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殺し屋は詐欺師に跪く  作者: 男鹿七海
12/28

観測者

「おい、何処に行く気だ」

「情報屋の幼馴染とご飯だよ。来る?」

「行く」

 七条は食い気味な即答の仕方だった。三剣は後ろに七条を乗せて、バイクでファミレスへ向かった。

「ゆ──紫呉お待たせ。ごめん、連れも一緒なんだけど」

 七条が居る前で本名を言いかけて飲み込む。

「政宗が誰かと一緒だなんて珍しいね」

 柊紫呉──君下雪都は七条と三剣を交互に見た。

「コイツは俺のだ。そして恋人」

 その宣言に、刹那、空気が張り詰めた。騒がしいはずの店内の雑音が、急に意味を失った。

「ちょっ、伊澄…!」

 思わず声を荒げるが、七条は意に介さない様子で席に腰を下ろす。周囲の視線など最初から存在しないかのように、メニューに視線を落とした。

「政宗お付き合いしてたんだ」驚きは一瞬で消えた。すぐに観察者の目へと切り替わり、君下は三剣の反応と七条の態度、その差異を面白がるように視線を動かした。「それ、どうしたの」

 君下は三剣の左目を覆うガーゼを指摘する。

「俺がやった」

 七条は、まるで天気の話でもするかのように、事実だけを告げる。

「あー…うん、この九薙伊澄による傷」

 苦笑混じりな三剣に対し、君下は目を見開いた。

「…え、九薙伊澄って存在したんだ」

 その言葉には、驚きと納得が同時に混ざっていた。噂として語られるだけの存在が、今まさに目の前にいるという現実に、興奮すら滲んでいる。

「どういう意味だ。情報屋」

 鋭い視線が君下に向けられる。視線がぶつかり、空気が張り詰める。

「あれ、俺情報屋なんて言った?」

 とぼけるような軽い調子。しかしその目は笑っていない。

「政宗から聴いた」

「ああ。じゃあ改めて、俺は柊紫呉。情報屋です。よろしくね殺し屋さん」

 軽く手を差し出す仕草。目の前の相手が殺し屋であることなど、気にも留めていない。それでも七条は油断を崩さない。

「それでどういう意味だ」

 君下の言葉の真意を測るように、じっと視線を外さない。

「深い意味はないよ。九薙伊澄は完璧に仕事をこなす。失敗をした話を聞いた事がない。で、今目の前に居るから存在するんだなって」

 淡々とした評価。しかしそれは最大級の賛辞でもあった。

「失敗ならした」

 その言葉に、三剣が目を瞬かせる。

「君でも失敗するんだ」

「当初はお前を殺すつもりだったからな」

「失敗ってそれか」

 苦笑と安堵が混ざった声。軽口のようでいて、どこか重みのあるやり取りだった。周囲に悟られぬよう、七条は声を落とす。

「情報屋の前で喋りすぎた」

「伊澄、紫呉は大丈夫だよ」

 その言葉には確信があった。長い付き合いで培われた信頼が、そこにある。

「いや、いくらお前の幼馴染だからって信用してない。仕事で確認する」

 一切の甘さを見せない七条に、君下は頷いた。

「それが正しい判断だね。……じゃないと、すぐ死ぬし」

 グラタンを食べる七条は、口を動かしながら何かを呟いている。だが、言葉ははっきりとは聞き取れない。

「口に入れたまま喋るなよ」

 三剣は呆れたように注意すると、君下がくすりと笑う。

「九薙伊澄って可愛らしいとこあるんだね」

「あー、まぁそうね」

 否定しきれないのが悔しいのか、三剣は曖昧に視線を逸らす。君下の言葉に、七条の視線が鋭くなる。

「おい、情報屋。連絡先寄越せ。クソ共と違うか確認する」

「はい、どうぞ」

 あっさりとスマートフォンを差し出す君下に、三剣は開いた口が塞がらなかった。

「伊澄って、連絡先とか交換するんだね」

「基本しない。一応信用してる奴だけとはしている」

 スプーンを咥えたまま、素早く登録を済ませると、七条は無言でスマートフォンを返す。

「裏切ったら殺す」

「情報屋にその注文は難しいなぁ。政宗の情報は意地でも渡してないから安心してよ」

 視線がぶつかる。七条は君下の瞳の奥を覗き込むように、微動だにしない。

 その静かな圧に、君下もまた逃げない。互いに一歩も引かない均衡が、しばし続いた。

「九薙伊澄クンなら聞いた事あると思うけど、政宗も気を付けてね。物騒な通り名の奴がいるからさ。酷い噂しか聞かないんだよね」

 君下の忠告に、三剣の表情が引き締まる。

「ま、気を付けるよ。出会さないように」

 軽口を叩きながらも、その声色には警戒が混じっていた。

 それ以上の話は不要と判断したのか、七条は最後の一口を飲み込むと、席を立つ。

 七条と三剣は代金を置いてファミレスを後にした。

 外の空気は、店内よりもずっと冷たく、そして静かだった。

「本当に飯だけだった」

「だから言っただろ」

 短いやり取りの中に、どこか安心したような空気が流れる。

「次は龍之介と二人で食いたい」

「いいよ」

 遠く、店内の窓越しに君下が二人の背中を見送っていた。

「龍之介君、ほんと面白い子捕まえたな」

 小さく呟きながら、グラスの水を揺らす。

 その視線の先にあるものが何かは、誰にも分からない。だが確かに、新たな何かが動き出している気配だけが、静かに残っていた。


 ◆


 赤信号。エンジンの振動が足に伝わる。

 三剣は何気なく視線を流し──止めた。路地裏で男が一人、壁に押し付けられている。殴られているが、加減が妙だった。急所は外している。骨もまだ折れていない。なのに──。

「ほら、やれるだろ」

 低い声に男は震えながら頷く。その低い声に、妙な“優しさ”が混ざっていた。

「……やります」

 三剣の視線が、そこで止まった。

(ああ)

 即座にで理解する。

(壊してるのに、壊してない)

 かつて聞いた言葉が、頭をよぎる。


 ──本能を抑えられない奴


 信号が変わる。三剣は、そのまま視線を切った。



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