観測者
「おい、何処に行く気だ」
「情報屋の幼馴染とご飯だよ。来る?」
「行く」
七条は食い気味な即答の仕方だった。三剣は後ろに七条を乗せて、バイクでファミレスへ向かった。
「ゆ──紫呉お待たせ。ごめん、連れも一緒なんだけど」
七条が居る前で本名を言いかけて飲み込む。
「政宗が誰かと一緒だなんて珍しいね」
柊紫呉──君下雪都は七条と三剣を交互に見た。
「コイツは俺のだ。そして恋人」
その宣言に、刹那、空気が張り詰めた。騒がしいはずの店内の雑音が、急に意味を失った。
「ちょっ、伊澄…!」
思わず声を荒げるが、七条は意に介さない様子で席に腰を下ろす。周囲の視線など最初から存在しないかのように、メニューに視線を落とした。
「政宗お付き合いしてたんだ」驚きは一瞬で消えた。すぐに観察者の目へと切り替わり、君下は三剣の反応と七条の態度、その差異を面白がるように視線を動かした。「それ、どうしたの」
君下は三剣の左目を覆うガーゼを指摘する。
「俺がやった」
七条は、まるで天気の話でもするかのように、事実だけを告げる。
「あー…うん、この九薙伊澄による傷」
苦笑混じりな三剣に対し、君下は目を見開いた。
「…え、九薙伊澄って存在したんだ」
その言葉には、驚きと納得が同時に混ざっていた。噂として語られるだけの存在が、今まさに目の前にいるという現実に、興奮すら滲んでいる。
「どういう意味だ。情報屋」
鋭い視線が君下に向けられる。視線がぶつかり、空気が張り詰める。
「あれ、俺情報屋なんて言った?」
とぼけるような軽い調子。しかしその目は笑っていない。
「政宗から聴いた」
「ああ。じゃあ改めて、俺は柊紫呉。情報屋です。よろしくね殺し屋さん」
軽く手を差し出す仕草。目の前の相手が殺し屋であることなど、気にも留めていない。それでも七条は油断を崩さない。
「それでどういう意味だ」
君下の言葉の真意を測るように、じっと視線を外さない。
「深い意味はないよ。九薙伊澄は完璧に仕事をこなす。失敗をした話を聞いた事がない。で、今目の前に居るから存在するんだなって」
淡々とした評価。しかしそれは最大級の賛辞でもあった。
「失敗ならした」
その言葉に、三剣が目を瞬かせる。
「君でも失敗するんだ」
「当初はお前を殺すつもりだったからな」
「失敗ってそれか」
苦笑と安堵が混ざった声。軽口のようでいて、どこか重みのあるやり取りだった。周囲に悟られぬよう、七条は声を落とす。
「情報屋の前で喋りすぎた」
「伊澄、紫呉は大丈夫だよ」
その言葉には確信があった。長い付き合いで培われた信頼が、そこにある。
「いや、いくらお前の幼馴染だからって信用してない。仕事で確認する」
一切の甘さを見せない七条に、君下は頷いた。
「それが正しい判断だね。……じゃないと、すぐ死ぬし」
グラタンを食べる七条は、口を動かしながら何かを呟いている。だが、言葉ははっきりとは聞き取れない。
「口に入れたまま喋るなよ」
三剣は呆れたように注意すると、君下がくすりと笑う。
「九薙伊澄って可愛らしいとこあるんだね」
「あー、まぁそうね」
否定しきれないのが悔しいのか、三剣は曖昧に視線を逸らす。君下の言葉に、七条の視線が鋭くなる。
「おい、情報屋。連絡先寄越せ。クソ共と違うか確認する」
「はい、どうぞ」
あっさりとスマートフォンを差し出す君下に、三剣は開いた口が塞がらなかった。
「伊澄って、連絡先とか交換するんだね」
「基本しない。一応信用してる奴だけとはしている」
スプーンを咥えたまま、素早く登録を済ませると、七条は無言でスマートフォンを返す。
「裏切ったら殺す」
「情報屋にその注文は難しいなぁ。政宗の情報は意地でも渡してないから安心してよ」
視線がぶつかる。七条は君下の瞳の奥を覗き込むように、微動だにしない。
その静かな圧に、君下もまた逃げない。互いに一歩も引かない均衡が、しばし続いた。
「九薙伊澄クンなら聞いた事あると思うけど、政宗も気を付けてね。物騒な通り名の奴がいるからさ。酷い噂しか聞かないんだよね」
君下の忠告に、三剣の表情が引き締まる。
「ま、気を付けるよ。出会さないように」
軽口を叩きながらも、その声色には警戒が混じっていた。
それ以上の話は不要と判断したのか、七条は最後の一口を飲み込むと、席を立つ。
七条と三剣は代金を置いてファミレスを後にした。
外の空気は、店内よりもずっと冷たく、そして静かだった。
「本当に飯だけだった」
「だから言っただろ」
短いやり取りの中に、どこか安心したような空気が流れる。
「次は龍之介と二人で食いたい」
「いいよ」
遠く、店内の窓越しに君下が二人の背中を見送っていた。
「龍之介君、ほんと面白い子捕まえたな」
小さく呟きながら、グラスの水を揺らす。
その視線の先にあるものが何かは、誰にも分からない。だが確かに、新たな何かが動き出している気配だけが、静かに残っていた。
◆
赤信号。エンジンの振動が足に伝わる。
三剣は何気なく視線を流し──止めた。路地裏で男が一人、壁に押し付けられている。殴られているが、加減が妙だった。急所は外している。骨もまだ折れていない。なのに──。
「ほら、やれるだろ」
低い声に男は震えながら頷く。その低い声に、妙な“優しさ”が混ざっていた。
「……やります」
三剣の視線が、そこで止まった。
(ああ)
即座にで理解する。
(壊してるのに、壊してない)
かつて聞いた言葉が、頭をよぎる。
──本能を抑えられない奴
信号が変わる。三剣は、そのまま視線を切った。




