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第2話【宝箱の中身】~はぐれミミックはクセが強め~

 ダンジョンの谷底に落下したボクに、落ちていた宝箱チェストが喋り出した。


 混乱から我に返ったボクは、剣を抜き、その剣先を向ける。


「な、なんだ……お前!」


「は? 何言うてんねん。ミミック言うてるやろ」


「え? あぁ、えっと……喋れるの?」


「そら、口あるからな~」


 そう言うと、宝箱の両脇からにょきっと腕が飛び出し、片方の指で、目のすぐ下あたりを指さした。だが箱の中は、暗くてよく見えない。


(……口? どれが?)


 そう思った瞬間、


「べー」


 と、突然、大きな舌が突き出された。


「うわっ!」


 怯え声をあげるボクを見て、からかうような声でミミックが言った。


「ビビりすぎやろ、自分」


 ふざけた言葉をぶつけてくるミミックに気圧けおされるボク。それでも気を取り直して話しかける。


「人の言葉、話せるんだね……」


「そらまあ、数百年も生きとりゃ、嫌でも覚えるわ」


「……数百年?」


「そうや」


「ここで?」


「あほか! 若い頃はあちこち歩き回っとったわ。ぎょうさん国も見てきたし」


 どこか誇らしげな口ぶりのミミック。


「……それで、なんでここに?」


 やや間があって、


「100年ほど前や、あんさんと同じ穴に落ちて……両足もげてもうて、このざまや」


 お手上げとばかりに両腕を広げてそう言うが、あまり声に悲壮感は感じられなかった。


「えっと……それで、ボクを襲ったりは?」


「人間? んなもん、喰ってもうまないやろ」


 まるで食べたことがあるような口ぶりで否定した。


「まあ、久しぶりの話し相手や。ゆっくりしいや」


 客をもてなすような言いよう。だが、そう言われても……


「悪いけど、こんな暗い所、長居したくないよ」


「暗いか……なるほどな」


 するとミミックは、箱の中に腕を突っ込み、ごそごそとあさり、


「ほな、これでも使い」


 そう言って、松明と火打石を放ってよこした。受け取った火打石を使い、火を灯す。やがて、橙色の明かりが、周囲を照らした。明るくなっただけで、だいぶ心が落ち着いた。


「ボクの名前はトモヤ。君は?」


「……」


「ん?」


「ミミックやぞ。名前なんぞ、あるかい」


「ご、ごめん」


「ええよ別に」


 そう言って黙り込む。


「あの~、これ借りてもいいかな?」


「ん? 松明か?」


「うん……ちょっと、奥を見てこようかと」


「勝手にせい。んなもん、好きに持ってけ」


 片手をひらひら振りながら投げやりに答える。


「ありがとう」


 礼を言って立ち上がった、その時。


《……ケッ、また一人か》


 どこからか、そんな声が聞こえた気がした。


「……え?」


「は?」


 ミミックと目が合う。


「いや、今なんか言った?」


「おいおい、大丈夫か。耳おかしゅうなったんちゃう?」


(あれ? 気のせいだったか……)


 改めて剣を腰に差し、松明を手にしたボクは洞窟の奥へ進んだ。でこぼこ道を五百メートルほど進む。だがそこで、行き止まりだった。


「……ダメか」


 念のため、松明を高く掲げてよく見ると、岩壁の上三メートルほどの場所に、人が入れそうなくぼみが見えた。ジャンプしても届かず、壁は切り立っていて、登れそうにもない。諦めて、ミミックのいる元の場所へ戻った。


「どやった?」


 ミミックが、さぐるような眼で聞いてくる。


「ダメ……行き止まりだった」


「ほ~か。そいつは残念やな」


 その声色が少し嬉しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。


「はーっ」


 脱力したボク、力なくミミックの近くに腰を下ろす。


 ぐぅ……


 腹が鳴った。だがバッグは落としてしまい、食料はない。みじめな気分になり、うなだれる。


「腹、減っとるんか?」


 そう言ってまた中をゴソゴソあさったミミックが、パンを投げてよこした。受け取ると、固くはなっていたが、本物のパンだった。


「いいの?」


「かまへんよ」


 むさぼるようにかぶりつくと、小麦の香ばしい香りが口に広がる。


「うまいか?」


 うんうんと頷くボク。


「まっ、百年前のもんやけどな」


──?


「うげっ!」


 あわてて吐き出そうとしたパンが、喉に詰まる。


「うぅ……」


 顔を真っ赤にして首をかきむしるようにもだえるボク。


「おいおい、しっかりしいや」


 見かねたミミックが、革袋のような水筒をほおり、受け取ったそれを慌てて飲み干す。


「はー……」


 ほっと一息、って……あれ?


