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殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
3/12

最悪で最高の契約

 雨の夜から三日後。

 三剣龍之介はホテルの部屋で札束を数えていた。紙幣の擦れる音だけが、静かな部屋に響く。

「……二千万」

 落ち着いた声だった。今回の詐欺は見事に決まった。相手は裏社会の投資ブローカー。警察にも言えない金だ。完璧──の筈だった。

「で?」

 背後から声がした。三剣は振り返らず、窓ガラスに映る男の姿だけを確認する。

「ノックぐらいしろよ」

「鍵は開いてた」

「嘘つけ」

 ベッドに腰掛ける男。七条龍二だった。

「……ストーカーか?」

 三剣は札束をリュックにしまいながら言う。七条は答えず、唯鋭い視線を送る。獲物を狙うような目だった。

 やがて七条が口を開く。「三日」

「何が?」

「お前を三日追った」

 三剣は呆れたように笑った。

「暇人だな」

「違う」

 七条はゆっくり立ち、間合いを詰める。それでも三剣は退かない。七条は微かに笑みをこぼす。

「普通なら逃げる」

「普通じゃないから」

「怖くないのか?」

 そこで三剣がやっと顔を向ける。その瞳は、驚く程冷静だった。

「怖いよ」

 七条は黙った。

 三剣は続ける。「でも……殺すつもりなら、もう決着はついてる」

 七条は苦笑を浮かべる。

「本当に頭いいな」

「詐欺師だから」

 数秒の沈黙が続く。互いの距離は近いが、三剣は一歩も引かない。やがて三剣が静かに告げる。

「じゃあ、取引しよう」

 七条の目が鋭くなる。

「取引?」

「君、殺し屋だろ」

 七条は否定しなかった。

「俺は詐欺師で、お互いプロだ」

「それで?」

「守ってくれ」

 七条は軽く驚く。

「ボディガードか?」

「違う」

 三剣は薄ら笑いを浮かべる。

「パートナーだ」

 七条の中で、何かが弾ける。面白い。この男は命を握られているのに、交渉している。

「断ったら?」

「逃げる」

「捕まえる」

「だろうな」三剣は笑いを含んだ声で言う。「でも、その後は退屈するだろ」

 七条は黙った。図星だったのだ。

「俺を生かしておいた方が面白い」

 数秒後、七条は静かに笑みをこぼす。

「……最高な男だ」

「ありがとう」

 七条は手を伸ばし、三剣の顎に触れる。指先にわずかな力を込める。

「でも一つ間違っている」

 三剣は動じない。

「パートナーじゃない」

「じゃあ何?」

 七条は低く囁く。

「俺のもの」

 空気が変わる。普通ならここで震えるが三剣は違った。小さく口角を上げる。

「独占欲、強いな」

「嫌か?」

「別に。利用できるなら」

 七条の目に危うい光が差す。

「俺を利用する?」

「するよ」

 三剣の迷いのない一言に、七条は楽しげに笑った。

「いい」

 顔が近付け低く囁く。

「やってみろ。俺を利用できるならな」

 三剣は視線を逸らさない。

「できるよ」

「根拠は?」

 三剣は静かに言う。

「君」そして告げた。「もう俺に執着してる」

 静寂な空気が流れた。完全に正解だった。

「……本当に、殺したくなるくらい好きだ」

 三剣は一瞬目を見開いたが、すぐに睫毛を伏せ、にやりと含み笑いを浮かべた。

「困ったな」

 口元に軽く皮肉を含ませる。

「俺、死ぬ予定ないんだけど」

 その夜、殺し屋と詐欺師は、最悪で最高の関係になった。支配する男と、利用する男。そして二人とも、まだ気付いていない。どちらが先に堕ちるのかを。


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