競馬の祭典日本ダービーから栄光の三冠馬へ
TBS日曜劇場の人気ドラマ「ザ.ロイヤルファミリー」の最終回を見返してこの文を書いている。ドラマでは有馬記念の制覇を夢見たワンマンオーナーから息子へ夢を継承とその一族を描いた感動的なドラマで競馬初心者でも解りやすい新なファンの獲得にも成功しこの年の有馬記念も700億円を超えてJRAも大成功した。ただ私みたいな長年の競馬ファンには、フィクションが多すぎと感じた。長年の競馬ファンの違う観点から描いてみました。私は競馬と言えばダービーが特別だと思っている。ダービーは世界共通で世界のホースマンやファンがこの一日に全てを注ぎ込むと言っても過言ではないと思っています。イギリスのエプソムダービー、アメリカのケンタッキーダービーそして府中の東京競馬場で行われる日本ダービーが有名だが各国でもダービーが特別なレースだ。その中の日本ダービーは毎年7500~8000頭弱産まれると言われるサラブレッドの一生一回しかない3歳馬限定クラシック(桜花賞、オークスの牝馬限定レースに皐月賞、日本ダービー、菊花賞)が名誉と言われその中でも「日本ダービー」こそ競馬の最高峰と位置付けされている。すべての憧れ最高のステイタスこれが「ダービー」だ、ある人が言っていた。「一国の大統領になるよりもダービーの馬主になる方が難しい」と名言もある。日本でも数々のGIレースを勝ち抜いた名手柴田政人さんもなかなかダービーを勝てず「ダービーを勝ったら騎手を辞めてもいい」も有名で彼の夢は世界のホースマンに「第何回のダービーを勝った柴田政人です」といつか自分を紹介したいと夢見て競馬人生を過ごしていたという。実際柴田政人さんも1993年の60回の日本ダービーをウイニングチケットで見事日本ダービーを制し念願のダービージョッキーの称号を手にする事なる。この位ダービーは特別なのだ。このレースを勝った馬しか与えられない「ダービー馬」の称号は一生語り繋がる名馬のトウショウボーイやテンポイントさえダービーの称号を得られなかった。「ダービーは運の強い馬が勝つ」と言われる様に実力だけでは勝てないのが現実だ。しかし歴史的名馬も実力で制して来たのもすべてでもある。
ダービーで始まりダービーで終わると有名な競馬格言もある。それ程ダービーというのは価値が高いのだ。その上に最大名誉「三冠馬」があるのだ。三冠馬とは皐月賞、日本ダービー、菊花賞を全て制した馬だけに「三冠馬」と称号される。今現在8頭しか出ていない。三冠を無敗で制したのは僅か3頭しかいないのだ。それでこそ名誉なのであるは。その詳しい事を本文で伝えていきます。
日本には色々ななレースがある。新馬戦、未勝利、500万下、オープン特別、リステッド、重賞(GIII、GII、GI)がありその中に一生一回しか出られないクラシック(皐月賞、日本ダービー、菊花賞)牝馬限定では(桜花賞、オークス、秋華賞が牝馬三冠馬)※秋華賞はクラシックではない今回は牡馬クラシックについて話してみたい特にダービーでは世界共通で競馬の祭典として位置付けされ日本ダービー、アメリカのケンタッキーダービー、イギリスのエプソムダービーが特に注目が集まる。アメリカではダート(砂叉は土)が主流で芝レースよりも格上になるが日本やヨーロッパでは主流となるので比較が難しいが、生産者、育成、調教師、厩務員、騎手、ホースマン、記者、ファンもダービーだけは夢であり特別なのだ。ダービーを勝ったのみダービー馬、ダービージョッキー、ダービートレーナーの称号が与えられる。例えでダービーで始まりダービーで終わると言う格言もある。日本では皐月賞は速い馬が勝つ(仕上りの早いの説もある)菊花賞は強い馬が勝つ、そして日本ダービーは「運の強い馬が勝つ」と言われる様に日本ダービーは速くても強くても「運」も兼ね備えていないと勝てないのだ。歴史的な名馬でも日本ダービーを勝てなかった馬も多くいるが例えフロックでも勝てば一生ダービー馬として歴史に残る。日本ダービーでは約8000頭近くを生産者されるがその馬の頂点が日本ダービーである。さらにその上に三冠馬があるのだ。日本ダービーしかGIを勝てなかった馬もいるし日本ダービーだけは勝てなかった馬もいる。ダービーでは数々のドラマがある。日本の歴史的な名ジョッキーの武豊騎手も各GIを勝利に導いたり連続リーディングも受賞された彼さえもダービーだけは縁がなくデビュー12年スペシャルウイークで念願のダービーを制した程だ(今では最多のダービージョッキーとなっている)初代ワカタカから数々の名馬まで古くは10戦10勝でダービーを制した後破傷風で急逝したトキノミノル歴史的名馬のトウショウボーイやテンポイントを抑えた世紀の一発屋シリウスシンボリ、ハイペースで逃げ切った2冠馬カブラヤオー牝馬ながら圧倒的な強さを見せたクリフジなどだ。この近年では競馬場記録の19万6千人のアイネスフウジン「ナカノコール」も有名だ。翌年は歴史的初の無敗の父子制覇をしたトウカイテイオー3馬身差の圧勝も凄かった。この頃から私も競馬に興味が湧き競馬場にも足を運ぶ様になった。私はこの年のジャパンカップの前日に東京競馬場に訪れた。この日の7Rの3歳(現在2歳)500万下の平場のレースに単勝1.4倍の圧倒的な一番人気の馬がいた。栗毛の流星が美しい「ミホノブルボン」だ。前走中京のデビュー戦1000mで致命的な出遅れたが直線凄い脚で追込みレコード勝ちしていた。レースは良いスタートを切り2番手をキープし直線楽々と後続を突き放し7馬身差の圧勝に衝撃を受け私はこの瞬間から私の推し馬になった。次走はGIの朝日杯3歳ステークスと発表された。当日の中山競馬場は曇り良馬場だライバルはマチカネタンホイザやGIIの京成杯3歳ステークスを勝利したヤマニンミラクルの小頭数ながら強豪揃いレースは先行したものの折り合いを欠き騎手が抑える苦しい競馬で直線早目に先頭に立つが外からヤマニンが迫る「危ない差される」と思った瞬間馬が沈んだ、自ら抜かせまいと頭を前に出しハナ差凌いで勝利した。「なんて馬なんだ」と感動した。この頃記者や解説者などはブルボンに距離不安を報道する様にになりブルボンはスプリンターでクラッシック向きではないと騒がれた。血統的にも短距離向きでこれが限界と言われたが戸山式坂路スパルタ調教をこなしなんと陣営はクラッシックを選択すする事となる。休養開けは中山1800mとなるがここでもまた距離不安がさわがれ人生初の二番人気となる。しかも初めての重馬場に不安がよぎる。下馬評ではサクラバクシンオーが逃げると思われたがなんと1枠から小島貞騎手が押しながらハナを切る。先頭に立つと落ち着き競馬を作る3~4コーナーでもペースが落ちず後続は重馬場に足をとられる中ブルボンが突き放し7馬身差圧勝そしてこのレースを見て陣営は皐月賞を目指す事となり皐月賞当日は雨の稍重だが単勝は1.4倍の一番人気に支持される。この日もハナを切り悪い馬場をものともせず2馬身半差の圧勝する。次は日本ダービー出走と発表するとマスコミがここぞとばかり400m延長の距離不安を指摘する。このせいか前走圧勝ながら一番人気なから単勝2.3倍となる。