最悪で最高の契約
雨の夜から三日後。
三剣龍之介はホテルの部屋で札束を数えていた。紙幣の擦れる音だけが、静かな部屋に響く。
「……二千万」
落ち着いた声だった。今回の詐欺は見事に決まった。相手は裏社会の投資ブローカー。警察にも言えない金だ。完璧──の筈だった。
「で?」
背後から声がした。三剣は振り返らず、窓ガラスに映る男の姿だけを確認する。
「ノックぐらいしろよ」
「鍵は開いてた」
「嘘つけ」
ベッドに腰掛ける男。七条龍二だった。
「……ストーカーか?」
三剣は札束をリュックにしまいながら言う。七条は答えず、唯鋭い視線を送る。獲物を狙うような目だった。
やがて七条が口を開く。「三日」
「何が?」
「お前を三日追った」
三剣は呆れたように笑った。
「暇人だな」
「違う」
七条はゆっくり立ち、間合いを詰める。それでも三剣は退かない。七条は微かに笑みをこぼす。
「普通なら逃げる」
「普通じゃないから」
「怖くないのか?」
そこで三剣がやっと顔を向ける。その瞳は、驚く程冷静だった。
「怖いよ」
七条は黙った。
三剣は続ける。「でも……殺すつもりなら、もう決着はついてる」
七条は苦笑を浮かべる。
「本当に頭いいな」
「詐欺師だから」
数秒の沈黙が続く。互いの距離は近いが、三剣は一歩も引かない。やがて三剣が静かに告げる。
「じゃあ、取引しよう」
七条の目が鋭くなる。
「取引?」
「君、殺し屋だろ」
七条は否定しなかった。
「俺は詐欺師で、お互いプロだ」
「それで?」
「守ってくれ」
七条は軽く驚く。
「ボディガードか?」
「違う」
三剣は薄ら笑いを浮かべる。
「パートナーだ」
七条の中で、何かが弾ける。面白い。この男は命を握られているのに、交渉している。
「断ったら?」
「逃げる」
「捕まえる」
「だろうな」三剣は笑いを含んだ声で言う。「でも、その後は退屈するだろ」
七条は黙った。図星だったのだ。
「俺を生かしておいた方が面白い」
数秒後、七条は静かに笑みをこぼす。
「……最高な男だ」
「ありがとう」
七条は手を伸ばし、三剣の顎に触れる。指先にわずかな力を込める。
「でも一つ間違っている」
三剣は動じない。
「パートナーじゃない」
「じゃあ何?」
七条は低く囁く。
「俺のもの」
空気が変わる。普通ならここで震えるが三剣は違った。小さく口角を上げる。
「独占欲、強いな」
「嫌か?」
「別に。利用できるなら」
七条の目に危うい光が差す。
「俺を利用する?」
「するよ」
三剣の迷いのない一言に、七条は楽しげに笑った。
「いい」
顔が近付け低く囁く。
「やってみろ。俺を利用できるならな」
三剣は視線を逸らさない。
「できるよ」
「根拠は?」
三剣は静かに言う。
「君」そして告げた。「もう俺に執着してる」
静寂な空気が流れた。完全に正解だった。
「……本当に、殺したくなるくらい好きだ」
三剣は一瞬目を見開いたが、すぐに睫毛を伏せ、にやりと含み笑いを浮かべた。
「困ったな」
口元に軽く皮肉を含ませる。
「俺、死ぬ予定ないんだけど」
その夜、殺し屋と詐欺師は、最悪で最高の関係になった。支配する男と、利用する男。そして二人とも、まだ気付いていない。どちらが先に堕ちるのかを。




