表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
14/28

一人の騎士

 夕方前、三剣は路地裏を通り、姫川零(ヒメカワレイ)──神崎隼人(カンザキハヤト)が経営する煙草屋に向かっていた。

「龍二の煙草も買って帰ろうかな」

 三剣はコートのポケットをまさぐる。ポケットにはナイフが入っているが、今は必要ない──それよりも、直感が警告を鳴らしていた。

 店の奥で煙草を並べる神崎が、ちらりと三剣を見る。

「また外出?」

「煙草が切れてさ」

 神崎は眉を寄せ、机の上の煙草に手を伸ばす。

「気を付けなよ」

「何を?」

 神崎は煙草の箱を置き、口に出したくもない名前を挙げた。

「血の錬金術師・伊月修二(イツキシュウジ)

 三剣の肩が跳ねる。

「裏の連中の間で噂になってる」神崎はそのまま続ける。「あの男、有能な奴を壊すのが趣味らしい」

 三剣は視線だけで受け流す。

「物騒な趣味だな」

 神崎は真顔で言う。

「笑えないな。壊れた奴は二度と戻らない」

 煙草屋を後にし、来た道を戻ろうとした直後、背後から口を押さえられ、両腕を取られる。そのまま男二人に押し込まれる。

 抵抗する間もなくドアが閉まり、車は走り出す。

 ──まずい。

 連れて行かれた先は、湿ったコンクリートの匂いが立ち込める殺し屋の事務所。

 三剣は布で視界を奪われたまま、床に無造作に転がされる。腹に冷たいコンクリートの感触が伝わり、手首と足首に荒い縄が食い込む。うつ伏せのまま、両手を背に回され拘束されている。身じろぐだけで繊維が皮膚を擦った。