前日の大雨の影響と当日は曇りで馬場が回復せず稍重発表だったが実際には重か不良だったろう。言い忘れたがこの年からフルゲート18頭と狭き門となり馬券も馬連が発売される事になり高配当連発となり盛り上りも頂点となった。距離の不安が囁かれる中れる7枠15番もかなりの不利だったがスタートが切られると同枠のライスシャワーがロケットスタート少し遅れてたがブルボンがハナを切る。道中はブルボンのペースで進み1000mを61秒でマイペースで4コーナーを回り各馬がスパートするがブルボンに着いていけない、そしてラスト400mのハロン棒を通過する。その時実況が「これからが未知の距離」と叫ぶリードは4馬身「もう大丈夫だろう、おそらく勝てるだろう」と連呼する。結果4馬身リードのままゴールする。2着には写真判定の末なんと16番人気ライスシャワーが差し返していた。私も大好きなミホノブルボンが勝利して馬券も取れた。しかも290倍超の万馬券のおまけ付きだ、こんな幸せな事はない、ずっと推しをしてて良かったと思った。ブルボンも前年のトウカイテイオーに続き6戦6勝の無敗の二冠馬となった。観客も大歓声が起こり「小島コール」になった。強い勝ち方だったが陣営は嬉しさと安堵をしたのも束の間、厳しい選択を迫られる。3000mの菊花賞に挑戦するのか他のレースにするのかを判断させられるが三冠を目指す事になり夏を休養に当て京都新聞杯からの始動となる。ライバルは神戸新聞杯を逃げ切ったキョウエイボーガンと春より力をつけていたライスシャワーだ。ボーガンが逃げ宣言するが出遅れた。ブルボンがハナを切り自らのペースで進む4コーナーを先頭に立って今日も独走かと思われたが少し脚色が鈍いライスシャワーが外から迫り1馬身半差でレコード勝ちするが、後に小島貞騎手が「これが限界だと不安を漏らしていた」私も不安がよぎる一戦だったと思った。そして菊花賞当日はブルボンの三冠達成を一目見ようと大勢の観客が押し寄せた。ブルボンが勝ったらJRAがバルーンが揚がるらしい。京都競馬場は晴れ渡り良馬場のコンディションで誰もがブルボンの久々の三冠馬の誕生を信じていた。音楽隊のファンファーレが響きゲートが開きスタートが切られたがブルボンが逃げれない押して押してなんとキョウエイボーガンがハナを切りハイペースになる。後に柴田政人さんがボーガン陣営を批判する。「この様なブルボンの大切な時にこんな事したらいけない」と言っていた。(ブルボンの三冠がかかった大事なレースに勝てもしない馬が逃げ馬のブルボンの邪魔をしてハナを切る行為)仕方なく暴走気味のボーガンと喧嘩したら元もこもないので仕方なく2番手からのレースとなる。ボーガンの逃げで大きな縦長の展開に場内が不穏な空気になるがまだファンもブルボンの三冠を信じていた。そして4コーナー手前でボーガンが馬群に沈み直線早くもブルボンが先頭に立つと実況も「どっからでも何でも来いかミホノブルボン」しかし外からライスシャワー内からマチカネタンホイザが襲いかかる。ブルボンも抵抗するがライスシャワーの脚が勝るそしてライスシャワーがブルボンを差し切り先頭ゴールする。ブルボンも意地でマチカネを差し返し2着をキープした。「ミホノブルボン三冠にならず場内うわ~という悲鳴が上がる」と実況も叫ぶ私は悪夢を見ているようだった。ブルボンと小島貞騎手が寂しそうに2着の柵に入って行く、この後ブルボンがターフに戻ることなく8戦7勝2着1回の戦績で引退となる。ライスシャワーは古馬になっても活躍しメジロマックイーンの天皇賞春の三連覇を阻み最強のステイヤーの称号を得た。そして一年置いてまた天皇賞春を制覇し3000m以上では負け知らずとブルボンの名誉を守ったが次走の宝塚記念で骨折落馬し帰らぬ身となった。そしてアメリカから2頭の種牡馬が日本にやって来た。ブライアンズタイムとアメリカの奇跡の馬と言われたダービーとプリークネスステークスの二冠にブリーダーズカップを制したサンデーサイレンスだ。この2頭の馬が日本競馬の歴史を変える事となるとは思わなかっただろう。
ブルボンのダービー制覇から翌年にダービーには縁がなかったが一頭の名馬に注目される。デビュー3連勝で朝日杯に進むが伏兵に足元をすくわれ2着になり、皐月賞もダービーも2着(優勝は念願の柴田政人騎手をダービージョッキーにしたウイニングチケットが勝った。)この時は馬も強かったが柴田騎手の気迫と執念で馬を勝たせと言っても過言ではないだろう。後にこのダービー馬を脇役にする馬こそビワハヤヒデだ。後に菊花賞で本格化し天皇賞春と宝塚記念を制した
菊花賞の前の夏の函館でハヤヒデの弟がデビューするとの事で競馬界が騒がれた。父は違うが紛れもない兄弟だ。この馬こそブライアンズタイム産駒のナリタブライアンだ。しかしエリートコースの兄と違いデビュー戦2着で2戦目こそ勝利するが次の函館3歳(現在では2歳)ステークスは6着惨敗と期待外れがファンや記者の間では感じられた。福島できんもくせい特別を勝利するが次のデイリー杯3着と振るわなかった。そして陣営がある決断する。ブライアンは臆病な性格で自分の影にも怯えてしまい本当の力を出しきれない、馬具の装着を考えた「白いシャドーロール」だ。この決断がこの馬の人生を大きく変える事となる。シャドーロールを付けて挑んだ京都3歳ステークスでは3馬身差の圧勝する。ついに兄と同じ土俵の朝日杯に進む事が出来た。当日は一番人気になったものの今までの惨敗を見せられてか単勝3.9倍のオッズだ、ファンも半信半疑なのだろう。レースはハイペースで進みブライアンは中団にキープし4コーナーでは先行する馬を射程圏にし直線早く先頭に出る後続との差が広がる結果3馬身半差の圧勝すると手の平を返したように大歓声が挙がる。昨年の兄の雪辱を果たした瞬間だった。使い詰めのブライアンは春まで休養かと思われたが年明けは共同通信杯になる。ここも危なげ無く圧勝し、さすがに本番に直行かと思われたが、トライアルのスプリングステークスに出走し完勝する。そしてクラシック第一弾皐月賞に駒を進めする事となる当日の中山競馬場は晴れ良馬場の絶好のコンディションだ。ブライアンは最内1番となり強いマークと内に囲まれる可能性があるのだが4連勝の実績で単勝1.6倍の圧倒的な一番人気に支持された。レースは大方の予想通り内で包囲網を引かれたが直線では大外に出れると一瞬で先頭へ呆気なく3馬身半差の圧勝となる。次は競馬の祭典日本ダービーだ。皐月賞の圧勝劇にブライアンへの支持が集まった。日本ダービーに向けて磐石の体制づくりで他馬を迎え打つそして新緑の季節の日本ダービーがやって来た。晴れ良馬場だが内が荒れたコースとなった。兄ビワハヤヒデも果たせなかった春のクラシック今度は弟が敵討ちに東京競馬場にやって来た。当たり前の様に単勝1.2倍の圧倒的な一番人気となり誰もが勝利を疑う者は少なかった。ファンファーレが鳴りゲートが開いてスタートが切られた。ブライアンも8枠17番だったがまずまずのスタートだった。レースは淡々と進みブライアンが大外からただ一頭別次元の競馬で楽々5馬身差の圧勝する。鞍上の南井騎手も初のダービージョッキーとなった。ただ強いの一言としか言えない位
