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第1話【追放でどん底】~外れスキルと裏切りのダンジョン~

「はあっ、はあっ……!」


 荒い呼吸が続き、肺が悲鳴を上げる。


 薄暗いダンジョンの中、手にした松明たいまつの光だけを頼りに、でこぼこした道を必死で駆け抜けていく。


 足場はぬかるみ、気を抜けば、簡単に滑って転びそう。だが立ち止まる余裕はない。


「早く行け!」


 しんがりのカークスの緊迫した声が、洞窟に反響する。その声に重なるように、背後から不気味なうめき声が迫ってきた。


 ゴブリンだ……それも大量の。奴らが剣や棍棒を手にして追いかけてくる。


(来るんじゃなかった!)


 ダンジョンがこんなに危険で、ゴブリンが、あんなに強くしつこいやつなんて、知らなかった。

 だがそんな考えも、耳元をかすめるゴブリンからの投石で、吹き飛ぶ。


(後悔や反省はあとだ。今はとにかく走れ!)


 時折振り返りカークスが剣で、さらにアイリスが雷撃魔法で退けるも、すぐ盛り返してくる敵影。


 やがて、道は急に狭くなり、隣を走るビザルと肩がぶつかる。


「ご、ごめん──」


「ちっ!」


 苛立った舌打ちとともに、背中を強く押され前につんのめった、その先に……


──!


 クレバス。暗闇がぽっかりと、口を開けていた。


 松明を手放し、岩肌へ手を伸ばすも虚空こくうを掴み、真っ逆さまに落ちていった。


「うわぁぁぁぁ――!」


 叫び声とともに、闇へ吸い込まれていく。


「トモヤー!」


 遠くで、ボクの名を呼ぶアイリスの声が聞こえた気がした。そのまま暗闇の中を止まることなくただ落ちていく。やがて、背中に走る強い衝撃。


「ぐっ……!」


 息が詰まる。何も見えず、体は動かず、朦朧もうろうとする頭……


「なんでこんな目に……」


 暗闇の中でうつろに視線を泳がせる。


(それもこれも、あの日あんなことが起こったせい……)



 あの日──


 一人ポツンと残された高校の教室で、謎の光の中に引きずり込まれたボク。気が付けば異世界の城の大広間の床に座り込んでいた。周囲には、同じように呆然と座り込む、十人ほどの男女。


 おかしな夢でも見ている気分。だが、周囲を取り囲むように立つ者たちの冷ややかな眼差し、制服に身を包み帯刀した彼らが発する緊張感、この状況が夢ではないと伝えていた。


 その一団から、黒いスーツに身を包んだ恰幅のいい男が歩み出る。髭を蓄えた口元に、うっすらと貼り付けたような笑顔を浮かべる。


「勇者の皆さま、ようこそ。わたくし、プルタニア王国の宰相さいしょうを務める、ベンデと申します」


 困惑するボクたちを前に、その男──ベンデが、語ったのは……


 この世界に迫る大厄災『開かずの終末パンドラ・エンド』、王家の秘術を使って異界から「勇者」としてボクたちを召喚……


 よどみなく続く彼の話。だが口からこぼれるその言葉は、あまりにも現実感がなく、理解が追いつかない……隣に座り込んだ者が一人、動揺し声を荒げるが、


「ご不満、ご質問はごもっとも。詳細は後ほど、個別に」


 その一言で丸め込まれると、そのまま、大きな水晶の前へと促された。


「まずは、スキルの確認を」


 その言葉に最初の一人が、手を当てる。


「──剣士スキル、《ソードマスタリー》」


 歓声。文官だろうか、後方にいた者たちから声が上がる。次々と続く鑑定、その後の歓声。周囲の期待の声と熱気が、広間を満たしていく。


「では次、トモヤ殿」


 言われるままに、おずおずと水晶に手を伸ばす。球面に鈍く光が走り、文字が浮かぶ。


「……テイマースキル、《エコー》」


 一瞬の沈黙。そのあとに広がる小さなため息。昔から空気を読むのは得意だ──それが、何を意味するのかはすぐにわかった。


 文官の一人が冷たく告げる。


「テイマーが、高位な魔物を使役できるまで、年月を要する……」


──故に、勇者には向かない。


 気づけば、ボクは文句を言う間もなく、わずかな金を手渡され王城の外へ出されていた。


 その後さまよう王都の街で、たどり着いた冒険者ギルド。だが、初心者で、レベルの低いテイマー。提示された依頼書は過酷な肉体労働ばかり。ここでもボクは居場所のなさを噛みしめるしかなかった。


 そんな時だった。


「金払うなら、荷物持ちとして、入れてやってもいいぜ」


 声をかけてきた、冒険者のビザル。経験を積むため。それだけを理由に、ボクはパーティに加わったのだった。


──そして、その結果がこれ……クレバスへの落下。


(クラスでもボッチ。この世界でもボッチ……)


「ぐふっ……」


 小さな嗚咽が喉の奥で引っかかる。


(……このまま、死ぬのかな……)


 その思考を最後に、ボクの意識は、深い闇の底へ沈んでいった。



──ぴちゃ。


 冷たい水滴が、頬に落ちた。


(……冷たい)


 その感覚で、ボクはゆっくりと意識を取り戻した。


「……っ」


 上体を起こそうとした瞬間、全身に鋭い痛みが走る。


「いっ……!」


 思わず顔をしかめる。背中も、腰も、脚も……全部が痛い。それでも。


──生きてる。


 その事実だけが、じわじわと実感として湧いてくる。


 頭を上げるも周囲は暗闇。辺りを照らす松明は、もうない。しばらくして、目が少しずつ暗さに慣れてきた。ぼんやりと、周囲の輪郭が浮かび上がる。さっきまで手にしていた剣が、すぐそばに落ちていた。だが、肩に下げていたバッグは──どこにも見当たらなかった。


「……最悪だ」


 そうつぶやくと、深呼吸をし、周囲を見渡す。ここは、クレバスの底。だが、完全な行き止まりではなく、横に、洞窟のような細い道が続いている。一度頭をふり、ゆっくりと身体を起こす。痛みが走ったが、立てないほどではない。


 その時、すぐ後ろに気配を感じ、振り向く。


宝箱チェスト?」


 年季の入った古びた木箱が、ぽつんと一つ。表面の一部が砂に埋もれ、静かに横たわっている。


「こんなところに……」


 もしかしたら、お宝が。いや、今は役に立つものならなんでもいい。藁にもすがる思いで、箱に近づくと、慎重に蓋に、手をかけた。


 ギギギ……


 木がきしむ、鈍い音。だが、中にあったのは、金銀財宝ではなかった。


──ぎょろり。


 闇の中で、大きな二つの目玉が、こちらを見上げていた。


 視線が、合う。


「ひ、ひいいいっ!?」


 悲鳴を上げ、尻もちをつき後ずさる。さらに驚くことに、その宝箱は喋り出した。


「……なんや、うるさいガキやな」


 不機嫌そうなダミ声。


「ここはダンジョンや。ミミックなんぞ、珍しくないやろ」


(……関西弁……え?)


 ボクは、恐怖と混乱で固まったまま、喋る宝箱をただ呆然と見つめていた。

 

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