 逃げられないことは直感で理解できた。古い鉄の錆びた臭気が鼻を突き、心拍が早まる。

 この場所が人間をまともに扱う場所ではないことは、目を開く前から理解できた。

 結び目を解かれないまま、雑に布が外される。

「はじめまして」

 場違いなほど穏やかな顔で、そう言った。

 男──伊月修二は椅子に深く腰掛け脚を組み、楽しげに三剣を見下ろす。

「人間ってのは面白いよな。壊し方で、別物になる。安心しろ。壊すのはお前じゃない。“今のお前”だ」

 三剣は視線を逸らさず、内心で冷静に計算する。

 ナイフには触れられない。今は拘束されている──それでも、指先に自然と力がこもる。

 反抗の意思を、身体の隅々に宿らせる。伊月は三剣の様子を観察する。

「お前さ、自分で思ってるほど反抗的じゃねぇよ。唯──従い方を知らないだけだ」

 三剣の眉間に皺が寄る。

「テメェに定義される筋合いねぇよ」

 伊月は三剣の片方の肩を掴み、そのまま一気に床へ押し倒した。背中に強い衝撃が走る。

「ぐッ……!」

「こういうのは慣れてるだろ?」試すように呟く。

「でもな、“意味のない暴力”はどうだ?」

 三剣は荒く呼吸を整えながらも、視線を逸らさない。

 伊月は、指先で顎を持ち上げる。

 そして、躊躇なく頬を殴る。一発。もう一発。

 鋭い音が空気を切り裂く。だがすぐに手を止める。

「お前は耐える顔が似合わねぇ」

 伊月はまるで汚れでも払うように、手を軽く振った。

 静かに、愉悦が形を持つ。

「鹿島、お前は誰のSubだ?」

 時間が、ひと拍止まる。

「九薙伊澄は——俺より上か?」

「……勝手に決めんな。俺の騎士は一人だ」

 伊月の口元が歪む。

「いい顔だな。壊し甲斐がある」

 そのまま三剣の肩に手が触れる。瞬間、三剣の体が反射的に硬直する。

「ほらな。口じゃ強がってるくせに、反応は正直だ。肩、逃げてるぞ」

 三剣の呼吸が乱れる。

「それ、恐怖か?それとも——期待か?」

「……気持ち悪いんだよ、お前の声」声を無理に絞り出す。「それでも従うと思ったら——大間違いだ」

 伊月は楽しげに観察するように視線を落とす。

「……選べ」声だけで、逃げ場が消える。「今ここで従うか、それとも──後で壊されるか」

 三剣の喉が引きつる。

 伊月は一歩、距離を詰める。声を落とし、静かに告げる。

「安心しろよ。折るのは骨だけにしといてやる」 伊月は三剣から視線を外さない。その目は獲物ではなく、“壊れ方”を測るように、じっと見ていた。

「中身まで壊したら、使えなくなるからな」

 その言葉は、逃げ道のない現実を突きつけるものだった。

 三剣の呼吸が、一瞬止まる。

「答えは、ひとつじゃねぇだろ?」

 伊月は満足げに笑い、あえてそれ以上は踏み込まない。


 中々家に帰って来ない三剣。電話に出られない状況から、七条は仕事中だろうと思い、その日は待った。

 だが朝になっても三剣は帰らない。

「おかしい…」

 七条の胸に嫌な記憶がよぎる──伊月修二。以前、煙草屋で神崎から聞いた名前だった。

 ──気をつけろよ、龍二。あの男は人を壊す。

 裏社会の噂は半分冗談半分事実で、だが七条の感覚は鋭い。三剣は帰って来ない。

 焦燥感と苛立ちが胸を締め上げ、君下に連絡を取る。

『政宗なら来てないけど。零は見た?』

『鹿島クンなら昨日来たよ。だけど──』

「早く教えろ」


 外から倒れる音が何度もする。鈍い破壊音がドアに響く。七条龍二──九薙伊澄は血が滴るナイフを片手にドアを蹴破った。

 伊月はゆっくり振り返り、七条に目をやる。

「おっと、早い到着だな。九薙サマ」

 そして楽しげに三剣を見つめる。

「さて、どうする?従うか、それとも……」

 咳き込む三剣は体を強張らせながら、目線だけで七条に合図を送る。

 伊月は肩に触れ、指で叩いた。その瞬間、三剣の息が引っ掛かる。

「お前はな……反抗的だが、素直に面白い」 

 三剣は震える声で発する。

「伊月、……サマ……」

 その瞬間、伊月は縄を断ち切る。拘束が外れ、三剣の腕に遅れて力が戻る。伊月は立ち上がりざまナイフを放り投げる。

「九薙を殺れ」

 三剣はゆらりと立ち上がる。指先は震えているが、その震えは次第におさまっていく。

 一歩踏み出すと、体が揺れた。七条を一度見た。ナイフに伸びる手が止まる。だが掴み取り一歩、二歩と七条へ向かう。

「……。」

「殺れよ」

 七条は静かに告げる。

 そして踏み出し、三剣はナイフを振りかざし──一瞬の迷いが生まれた。

 次の瞬間、振り返り伊月の腹部へナイフを突き立てる。

「…骨までは折らせねぇ…ッ」

「……ッ、てめ…!」

 ナイフを引き抜き、血を払う。

「……俺だって黙って壊されるわけじゃない」

 伊月は壁にもたれ、苦しげなはずなのに、口元だけが笑っている。 

「面白ぇ……。九薙伊澄、ソイツ手放すなよ」七条へ視線を移す。「壊すのは——次の楽しみに取っといてやる」

「お前は壊れる顔してねぇ。だから面白い」

 三剣は一瞬、視線を伊月に固定した。

「……楽しみにしとけよ」次の瞬間、拳が窓ガラスを叩き割った。「また遊ぼうぜ」

 そのまま闇へ飛び降りる。

 部屋に静寂が戻る。割れた窓から夜の風が吹き込み、空気がひんやりと漂う。

「……龍二、キスして」

 七条のDomとしての存在感が三剣の心拍に影響し、呼吸が少し乱れる。七条は手を後ろ髪に添え、ゆっくり引き寄せる。

 唇が重なる瞬間、圧とそれに応じる意思が静かに重なり合う。

 短い口づけ。やがて離れると、七条は小さく息を吐く。

「……無事でよかった」

 三剣は軽く息を吐き、呼吸を整える。

「俺が簡単に壊れると思ったか?」

「思ってない。でも迎えには行く」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