呆気なかった。兄ビワハヤヒデも天皇賞春と宝塚記念を勝利し兄と弟どっちが強いかの兄弟対決に大注目される様になる。ビワハヤヒデは夏を無事に過ごしたがブライアンは夏負けをしてしまう。そして秋の前哨戦にハヤヒデはオールカマーに弟ブライアンは京都新聞杯を向かえた。ダービー馬のウイニングチケットを子供扱いにして完勝する。天皇賞秋に向けて万全だ、対するブライアンは夏負けをしたものの当日は単勝1.0の一番人気で他馬を迎え撃つレースは大外から先頭に立つがいつもの伸びがない内から実況が「内からスターマンと一瞬絶句し藤田は怖い」と叫ぶ場内も静まり返り後にざわめいた。兄とは対照的に三冠に暗雲が立ち込める。兄ビワハヤヒデは万全の体勢で天皇賞秋を向かえる。レースは誰もがハヤヒデの圧勝と信じて疑わなかったがレースではネーハイシーザーが先頭に立つがハヤヒデが伸びない「何かあったのか」と5着でゴールとなる。原因はレース中に骨折していたとの事だった。この故障でビワハヤヒデは引退となり兄弟対決は実現されなかった。関係者、マスコミ、ファンには悲しい出来事だったが翌週には弟ナリタブライアンの菊花賞が控えている。重苦しい空気の中でも菊花賞がやって来た。当日の京都競馬場は雨が降りかざし馬場も緩い前走の負け支持は下がったが単勝1.7倍の一番人気となったレースは大逃げで天皇賞秋(この頃は3200m)を大勝したプリティキャストの子供のスティールキャストが15馬身程リードの大逃げでレースが進むブライアンも好位で折り合っている。4コーナーで先に2番人気のヤシマソブリンが仕掛けるブライアンが大外から並ぶ間もなくかわす。実況が「弟は大丈夫だ、弟は大丈夫だ」と連呼して叫ぶ7馬身差の圧勝で幕が降りる「おめでとうナリタブライアン」と実況者を勝利を称えた。陣営、マスコミ、ファンも安堵しただろう。その後ナリタブライアンは古馬初対決の有馬記念も圧勝し年度代表馬になりブライアンズタイムも伏兵2冠ダービー馬のサニーブライアンやオークス馬などを排出した。そしてもう一頭のアメリカ輸入馬はもっと凄かった。今の競馬界のサラブレッド血統にこの馬の血脈のない馬を見つけるのも珍しいといわれる。アメリカ歴史的名馬(ケンタッキーダービー、プリークネスS、ブリーダーズカップ)ベルモントSこそ2着で三冠こそ逃したがその年のアメリカ年度代表馬に輝き日本でも奇跡的な数々の名馬を生み出したサンデーサイレンスだ。この馬にも数々のエピソードがあり、血統的にも地味で仔馬の頃に少し足が曲がっていて中々買い手がつかず輸送車が大事故で競走馬人生が終わりかとも言われた所から立ち上がりはしたが陣営もマスコミも酷評が酷かった。そして同期には超の付く良血馬のイージーゴアの影に隠れ期待も薄かったが下馬評を覆して勝利を重ねついにはダービー馬にもなった。引退して種牡馬となるのだが地味な血統にアメリカでは半信半疑の人気に日本の社台の総帥の吉田善哉氏が目を付け日本に輸入される事となる。アメリカ最強馬がに種牡馬として迎えられる事に競馬界の一大ニュースとなり騒がれた。後にこの馬が日本の歴史を変える事となる。それは初年度から始まる事となる。デビュー戦新潟1200mで出遅れながら8馬身以上の差を付け2戦目には2着馬を子供扱いし完勝したフジキセキだ。次走では5頭の無敗馬が揃うハイレベルのGI朝日杯3歳ステークス(現在では2歳)では一番人気に支持され辛勝だが勝利したその後春のトライアル弥生賞でも2着馬を子供扱いして完勝した。この頃には久々の三冠馬の誕生かと騒がれたが故障引退し「幻の三冠馬」と語り繋がれる。しかしフジキセキがいなくなっても皐月賞ではサンデー産駒のワンツーとなり日本ダービーではフジキセキに子供扱いされたタヤスツヨシがダービーを制しまたもワンツーになった。菊花賞こそブライアンズタイム産駒のマヤノトップガンに持って入れたがサンデーサイレンスの勢いは続く翌年は皐月賞を制し日本ダービーでは武豊騎手初のダービー制覇かと思われたダンスインザダークが一番人気となるが僅かキャリア2戦の奇跡の馬フサイチコンコルドに譲ってしまう。現在でもキャリア2戦で日本ダービー馬は現れていないしかし菊花賞では逆転しダンスが制した。その2年後についに武豊騎手をダービージョッキーにする馬が現れた。スペシャルウイーク(GI4勝)だ。翌年も武豊騎手はサンデー産駒で連覇し三連覇んを目指すが河内騎手初のダービージョッキーとさせるアグネスフライトにハナ差敗れるがまたもサンデー産駒ワンツーに終わった。その後武豊騎手はブライアンズタイム産駒のタニノギムレットで3度制覇となる。翌年に競馬界最大の悲劇が訪れる。サンデーサイレンスが2002年に急逝したのだ競馬界やファンも早すぎる死に悲しみとショックに包まれた。翌年にはネオユニバースが菊花賞こそ敗れるが2冠を制した。そしてサンデーサイレンスは急逝する前に最高の忘れ形見を残すこととなる。それが日本の歴史的最強馬のディープインパクトだった。(馬主の金子氏はディープインパクトの前の年にキングカメハメハで初のダービーオーナーとなっていた)キングが故障引退した年の12月にディープインパクトが阪神2000mでデビューする。レースは中団を進み直線では逃げたコンゴウリキシオー(きさらぎ賞勝利)を軽くかわし4馬身差の圧勝となった。次走はオープン戦の若駒ステークスだったがキャリア一戦ながら1.1倍の圧倒的な一番人気だったが2頭の逃げ馬が他馬を15馬身程放すがディープインパクトが大外から直線半ばでとんでもない脚で差し切り5馬身差の圧勝する。このレースは競馬ニュースだけでなく一般のニュースでも取り上げられ社会現象にもなった。しかし私は所詮オープン戦だ、GIの朝日杯を勝ったマイネルレコルト推しだった。ディープの次走は関東初見参の皐月賞と同じ舞台の弥生賞となったがマイネルが3着で京成杯勝ちのアドマイヤジャパンにクビ差の辛勝に強いとは思わなかった。そしてクラシック一冠目の皐月賞では単勝1.3倍の一番人気に支持されるが、私はまだディープの力を認めてなかった。当日の中山競馬場は晴れ良馬場でディープ見たさに多くの観客が訪れた。そして皐月賞のゲートが開いた瞬間とんでもない事件が起こった。なんとディープが出遅れしてしかも躓き武豊騎手もあわや落馬寸前で10馬身以上の最後方からの競馬になり「終わった」と誰もが思っただろうが1コーナー過ぎには後方3番手まで追い上げ何事もなかった様にレースをする。3コーナー過ぎでは何と中団までに位置し4コーナーでは初めてのステッキが入ると大外から一瞬で先頭に立ち2馬身半差を着けてゴールする。この時私は「とんでもない物を見てしまったごめんなさいディープこれからは貴方を一生本命にし推し馬にするよ」とテレビ越しに叫んだ。レース後の口撮りではシンボリルドルフの岡部騎手の真似をして武豊騎手が馬の上て一本の人差し指を大きく掲げた。まるで三冠を確信したかの様に、ディープの話は一端置いて歴代の三冠馬の話をしたいと思う。セントライトやシンザンはモノクロでしかの映像だったので「ただ強い」の印象でしかないが(私が競馬を本格的に始めたのは36年位前なので映像を見た印象とエピソードを話したい、まずはミスターシービーからにしよう。