目印を刻む
日本に戻ってから、七条龍二は珍しく三剣龍之介の前に姿を現さなかった。
そんな日もあるのか、と三剣は意外に思った。 いや──やはり、そんな事はなかった。
三剣はコンビニの前で煙草を吸っていた。自動ドアの開閉音と、遠くを走る車の音が時折聞こえるだけの静かな時間だ。
煙を吐いた瞬間、背後から声がした。
「ここに居たのか」
振り向かなくても判る。七条龍二だ。
三剣は煙草を指で挟んだまま、何事もなかったように返した。
「煙草買いに来てただけだよ」
七条は何も言わず、コートのポケットから小さな紙袋を取り出した。そして、そのまま三剣へ差し出す。
「何これ。くれるの?」
「誕生日プレゼント」
七条の言葉に、三剣は言葉を詰まらせた。この男に贈り物という概念があるとは、正直思っていなかった。
三剣は口元を緩めながら、ガーゼで覆われた自分の傷を指差す。
「てっきりこれだけかと思ってたけど」
七条は表情を変えずに答えた。
「そっちが本命。それは代わり」
「代わりって……」
三剣は紙袋の中を覗く。中には、ピアスが一つと、フープイヤリングが一つ入っていた。三剣はそれを取り出し、視線を落とした。
「このフープイヤリング……君が付けてたやつか。随分可愛らしい事するな」
そして、抜き取られたピアスの行方にも気付いた。七条の耳に、それが付けられている。
「だから目印」
七条は淡々と言った。
「分かりやすいな」
七条は何も言わず、三剣に近付いた。そして手を伸ばし、三剣の耳にピアスを通し、フープイヤリングを装着する。
冷たい金属が耳元に触れた感覚だけが残る。装着し終えると、七条は一歩だけ離れた。三剣は軽く首を傾け、耳元に触れた。
「満足したか?」
「した」
低く落ちた声には、命令というより、そうするのが当然だという温度があった。
コンビニの灯りの下で、フープが小さく光る。ふと気付けば、夜の空気は少し冷えていた。二人は自然に歩き出していた。
住宅街の道は静かで、人影は殆どない。街灯が一定の間隔で道を照らしている。靴音だけがゆっくりと続く。
七条は何も言わない。唯、歩きながら時折三剣の横顔を見ていた。正確には──耳だ。
街灯の光が当たるたび、フープイヤリングが小さく光る。そのたびに、七条の視線がそこへ吸い寄せられる。唯見ているだけではなかった。
そこにある印が、自分のものであると確かめているような視線だった。三剣は最初こそ気付かないふりをしていたが、三度目で、とうとう視線を外した。
「……さっきからさ」
七条は視線を外さない。
「何」
「そんなに気に入った?」
七条は眉を動かす。
「何が」
「これ」
三剣が自分の耳を示す。七条は短く黙った。そして答える。
「気に入ってる」
あまりにも率直だった。
「正直だな」
七条はまた耳を見る。
「ちゃんと付いてる」
「当たり前だろ」
「外すなよ」
その一言は短かった。だが、拒否という選択肢が最初から存在していないかのような響きだった。
「外す理由ある?」
問いかけながらも、答えはもう決まっている。
七条は少し考えてから言う。
「ある」
「何」
「他の男が触る」
三剣は足を止めた。そして七条を見る。一瞬、言葉が途切れた。
「外さないよ」
三剣は一歩、距離を詰める。少しだけ楽しそうに。
「そんな顔で見られたら、外せなくなるだろ」
七条の視線が止まる。
「良い」
「何が?」
「似合う」
三剣は指を絡めたまま、空いた手で口元に触れた。
「そりゃどうも」
そして三剣は、指を絡めたまま七条の手を引き寄せる。引けば来ると分かっているような、迷いのない動きだった。
七条は抵抗しない。そのまま距離を受け入れる。言葉を挟まず、静かに口づける。
離れるタイミングは、三剣の意志だけではなかった。




