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殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
4/12

選択権

 雨の夜から二週間。

 三剣龍之介は、あることに気付いていた。

 ──見られている。

 最初は気のせいだと思った。詐欺師という職業柄、警戒心は強い。わずかな違和感にも敏感に反応する。だが今回は違った。

 朝、カフェに入る。数分後、店の奥に黒い影が現れる。

 夜、ホテルを出る。何処かから視線を感じる。

 そして仕事を終える頃には、必ず背中に同じ気配が刺さっていた。三剣はコーヒーを一口飲み、静かにため息をついた。

「……そろそろ出てこいよ」

 店の奥の席で、黒いコートの男がゆっくり立ち上がった。七条龍二だ。

「よく気付いたな」

「気付かないと思った?」

 七条は当然のように向かいの席に座る。三剣は軽く眉を上げ、呆れたように言った。

「監視?」

「違う」

 即答だった。

「見ているだけだ」

「それを監視って言うんだよ」

七条は小さく笑った。「お前の行動が知りたいだけだ」

「ストーカーだな」

「執着だ」迷いなく言い切る。

 七条は更に続けた。

「お前が誰と話すか、何処へ行くか、誰に触れるか。全部気になる」

 普通の人間なら恐怖を感じる言葉だ。だが三剣は動揺せず、寧ろ観察するように七条を見据えていた。

「龍二」

 初めて、本名で呼ぶ。その呼び方に、七条の目がわずかに揺れた。

 三剣はコーヒーを口に流し、静かに言った。

「それ……良くない執着だ」

「そうか?」

「うん。重すぎる」

 七条は笑う。「知ってる」

「直す気は?」

「ない」

 三剣は小さく息を吐いた。「困るな」

「何故だ?」

 三剣はテーブルに指を置き、落ち着いた声で言う。

「主導権」

 七条の目が細くなる。

「何だ?」

「君だ」

 三剣は更に言葉を重ねた。

「完全に主導権を握ろうとしてる」

 七条は否定しない。支配する側の男として、それは自然な事だった。

 しかし三剣は笑った。「でも、それは無理だ」

 七条の声が低くなる。

「何故?」

 三剣は迷わず答えた。

「俺がここに居るから」

 静かな沈黙が流れる。

 三剣は真っ直ぐ七条を見据えたが、一瞬だけ、視線を外す。

「……Domでも、本能を抑えられない奴も居るらしい」誰に向けたとも分からない声音だった。

 そして、何事もなかったように戻す。

「Subってさ、従う側だと思われがちだけど違うんだ」

 七条は目を逸らさない。

 三剣は続ける。「信頼する相手に身を預けるだけ」

 七条が、そこで初めて口を挟む。「この街じゃ、そういう扱いが多いけどな」

 三剣は頷いた。「……だろうね」

 そして更に一歩踏み込むように言った。

「つまり、俺が選ぶ」

 七条の瞳が暗く光る。

「俺を選ぶのか」

「条件次第」

「条件?」

 三剣は少し身を乗り出した。距離が近い。

「簡単だ」静かに言う。「俺の自由を奪わない」指を一本立てる。「詮索しすぎない」二本目。

「そして、俺を縛るなら──それ以上に俺を守る」

 沈黙が続く。

 やがて七条は笑った。「……面白い」低く呟く。「俺に条件を出すSubは初めてだ」

 三剣は軽く肩を揺らす。

「普通のSubじゃないから」

 七条はゆっくり立ち上がる。そして三剣の耳元で囁いた。

「でも一つ、勘違いしてる」

 三剣は動かずに、冷静に視線を返す。

 七条が続ける。

「主導権は俺だ」

 三剣は小さく笑った。

「そうかな」

 そして静かに言う。

「龍二、今、君……俺の言う事を全部受け入れてる」

 七条は止まった。完全に図星だった。

 三剣はゆっくり立ち上がる。

「だからさ」

 少し楽しそうに、微かな笑みを浮かべながら言った。

「Domでも、君は俺の前では弱い」

 七条の目が危険に細くなる。

 だがその奥には確かな愉悦が光っていた。

「……本当に」

 低く呟く。

「手放せないな」

 三剣はドアへ向かう。

 振り返らずに言った。

「ここに居る」

 そして続ける。

「ただし、誰にも縛られるつもりはない」

 ドアが静かに閉まる。

 七条はその場に立ち尽くした。

 やがて、低く笑う。

「……いい」

 小さく呟く。

「離れずに居ろ」

 その目は、狂気に近い光を帯びていた。

「そのまま俺を狂わせろ」



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