天馬と言われた歴史的名馬トウショウボーイとシービークロスを母に持つ超良血馬だ、個性的な馬で後方から鮮やかな脚で差し切りをする追込み馬で常にファンを魅了してきた。三冠レースを映像を見たがあの大胆な異なるレースは鳥肌が立つ程だ、特に菊花賞で見せた追込み馬と思えない直線早目のスパートは衝撃的である。あの瞬間にリアルタイムで観ていたら感動して鳥肌が立っていただろう。しかし歴史的に見れば翌年にとんでもない馬の影になってしまい可哀想な気がするが深く心に残る馬だった。その馬こそ皇帝シンボリルドルフだ。新潟でデビュー戦を制すると3歳を無敗に終えるがこの時点では同じ岡部騎手が騎乗していたビゼンニシキの方が評価が高かった。4歳となった弥生賞で直接対決となりルドルフはニ番人気となるが岡部騎手はルドルフを選んだ結果ルドルフが勝ち皐月賞での再対決となったがここでもルドルフが勝利した。口撮りでは岡部騎手が人差し指1本高々と上げた。この時から三冠馬になると確信していたのか。日本ダービーでは岡部騎手が仕掛けるとルドルフは反応しない焦る岡部騎手は後にルドルフが「まだ早い」と言っているようだったと言った。岡部騎手は「ルドルフに競馬を教えてもらった」と語っていた様にダービーを勝った後に菊花賞を制し日本競馬初の無敗の三冠馬となり引退まででGI7勝の記録を作った。ディープの話に戻すと皐月賞を制したディープインパクトは日本ダービーへと向かう。皐月賞の激走でさらに人気を伸ばし当日の単勝は1.1倍の圧倒的な一番人気となる。しかしディープはここでも事件を起こす。パドックでかなり入れ込んで首を振り暴れたり尻っぱねをしたりと落ち着いていない武豊騎手がどうにか宥めて事なき終えたが馬券を買っていたファンからするとたまったもんじゃない。その後は何事もなかった様に輪乗りをして安心したがスタートは案の定出遅れた。ただディープは淡々と外を回りかなりロスしたのに対して、ロスなく内を回った二番人気のインティライミがスパートとして5馬身リードする武豊騎手も全く慌てず大外からただ一頭別次元の競馬をして最後は5馬身差の圧勝した。まるでナリタブライアンのダービーを再生している様だった。ファンも大歓声で勝利を称えた。口撮りでは2本の指を立てファンに三冠を期待させた。夏場は無事に過ごし神戸新聞杯も圧勝し、京都競馬場へと向かう。菊花賞では私は東京競馬場での観戦となったのだが、違う意味で驚いた。まだ菊花賞のレースが始まってもない昼頃に売店ではディープインパクトの三冠達成のグッズが販売されていたのだ。私は目を疑ったが不安は和らいだ。レースが迫りパドックに菊花賞出走馬が入ってきたがディープインパクトは落ち着いていた。とうとう単勝も1.0倍の奇跡的な支持され万全に見えた。レースが迫りスターターの赤い旗が風に靡くファンも大歓声とファンファーレが京都競馬場内に響く期待感と緊張感が入り交じる。ゲートが開いてスタートが切られたがディープは今まで見た事がない良いスタートを切るいつもと違った展開に馬も戸惑うが武豊騎手はこの日はあえて後ろに下げず好位置をキープするが明らかに折り合ってないディープもブルボンみたいに頭の良い馬で4コーナーを回ったらゴールという事を学習しているのだコーナーを6回も回るレースは初めてで武豊騎手は手綱を抑えるが馬が戸惑っているしかも一周目の直線では大歓声も折り合いをかいた一つだろうが1コーナーでは落ち着いた。シャドーゲイトとアドマイヤジャパンの2頭が10馬身以上離して逃げている、ディープは中団をキープし4コーナーを回り横山典騎手のアドマイヤジャパンが奇襲のスパートで先頭に8馬身以上のリードを取る後続も追い付けない大外からディープインパクトもスパートするが前半折り合いを欠いた分いつもより脚色が鈍いが根性で追いかけラスト50mでやっと差し切り実況の名フレーズが生まれる「世界よ見たかこれが日本近代競馬の結晶だ」と叫んでいた。結果2馬身差でゴールしシンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬の誕生となった。正に「英雄」に相応しい馬となった。「おめでとうディープインパクト」と観客のコールが響く武豊騎手も期待に応え嬉しさよりもホッした感じと述べていた。口撮りでは又も岡部騎手の真似をして3本を指を大きく挙げた。一安心だが今度は古馬初対決で有馬記念でのクリスマス決戦が待っている。そして有馬記念当日になりディープの応援に沢山の観客が訪れた。私も観客もディープの勝利を疑わなかったが、今まで以上最大の事件が起こる。レースはスタートが切られるがなんと追い込み馬のはずのルメール騎乗のハーツクライが先行作戦を取る。嫌な予感がしたが負ける筈ないと思っていたが直線でルメールがハーツを促し早くも先頭にディープも必死の追うが中々差が詰まらない結果ハーツクライとルメールの日本GIの初制覇に輝いた。観客もこの現実中々受け止められず、悲鳴も上がった。後の競馬番組で武豊騎手が語った。「ディープが負けるとこんなに静かになるんだ」と、実際お通夜の様に感じた。冬を休養し阪神大賞典を圧勝し天皇賞春をレコード勝ちし強い雨の宝塚記念も圧勝劇に実況も叫ぶ「さあ待ってろよシロッコ、ハリケーンランよ」さあいざフランスロンシャンへ夏場を無事に過ごしぶっつけで初めての海外遠征にも全てが未知だ。8頭立ての少頭数(近年で多頭数が多い)だか前年の覇者ハリケーンランやブリーダーズカップターフ勝利したシロッコなどの出走に他陣営に牽制したのか、その中でも現地でもディープインパクトは一番人気に支持されていたという。今年こそ日本馬初の凱旋門賞制覇に日本ファンも希望と期待に満ちていた。そして当日は晴れた絶好のコンディションになった。馬も落ち着いていた。日本も時差の関係で深夜の放送である中でもテレビ越しのファンもリアルタイムでディープの凱旋門賞制覇を見守る。そしてゲートが開いてスタートが切られたが菊花賞以来のロケットスタートだったがこの大舞台なのか武豊騎手は無理に後方に下げず先行した。私は菊花賞の時の不安がよぎるが折り合いも悪くない、直線早くも先頭に出る。私も声が出る「勝てる」と思った瞬間も束の間いつもの脚色の鈍い伸びもない後方から伏兵のレールリンクが迫り必死に抵抗するが敵の脚色がついにディープが初めて後ろから差された。日本中が悲鳴が聞こえる様だ、最後には牝馬のプライドにも差され3位でゴールとなった。ショックで絶句した。悪夢を見てしまった。さらに悲劇が起こる禁止薬物違反で失格になってしまったのだ後の陣営の話ではディープは風邪ひいていたという。私は神様を恨んだ「なんでこんな大事な時に英雄に風邪を引かせるんだ」と嘆いてた。この風邪薬の成分に微量の禁止薬物がレース後発覚した。この悲劇の後にディープインパクトの年内引退が発表された。普通の馬なら海外帰りは過酷なので安全策で有馬記念で無事に引退だろうが陣営は過酷を解った上でジャパンカップを選択し有馬記念で引退としたのだ、「大丈夫なのか」と私は思った。