距離の証明
雨の夜から一ヶ月が過ぎた。
七条龍二は、あのバーの席にじっと座り、グラスの氷がゆっくりと溶けていくのを見つめていた。
三時間。まだ、三剣龍之介は現れない。三剣は時間に正確な男だ。詐欺師でありながら、妙なところで律儀である。
最初は、少し遅れているだけだと思った。だが、三日経っても連絡はなく、ホテルの部屋も空だった。
フロントに問い合わせると、冷たく告げられた。
「昨日、チェックアウトされました」
七条は目を細め、短く頷くと、直ぐに外へ出た。濡れた街のネオンが、雨の残り香を揺らす。
ポケットからスマートフォンを取り出し、何度も電話をかけるも応答はない。
「……龍之介」
低く呟いた声は、苛立ちでもあり、同時に期待の色も含んでいた。相手を支配したいという衝動ではない。守りたい、手元に置きたいという執着と不安。そんな複雑な感情が、七条の呼吸の奥で渦巻く。
翌日。七条は情報を求め、地元の裏社会の者たちに容赦なく詰め寄った。五人の男を地面に転がし、三人の情報屋を締め上げる。
痛みと恐怖が口を開かせる。一人の指は折られ、もう一人は歯を失い、三人目がようやく口を開いた。
「……詐欺師なら見た」
「何処だ?」
「イタリアだ」
その瞬間、七条の目が変わった。怒りでも焦燥でもなく、静かな興奮が心を満たす。
そして小さく笑う。「……そうか」
数時間後、七条は飛行機の中に居た。窓の外には広がる雲海。座席に沈みながら、低く呟いた。
「逃げたな」
怒りはなかった。寧ろ、楽しげな色すら含まれていた。相手の自由意志を尊重しながらも、守りたい、手元に置きたいという執着が、七条の中で膨らんでいく。
「いい。世界中でも探す」
その覚悟には、常軌を逸したほどの熱量が宿っていた。
唯のDomとしての欲望ではない。相手の意思を尊重しつつ、それでも離さないという、異常なまでの信念と愛情の形だった。
飛行機のエンジンが唸る中、七条は窓の外を見つめる。
見えない街、見えない人々。それでも、三剣を見つけるまでは、自分の手を緩めるつもりはない。心のどこかで、少し楽しげに思う。
自由奔放なあの男が、自分の前で見せる反抗や挑発。その全てを追いかける事が、七条にとっての喜びでもあった。
雨はまだ街を濡らしている。濡れた石畳を踏む音すら、七条には確かに響く。
その足音を頼りに、彼は世界中を追い続けるだろう。
三剣の自由を尊重しながらも、決して離さない──。
それが七条の、抑えきれぬ執着の形だった。




