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殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
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目覚めの音

 三剣は緊張の糸が切れたのか、七条に抱き寄せられたまま気を失った──いや、眠ってしまった。

「…。」

 七条は三剣を抱きかかえ、伊月の殺し屋の事務所を後にした。

 向かう先は神崎が経営する煙草屋。

「鹿島クン!大丈夫!?」

 神崎の声が思わず漏れる。七条に抱えられ、カウンター奥のソファに静かに寝かされた三剣の体を前に、目が離せなくなる。掌に伝わる熱は確かにあるのに、その呼吸は不規則で、目を開ける気配もない。神崎の視線は三剣の顔の輪郭を追い、眉間に刻まれた痛みや、指先に残る動きまで拾い上げるように向けられていた。

「政宗!」

 心配さが混ざった声色で三剣の名前を口にする。部屋の静けさに、呼びかけの声だけが残り、三剣の安否を気にする空気が満ちていた。

「五月蝿ぇ、さっき寝たんだよ。零、手当てしてやってくれ。あと、煙草」

 カウンター前に戻って来た七条は、視線だけが三剣の方へ向いたまま、短く言葉を落とした。神崎はそのまま手当てを続けている。室内には、張り詰めた空気が残っていた。

「注文多いな。紫呉、代わりに煙草渡してあげて。金はそこ置いといてくれればいいから」

「ん、分かった」

「伊澄クン、幾つ?」

「俺の六カートン、伊澄の四カートン。伊澄の銘柄一つ」

「いや、多くない?」

 煙草の箱がカウンターに並べられていく。やり取りは淡々と続くが、誰もが三剣の様子を気にしていた。手当ての音と声だけが、静かな部屋に途切れず残っている。

「ストックだ。これは俺が今吸うやつ」

 七条は単品で注文した三剣の煙草を、指で軽く叩く。

「零、鍵」

「カウンターの下」

「柊紫呉。お前に頼みがある」

「何?」

「金なら幾らでも出す。三葉蓮介(ミツバレンスケ)三葉蓮介について調べてくれ。ソイツがこの銃を持ち去ったとしか考えられん」

 七条はスーツの上着から一枚の写真を取り出す。血染めの銃が一丁と、ボタンが一つ写っていた。銃には刃物で彫られたSの一文字。

「持ち主は古市秋斗(フルイチアキト)

「三葉蓮介…聴いた事ないから、ちょっと時間かかるかもだけど」

「零にも頼んである。どうにかして調べてくれ」

 写真を力強く握り締め、カウンターに置き去りにする。カウンターの下から鍵を取り出し、店の奥にある武器庫へ向かい、三味線を持って戻ってきた。

 神崎が三剣を手当てしている横に、七条は腰を下ろす。まだ三剣の体は強張っている。伊月の圧の名残か、胸の奥に重みが残る。

 七条は一弦ずつ慎重に調整し、撥で三本の弦を弾いた。ベン、と低く割れるような音。遠くのはずなのに、三剣の意識の奥に跳ね返る。


『鹿島、お前は誰のSubだ?』

 一瞬、答えそうになる。

 その耳に、聞き慣れた声が割り込むように流れて来た──


 ──まだ消えてねぇな


 三剣には、七条が三味線を弾く音が微かに届き、口ずさんだ独り言のような声も重なる。


 それでいい


 絡みついていた不安が、少しずつほどけていく。


 割れた音でも鳴ってりゃいい

 うるせぇ夢は放っとけ

 息だけでいい

 止まんな


 短く荒っぽい音に、三剣は自然に体を預けた。肩や背中に触れる七条の腕。呼吸の感覚。音の余韻。それだけで、心の奥が落ち着いていくのを感じた。


 んん…


 ゆっくりと意識の端がもぞもぞと動き、目覚める気配がする。

「龍之介、起きたか」

 七条は弦から撥を離す。手が止まる瞬間、音の余韻だけが部屋に漂った。

「…龍二、三味線弾けるんだ」

 低く静かな声。

「弾ける」

 短い一言に、全てが詰まっていた。

 悪夢は残るかもしれない。だが、今は──七条の腕と音があれば大丈夫だと、三剣の心は自然に納得していた。眠っていた意識の断片が、ゆっくりと揃い始める。

「龍二、自分で歩けるから」

 七条は三剣の主張を無視して、三剣に煙草を持たせて抱きかかえ煙草屋を後にした。

「隼人…伊澄クンのあんな顔初めて見たよ」

 君下の声には、少し驚きと戸惑いが混ざっている。

「…伊澄もずっと捜してるんだよ。十五年前に姿を消した兄のような男を…。伊澄が鹿島クンをイタリアまで追いかけたのは、又自分の前から誰かが居なくなるのが怖いからだと思う」神崎は視線を下げたまま続ける。「だから雪都、俺からも頼みがある。伊澄と同じで、三葉蓮介を捜して欲しい。金なら幾らでも出す」

 神崎は少し顔を上げ、カウンターに寄りかかる君下を見つめる。

「金なら要らない。だから後で俺の話も聴いてくれる?」

 自分の話を聴いてもらう事で、依頼代の代わりにしたつもりだった。君下には、二人の間に決意と信頼が流れているのが解った。


 

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