ライバル陣も少頭数ながらも豪華な実績馬が揃った。昨年の有馬記念で初めてディープに土を付けたハーツクライ、菊花賞こそ3着に敗れ2冠馬メイショウサムソン欧州年度代表馬で世界NO1ジョッキーランフランコデットリーを背にしたウィジャボードと強敵揃いでしかも今度はローテーションも厳しく凱旋門賞であんな事件の後で大丈夫なのか、問題山積ながらもファンは復活を信じて単勝1.3倍に支持された。決して万全では無いものの大外から差し切り2馬身程くらいで勝利した。引退レースに向けて万全の仕上げで陣営は中山競馬場に送り出す。当日の有馬記念はディープインパクトの引退レースという事もあり沢山の観客が訪れたもう日本にライバルはいない思うファンの支持もあり単勝1.2倍の一番人気で記念馬券を買った人もきっと多かっただろう。当日は晴れ良馬場の絶好なコンディションそしてレースの時間になりスターターの赤い旗が振られ音楽隊のファンファーレが中山競馬場に大きく響く観客の大歓声が沸くがスイープトウショウがゲートを嫌がり少し暴れ出す。中々ゲートを入らない事で盛んに騎手やスタッフが促すとやっとインした。観客も違う意味の歓声が上がる。ディープも落ち着いている。さあスタートだやはりスイープトウショウは出遅れた。ディープインパクトは五分に近いスタートを切ったがあえて後方に下げた後方3番手の位置だ、大方の予想通りアドマイヤメインが10馬身以上をリードし大逃げをするが一流ジョッキーは慌てないディープも3コーナー過ぎから動き出し4コーナー途中でGOサインが出ると直ぐに反応し大外から先頭に実況の名フレーズが出る「ここでディープがの翼を広げた、飛んだ間違いなく飛んだ、これが最後の衝撃、これがディープインパクトだ」と連呼する圧勝でラストランの有馬記念を飾った。見事と言う以外言葉が出ないディープインパクト劇場の幕切れとなった。レース後の引退式も真っ暗の中でディープインパクトだけのスポットライトが輝きファンの大歓声で終えたが次は種牡馬としての大仕事が北海道で待っている。ディープは種牡馬でもサンデーサイレンス最高傑作となりその血を残す事となる。サンデーサイレンスが6頭の日本ダービー馬に対してディープインパクトは7頭の日本ダービー馬を排出し父を越えてみせた。ディープ以降も二冠馬のメウショウサムソンや64年ぶりに牝馬のダービー馬ウォッカなどがいた。そして2011年に日本最大の悲劇が襲う東日本大震災だ、阪神淡路大震災以来の悲劇が3.11に起こる。地震だけでなく大津波も岩手、宮城、福島を襲い多くの死者や行方不明者や怪我人や家や施設や会社など被災された。競馬界でも開催中止や中山競馬場も被害を受け代替競馬が相次いだ。しかし数週間後に競馬界に静かな大きな嬉しいニュースが流れた。ドバイワールドカップを日本馬ヴィクトワールピサが初めて制したのだ、しかもトランセンドの日本馬ワンツーだ、暗い日本に微かな光となった出来事となり一般ニュースでも取り上げられた。そして日本競馬にも歴史的な名馬が誕生したのもこの年だった。その馬は2010年の新潟でデビュー戦を勝利したゴール後に騎手を振り落とした「世紀の暴れん坊」オルフェーヴルだ。この馬は変わっていて暴れん坊の割には常にレディファーストで牝馬には弱かった。女性には紳士なのだが競馬では全くダメだ、デビュー戦を勝った後中山の芙蓉ステークスに進むが牝馬のホエールキャプチャに勝利を譲ってしまう。(この馬を踏み台にした牝馬は4頭もいるのだ)その後この惜敗が陣営の計算を大きく崩される事となる。クラシックを目指すこの馬は余計なレースを使わざる得なくなった。京王杯2歳ステークス(現在京成杯)に出走したが10着惨敗となりまたも計算が狂った。この惨敗で年内休養としシンザン記念から始動となったが2着に敗れ賞金こそ上乗せしたがクラシックには遠い、次はきさらぎ賞では3着に敗れ賞金加算さえ出来なくなった。陣営は最後の砦で皐月賞トライヤルのスプリングステークスの出走で背水の陣とする。東日本大震災で中山競馬場が使えなくなり阪神1800mのワンターンと代替えされた。オルフェーヴルは直線早目に先頭に立ち阪神の坂を登ってくると後続が迫るがクビ差しのいで勝利する。このクビ差がこの馬の人生を大きく変える事となる。オルフェーヴルはトライヤルを一番人気に勝ったにも関わらず辛勝の評価で皐月賞では4番人気となり開催も東京競馬場2000mが舞台となったがレースでは2歳の京王杯の惨敗から見違える様に東京競馬場の坂を登ってくると後続に3馬身差を着ける圧勝した。皐月賞を強い勝ち方をして日本ダービーでは一番人気にはなるが単勝3.0倍でファンも半信半疑だったのだろう。しかも当日はどしゃ降りの不良馬場で最悪のコンディションだった。私もこの日は東京競馬場に観戦にいったが目当てはオルフェーヴルではなく世界最高の騎手ランフランコデットリーの来日をライブ観戦の目的だった。この日はどしゃ降りで観客も少なくダービー限定Tシャツを買い、この日初めてケンタッキーダービー恒例のミントジュレップを口にした。バーボン好きな私は何となく嬉しかった。馬券は買わなかったがレースは楽しんだ。レースでは不良馬場にも関わらずオルフェーヴルが直線力強く早目先頭に立ち後続を押し切った。これで2冠となりオルフェーヴルが本当に強い事を確信したのである。夏場は無事に過ごし京都新聞杯からの始動だったが今度は1.7倍の圧倒的な一番人気に支持されて初めて評価されるレースとなったが終わって見れば何も危なげ無い楽勝だった。本番の菊花賞でも京都新聞杯のリプレイを見ている様な楽勝で私が過去見た中で一番緊張がなく呆気ない三冠馬の誕生だった。しかし暮れの古馬初対決の有馬記念は違った。この日は名牝のブエナビスタの引退レースに引退式も予定されており何かと盛り上がった一日となった。レースはスタートが出遅れ超の着くスローペースを後方3番手と苦しい競馬となり対照的にブエナビスタは好位置に着けた直線でブエナビスタが馬群に沈みルメール騎乗のエイシンフラッシュが一旦先頭に出るとオルフェーヴルが大外から鋭い脚で差し切った。これで文句無しでの年度代表馬となった。寒い冬を越し阪神大賞典からの始動にオルフェーヴルは秋に海外遠征で凱旋門賞を目指す事が決まっていて誰もが楽勝かと思った時に事件が起こった。1周目では問題なかったが2週目の3コーナーで最後方まで下がってしまう「故障か」と誰もが凍りついたが今度は再加速で追い込んで来た。なんてレースだ、あの位置から2着まで来るなんて皆「化物」かと思っただろう。故障ではなくコースを曲がり切れず逸走しまったのだ課題は大きく残ったがオルフェーヴルが怪物と印象させた。天皇賞春も磐石かと思われ単勝1.3倍で挑むのだが後方で何も出来ず11着と惨敗してしまう。宝塚記念こそ汚名返上で勝利すると予定通りフランス遠征し現地のフォア賞を圧勝するのだが残念な事にデビューからずっと鞍上だった池添騎手が降ろされフランスのスミヨン騎手に乗り替わっていた。凱旋門賞もスミヨン騎手で向かう事となりフォア賞の勝利で現地でも人気だったらしい。