなのだろうか。

  


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