「ひょっとして、この水も……」


「ああ。百年ものや」


「そんな、年代ヴィンテージものみたいに言われても!」


 あわてて水筒を口元から遠ざける。だが……改めて鼻を近づけ匂いを嗅ぐ……そして恐る恐る、もう一口。


(腐ってない!)


 中身は、汲みたて水のように、冷たくて澄んでいた。


「……ひょっとして、箱の中では腐らないの?」


「さあどうやろ。知らんけど」


 興味なさげにとぼけた返事を返すミミック。


 その時、ふと気がつく。改めて辺りを見ても、水源らしきものは、どこにもないことに。


「……どないした?」


「いや……」


(ボクが気絶してたときの水滴、あれも……)


 黙り込むボクにミミックが続ける。


「なんや」


「えっと……その中、他にはどんなものがあるの?」


「ん? 見たいんか?」


 そう言って、ミミックは両手を突っ込むと、取り出したものを並べ始めた……


 錆びた鉄の鎧。

 ガタガタの盾。

 刃こぼれしたナイフ。

 千切れかけたロープ。

 ドロッとした液体の入った瓶。


「すとーっぷ! もういい!」


「ええんか?」


「十分!」


 レアなお宝とかを期待してたボクは、裏切られたような思いに……しかも全体的にボロいし。


「この瓶は?」


「海獣ドネルの油やな、よう燃えるで~」


(何だそれ? 本当にガラクタばっかり……でも)


 ロープとナイフを手に取る。


「これは、使えるかもしれない……」


 そうつぶやいたボクにミミックが言った。


「欲しいんか?」


「……うん」


「かまへんで、好きにしいや」


 突き放すようにそう言うミミック。ボクは礼を言って立ち上がった。


《……ふん。そうやって、人はすぐに置いていくんや》


 また、あの声が聞こえた。これって……


(気のせいじゃない!)


そう確信したボクは、改めて年季の入った宝箱に目をやる。


(このミミックは……百年以上、ここに一人。いや、一匹?)


 その時、ボクの脳裏に浮かんだのは──学校の休み時間、騒ぐクラスメートを背にして、一人窓から校庭を眺めていた自分。そしてこの世界に来てから、王城を追い出され、一人当てもなくさまよい歩いた日々……


 恐る恐る口を開くとボクは聞いた。


「君……ここ、出たいの?」


「は? べ、別に! なんも……何や藪から棒に!」


 ミミックは、動揺したかのように蓋をガタガタさせる。


「……ごめん。君がもう少し小さければ、連れていけたかもしれないのに」


「……」


 黙り込むミミック。沈黙が続く。やがて、


「……どのくらいや、小僧」


「え?」


「いや~一応? 念のため? どのくらいの大きさかと聞いとるだけや」


「ねー、ボクの名前はトモヤなんだけど」


「お、おう。で、どのくらいや、トモヤ」


「えーと、そうだな……」


 ボクは腰に刺した剣を抜くと、砂地に描いていく。


「このくらいのサイズで……できれば箱っていうよりショルダーバッグみたいだと……」


 そう言いながら、地面の絵に肩紐ショルダー部分を描き足していく。ミミックは、まるでカタツムリの触角のように、箱の中から目だけを伸ばし、サイズを確認している。


「……ふぅー。しゃあないな」


「え?」


「確認や。本気で連れてく気は、あるんか?」


 ぎろり、と睨まれる。


(……何か、すごい乗り気だ)


「気休めなら、これ以上何も言わんといてな」


「そんなことないよ。ただ、本当にここから出られるかどうかは──」


 だが、ボクが言い終えるより先に、


「この宝箱っちゅう姿はなあ、人や魔物をだますための擬態や」


「擬態?」


「そや、ミミック舐めんなよ」


「は、はあ」


「見とけ……どやっ!」


──ボン!


 漫画チックな破裂音と共に煙が立ち上る。


(“どや”って、口で言う人初めて見たな……)


 すぐに煙が晴れていき、そこに姿を現したのは……ボクがさっきまで使っていたのと同じような、革のショルダーバッグだった。


「……まじか」


 思わず声が漏れ、やがて興奮に変わる。


「すごいよ……! どっからどう見ても、ショルダーバッグだよ、これ!」


 驚きたかぶったボクの声を耳にして


「どやぁ~!」


 洞窟内に、ミミックの誇らしげな声が響いた。


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