レースでは中団からやや後方だったか直線でスパートしラスト200mくらいでついに先頭に出る「日本の悲願」かと皆思ったのも束の間また悪い癖が出てラスト50mでフランスの牝馬ソレミアに差し替えされてしまい涙を飲んだ。帰国後はジャパンカップ出走となり凱旋門賞馬のソレミアとのリベンジとなったしかし敵はソレミアだけではなかった。ディープインパクト産駒初の牝馬三冠馬の一つ下のジェンティルドンナに直線一騎討ちになり内からぶつけられまたも悪い癖が出て先着され又も優勝を逃してしまう。(競馬の世界ではレディファーストはいらない)年度代表馬はジェンティルドンナとなりオルフェーヴルには消化不良の年となった。翌年も凱旋門賞を目標と発表された。始動は大阪杯(GII現在ではGIに格上)を勝利し国内GIを使う予定だったがオルフェーヴルにアクシデントが襲う肺出血してしまい国内レースは回避された。5ヵ月休む事になりフランスのフォア賞が復帰戦になったがオルフェーヴルは並みの馬ではなかったフォア賞を3馬身差の圧勝した。しかし本番の凱旋門賞では2つ下の無敗の最強3歳牝馬のトレヴの前に5馬身差で惨敗してしまう。この年の引退が決まっており有馬記念が引退レースに選ばれた。凱旋門2着ながら(同レースキズナが4着)ファンの間には有馬記念優勝に不安視も囁かれた。しかしファンはオルフェーヴルを信じていた。単勝1.6倍が示す通り高い支持を集めた。レースでは後方3~4番手を進んでいたが3コーナー過ぎから動き4コーナーでは射程に直線を向くと鞍上は池添騎手に戻り馬なりのまま独走に後続は離れる一方でゴールドシップも何もできないまま4度目2着のウインバリアシオンが引退に花を添えた。終わって見れば8馬身差の圧勝に終わった。オルフェーヴルは後に引退式が行われ沢山のファンにサヨナラを告げた。種牡馬なっても良い子孫を残し最初の評価は良くはなかったがGI4勝の牝馬ラッキーライラックや日本で初めてブリーダーズカップディスタフを制したマルシュロレーヌなど他名馬を残し成功した。2011年と言えばディープインパクト産駒初のGI馬マルセリーナが桜花賞を制した。翌年には産駒初の日本ダービー馬のディープブリランテや牝馬三冠ジェンティルドンナなどディープインパクトが父サンデーサイレンスに負けないくらいのクラシックホースや7頭のダービー馬を輩出しダービー馬はダービー馬からの格言を実証した。しかし勢いは長く続かなかった。2019年の7月30日にディープインパクトは急逝した。ディープの前のダービー馬で名種牡馬のキングカメハメハもこの年に亡くなっていた。ネットニュースでディープインパクトの死を知った時は悲しかった。もっとディープの仔が走る姿を見たかった。しかしディープは最高の産駒を残した。サンデーサイレンスの最高の忘れ形見がディープインパクトだった様にディープインパクトも忘れ形見を残す事となる。その馬は他の馬の成長期に調教してる時に故障して走る事も出来なかったのでかなりの時間がかかり回復し奇跡的に同期の馬にも負けないくらいの調教しディープが亡くなった年の9月に無事デビューする、コントレイルだ、ディープ産駒を推し馬にして来た私にとっても一番の推し馬でPOGでも一番馬にした。阪神1800mで外枠ながら1.7倍の一番人気にリアルタイムでテレビ越しで応援した。スタートは一番良く好位置に下げ先行し直線で福永騎手が軽く気合いをつけると直ぐに反応し2馬身半差で楽々1着でゴールする。陣営は萩ステークスを予定にしていたが調整が上手く行かず1戦1勝のまま重賞の東京スポーツ杯2歳ステークスに出走となる。2戦2勝の馬が居ながらも2.5倍の一番人気に支持された。鞍上は福永騎手ではなく世界最高騎手ライアンムーアに乗り替った。しかしレースの時間になってもスターターが来ない「何かあったのか」と不安になる。後に解るのだがコントレイルがライアンムーアを振り落としムーアの腕を痛めたとの事だった。やっとスターターがゲート車に上りファンファーレが鳴り各馬ゲートに入るコントレイルも落ち着いている。そしてゲートが開いてスタートを切る各馬出遅れはなかったがコントレイルは8頭立ての6番手を進むマイネルデスティオがハナを切り早いペースでリードする前半800mが47.1で1000が58.8の2歳にしてとんでもないハイペースだ4コーナーを回り直線でムーアがスパートし一瞬の瞬発力で後続を突き放すと上がり33.1の脅威的な脚でリードを広げ5馬身差で圧勝した。現地のゴール前で観戦していた私は「とんでもないものを目撃してしまった」嬉しさより衝撃に鳥肌が立った。しかしもっと驚いたのは1分44秒5の脅威的なレコードタイムだった。イスラボニータのレコードを1秒以上更新した。1分46秒代で重賞級で1分46秒切ればG1級とも言われているがコントレイルのタイムは1分44秒5と脅威的にクリアしてる。どれだけ凄いと人間で表現すると小学生三年位がオリンピックの基準タイムをクリアしたようなものだ。このレコードタイムは長らく敗れないだろう。後にライアンムーアがこんな素晴らしい馬に乗せてくれて感謝と語っている。矢作調教師もコントレイルのパフォーマンスに驚いたと思う。私は帰りにディープインパクト以来の社会現象を起こす怪物の誕生かとディープみたいに一般のニュースにもと期待してネットニュースを見たら驚いた。大女優のSが覚醒容疑で逮捕されたのだ、各局のニュースもこの事件で持ち切りでコントレイルの歴史的偉業がぶっ飛んだ、なんて事だ酷いのも程がある。私は絶望感でいっぱいになった。不思議と競馬ニュースでも意外にも静かだった。コントレイルの次走は2歳GIのホープフルステークスと発表された。そして暮れになりもう1つの2歳GI朝日杯をサリオスがライアンムーア騎乗て無敗のまま制したがライアンは堀調教師に一言語ったらしい「コントレイルはとても強いからサリオスには別の路線を選択した方がいい」と両馬を騎乗したライアンの言葉には説得がある。そしてコントレイルは春のクラシックの皐月賞と同じ中山競馬場2000mの舞台に立った。GIのスタートが切られた。ペースは同厩舎のパンサラッサ(後にドバイターフ、サウジカップの海外GI制覇)が逃げコントレイルは道中4番手をキープし3コーナーから4コーナーで一頭一頭かわし直線ではパンサラッサを子供扱いにかわし少しソラ(気を緩めて遊んでしまう行為)を使いステッキが入るが馬なりのまま完勝した。見事1番人気に応えた。これで2歳の無敗のGIとなり最優秀2歳牡馬の行方が悩まれたが大差でコントレイルが輝いた。両馬とも前哨戦を使わず皐月賞直行と発表された。両馬とも無事に冬を休養した。その間に弥生賞ディープインパクト記念を完勝したディープ産駒のサトノフラッグのライバルが出て来た。皐月賞では3強と騒がれたがコントレイルが2.7倍で1番人気になりサトノサリオスが続いた。この年は歴史的悲劇「新型コロナウイルス」の世界的なパンデミックとなり競馬界ではスケジュールの変更こそ無かったが無観客競馬開催となった当日は晴れたが前日の大雨で稍重の馬場となった(後に武豊騎手は競馬番組で不良馬場だと言っていた。)1枠1番から良いスタートを決めたが押してもなかなか進んでいかない外に出し後方三番手を進むが過去にこんな後方からのレースは初めてである。不安がよぎるが3コーナー過ぎでは物凄い脚で捲りサトノフラッグを置き去りにしたが内の良いコースをサリオスがスパートすると大外から捲ってきたコントレイルが差し切って一冠を制した。続く日本ダービーでは1.4倍の圧倒的な支持を得るが良いスタートを切り1コーナー3番手わキープし向こう正面ではマイラプソティがスローペースを嫌い先頭に立ちいざ直線へコントレイルの手綱は抑えたままたが先頭を捉える。まるでライバルはサリオス一頭に絞った騎乗だサリオスがスパートと同時にコントレイルもスパートし結果3馬身差で圧勝し史上2頭目の父子二代の無敗のダービー馬が誕生した。そしてコントレイルは秋の菊花賞を目標となり夏場は休養し神戸新聞杯を始動をもったままのノースステッキで楽勝する。しかしあまりに過保護なレースが菊花賞で苦しむ事となる。菊花賞ではなんと1.1倍の圧倒的な一番人気に支持される。しかし当日のコントレイルはパドックでボロをしたりして見た目程万全ではなかった。空は晴れ渡り馬場も良馬場の絶好なコンディションでまるでコントレイルの三冠記念日和みたいだが現実は甘くはなかった。スターターの赤い旗が風に靡き音楽隊の生ファンファーレが京都競馬場内に大きく響き運命のゲートが開きスタートが切られた。
コントレイルも良いスタートで絶好なポジションをキープし先行するがいつもと何か違う、折り合いを欠いている。外でルメール騎手の徹底的なマークでコントレイルはイライラしている
ずっとマークされたまま直線でスパートしルメールのアリストテレスを少し離すし実況者は「コントレイル持ったままで先頭にここから突き放すか」と叫ぶがコントレイルはいつものキレがなく伸びないアリストテレスが食い下がり実況は「コントレイル苦しいか」と悲鳴を上げるがコントレイルがクビ差凌いでゴールした。
抽選で選らばれた少数の拍手が響く(当時はコロナ禍で歓声は禁止されていた。)史上初の父子二代の無敗の三冠馬の誕生となった。解説も涙で「なんでこんなに頑張れるんだ」と語っていた
後の矢作調教師はもうこの距離は絶対に使わないと宣言した。後日の対談でコントレイルに3000m辛かっただろうなと労った。そして菊花賞で疲れきったコントレイルを有馬記念まで休ませる事なく、明らかに不調な状態(現に調教で他馬に遅れをとっていた)だが過酷のローテーションのジャパンカップを選択する。明らかな「人間のエゴ」だろう。理由は昨年の牝馬三冠とジャパンカップ制覇のアーモンドアイの出走と今年の無敗の牝馬三冠のデアリングタクトが出走を決めていてファンの為と言っていたが明らかな間違った選択だった。結果大逃げの馬をマークし素晴らしいルメール騎手の騎乗でアーモンドアイが制した。初の黒星だったが決して力負けではなく上がり最速で追い込んで来たがとどかなかっただけで位置取りと一番人気のマークをしなかった騎手の腕の違いが出たレースだった。
この敗戦がコントレイルの人生が大きく変えてしまう事となる。アーモンドアイとの直接対決に負けた事で三冠馬初年度代表馬を逃すというありがたくない汚点を残す事となる。この結果に矢作調教師はクラシック三冠を制したのにしかも無敗でだ「年度代表馬になれないなんてこれから私達は何を目指したらいいんだ」と嘆いていた。しかし地獄はこれからだった。年明けの大阪杯は大雨で馬場が悪く3着惨敗して体調を崩し宝塚記念を回避し長期休み明けの天皇賞は一つ下の皐月賞馬のエフフォーリアに2着に敗れ三連敗をしてしまう。この敗戦で世間から「最弱の三冠馬」と揶揄されてしまう事なる。コントレイル陣営はジャパンカップを引退レースに選らんだ。究極の仕上げで挑んだ天皇賞秋で完敗した事で自信を失いかけていた陣営は悩んでいたがいざ追い切りをしてみて驚いたという。
矢作調教師がマスコミに語った「まだ上があるんだ」と引退レースに向かう。当日は晴れ渡り
良馬場の最高のコンディションで豪華なメンバーが集まった。海外GIを制した外国招待馬3頭に4世代のダービー馬マカヒキ、ワグネリアン
この年にエフフォーリアを抑えて日本ダービーを制したシャフリヤールと話題になった。スターターの旗が振られ音楽隊の最後のファンファーレが東京競馬場に響き渡る観客の大歓声に迎えられゲートが開いてスタートが切られた。何と大逃げをすると思われたキセキが出遅れる。不穏な空気の中アリストテレスがハナにスローペースで進むコントレイルはまた後方待機となり私も息を飲む。このスローペースを嫌いついにキセキが動き先頭へさらにリードを広げ先頭で直線にいつの間にかにコントレイルの同期のオーソリティー鞍上ルメールがキセキを抜き先頭にそして外からコントレイルが来た。すぐ後ろにはこの年のダービー馬シャフリヤールが迫るがコントレイルの脚が優った最後は2馬身差で引退レースを飾った。同期のオーソリティーが2着となり花を添えた。そして引退式を終えたコントレイルは種牡馬としての人生に旅立った
社台スタリオンステーションというエリート軍団の仲間入りとなった。そして数年が経ちコントレイル産駒の二歳馬がデビューするがなかなか勝てず苦戦する。私の推しのコントレイル産駒の松永厩舎のバドリナートが新潟でデビューとなるが一番人気は因縁のアーモンドアイの次男バドリナートが二番人気となった。これも運命のイタズラか、レースはインで揉まれバドリナートに対してアーモンドアイの仔のプロメサアルムンドにゴール前で差し切られ2着に終わる。また悪夢の2020のジャパンカップを思い出し
トラウマになってしまった。その後プロメサアルムンドは骨折し長期の休養になってしまうがバドリナートは未勝利戦を勝ち上がり萩ステークスに勝ち産駒初のオープン馬となった。そして2歳GIのホープフルステークスに出走したが5着に終わる。バドリナートは爪のケガで長期休養となり復帰するも惨敗した。なかなかコントレイル産駒は厳しい成績が続き、ついには皐月賞ではコントレイル産駒が一頭も出走さえ出来ない事態となった。皐月賞が過ぎダービートライアルでコントレイル産駒武豊騎手騎乗のゴーイントゥスカイが勝ち産駒初の重賞制覇とダービーの出走権を得た。私のもう一頭の推し馬のコンジェスタスが京都新聞杯を制しダービーの出走を確実視された。しかし日本ダービーでは皐月賞に続きロブチェンが二冠を制しゴーインは4着でコンジェスタスは9着に終わった。私も来年もコントレイル産駒を応援し続ける。史上初ね父子三代のダービー馬にそして無敗の三冠馬にそして悲願の凱旋門賞制覇と私の夢が広がる。
ある人は言った。ダービー馬を造り上げるのは簡単だ、ダービー馬の父親にオークス馬を交配させればいいのだと、実際に例にある。英国ダービー、キングジョージ、凱旋門賞を制した名馬ミルリーフに母親はアルテスロワイヤルは英国1000ギニーと英国オークスを制した名牝に交配して産まれたのがアイルランド産のマグニチュードだった。かなり期待されたが、この馬は未勝利に終わる。血統とはこんな単純ではないのだ。日本でも良血の高額馬が3~6億で取引されるが、高額たから超良血だから走る訳ではないのだ。歴史的名馬のディープインパクトでも
小柄と言う事で7000万と振り返れば格安の買物だディープインパクトは競走成績14戦12勝の成績で現役獲得賞金14億円以上だが競馬はロマンや感動ばかりが光るが生産者はドライでビジネスでGIの勝利など勲章に過ぎないのだ。種付け料で儲けこの血統の仔のセリで高額な利益を得るのだ。現在でもサラブレッドの地の日高の家族や中小牧場は苦戦しており大手ノーザンファームや社台ファームが圧倒的に強く牧場も弱肉強食なのが現実だ。現在ではノーザンか非ノーザンに分けられる程だ、夏の最大のセリのセレクトセールではノーザンファーム産の馬は高額で取引されるが、他のセリでは桁が違うのだ。
サラブレッドは人間が造り上げた最高傑作なのだ。
色々な血統の専門家でも確実ではないのがこの世界の難しさや面白さでもあるのだ。血統は基本的には正解も多いが例外も多い、父親が雨や馬場の悪さも苦にしなかった産駒が雨や悪い馬場が駄目だったりする。母親の血統に短距離の馬が入っていて専門家は「距離が絶対に持たない」と言っていた馬が長距離の菊花賞や天皇賞春を制した馬がいたりするのが競馬の七不思議だ。サラブレッドの血は時には奇跡を起こすこともある。先程のマグニチュードにも奇跡が起きた。本馬は未勝利だが血統が良いという理由で種牡馬になったが桜花賞馬エルプスや短距離のGIの高松宮記念でマサラッキを出し一番の最高傑作はミホノブルボンと言う歴史的な名馬を産み出した。無敗の2冠馬だ(菊花賞でライスシャワーにやぶれ無敗の3冠こそ逃すが)これこそ血のいたずらなのか歴史的な名馬及び種牡馬のミルリーフの仔が未勝利で孫が日本ダービーを勝利すると言うまさに血のロマンいやドラマだ。本文でも述べたが今のサラブレッドにサンデーサイレンスやブライアンズタイムの血が入っていない馬を探す方が難しいと言われるくらいなのだ。血統と言うのは貴重で無敗の3冠馬シンボリルドルフから無敗の2冠馬(ケガで菊花賞は出走出来ずだが無事なら3冠確実だっただろう。)が出たりサンデーサイレンス産駒でも今でも幻の3冠馬と言われたフジキセキやアグネスタキオンがいたが怪我で引退を余儀なくされた。サンデーの最高傑作のディープインパクトがシンボリルドルフ以来の無敗3冠馬を出し奇跡はここで終わらない、このディープインパクト最高傑作のコントレイルが3頭目の無敗で菊花賞を制した史上初父子3冠馬となった
コントレイル産駒がダービーを制したら父子4代の栄光となり無敗で3冠を制したら正に歴史的な奇跡となるだろう。しかし大きな壁もありコントレイルは非ノーザンなので初年度は肌馬に恵まれず、期待程でもなかったが「いつか必ず」父子4代のダービー馬いや父子三代の無敗の3冠馬を出して欲しいと夢や希望が膨らむが現実的には甘いものではない
コントレイルは非ノーザンなので厳しいとの声も多い。この馬には最大の悲劇があった。菊花賞を格下の伏兵馬に辛勝した後に普通なら有馬記念まで休ませるのが常識で常に陣営はサラブレッドファーストでなけはならないがこの時は違った。史上初父子無敗の三冠馬に輝いたが人間のエゴでローテーション的に過酷なジャパンカップを選択する。この間違った選択がこの馬の人生を大きく変えて無敗の三冠馬でありながら歴史的名馬と言う称号を失い菊花賞後三連敗して「最弱の三冠馬」と揶揄されてしまう。陣営は3頭の三冠馬(アーモンドアイ、デアリングタクト)の対決が見たいだろうと言う理由だけで菊花賞後に疲れが取れずボロボロになった(現に調教で併せ馬では殆ど遅れる事がないコントレイルが遅れていて明らかに調子が悪く感じたが出走させた。)しかしこんな状態でもコントレイルは頑張ってアーモンドアイの2着に上がり最速で迫った。レースはキセキの大逃げにグローリーヴェイズがサポートする展開にコントレイルは一番人気のアーモンドアイをマークもせずに後方待機していたので上がり最速を出しながら届かずじまいのファンには大きく不満が残る感じとなった。馬が弱くて負けたのでは決してなく最高の騎乗をしたクリストフルメールとの騎手の違いだったと今でも私は思っています。悲劇は続きます。史上最悪三冠馬が年度代表馬を逃す事となるのだ。確かにGI9勝でこの年GI3勝も同じだしかしアーモンドのGIの1つは牝馬限定だ。安田記念もグランアレグリアに惨敗してる。コントレイルはグランアレグリアに2度も先着してる。競馬の価値は、天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念でもない、3歳クラッシック特に日本ダービーではないのか。無敗の三冠馬を直接対決に負けたからといってこんな仕打ちがあるんだろうか。しかもジャパンカップが惨敗ならともかく負けて強しのないようだ。先程にも言ったが決して力負けではなく騎手の技術の差だ。矢作調教師もこの件に疑問を呈し何を目指したらいいんだと語っていた。三冠馬が年度代表馬になれない、しかも無敗で制しているのに、今でも私はコントレイルが年度代表馬にしなかった記者やJRAに疑問を持っている。この年は2頭したっていいだろうが、他にも日本(JRA)で一回も走っていない馬を年度代表馬にしたりGIを1勝しかしていないのに年度代表馬になれたり前々からこの選出には意味が分からない事が多々ある。こんなんだったらいっその事無くした方がいい厳正に皆が納得する賞になって欲しいものだ。コントレイルの悲劇はまだ続いた。長期休養の始動はぶっつけのGIの大阪杯だったが馬体重がプラス16kgと重めで土砂降りの雨に重馬場という最悪なコンディション後に矢作調教師もスクラッチド(出走取消)にすれば良かったととも言っていた。これだけの馬の名誉を守るのも陣営の仕事だ。このレースを走らしたせいでコントレイルは体調を崩し予定の宝塚記念を回避する事となってしまう。さらに秋に立て直しを図り究極の仕上げで天皇賞秋を使うが3歳馬のエフフォーリアに敗れてしまい、史上3頭目の無敗の三冠馬が霞んでしまい、ついには史上最弱の三冠馬と揶揄された。コントレイルはジャパンカップを最後に引退となるが陣営に不穏な空気が漂う。究極の仕上げで挑んだが果たして引退レースを飾る事出来るのか。しかしコントレイルは違った抜群の調教をみせた。矢作調教師も「まだ一段上があるんだ」と驚いたと言う。ジャパンカップには外国馬3頭に史上初の歴代4世代の日本ダービー馬が揃う豪華なメンバーとなったがコントレイルは1.6倍の一番人気に支持された。そして最後のゲートが開いた。コントレイルも良いスタートを切ったが後方へと下げる。私は「またか」と少し呆れた。昨年大逃げを演出したキセキが最後方になり観客が驚く、ペースはかなりスローペースで進むがバックストレッチを過ぎた頃に堪らなくならりキセキが動き先頭にこれと同時にペースが上り5馬身近くのリードで直線へ先にルメールのオーソリティーがキセキを捕え先頭にコントレイルは出し抜けをくらいまだ中団だその後ろからエフフォーリアを敗った二番人気で今年のダービー馬のシャフリヤールが迫るが抜かせない最後は同期のオーソリティーが2馬身離しゴールし引退に花を添えた。




