その呪いの終着点は
気づくとそこは、不気味で異質なバスの中だった。
ハンドルを握るのは、どこか嫌味で皮肉屋な運転手。
後悔を抱えて死んだ少女は、自らの選択が生んだ呪いに苦悩しながらも、その結末を知ることになる____
彼女の終着点は、希望か、絶望か、それとも……
※こちらの作品は、前作「幸せのブレスレット」読後に読むことをお勧めします。
絶対ではありません。お好きな順番で読んでいただければ幸いです。
カクヨムでも掲載中
暗く、冷えたバスの中。
窓の外には、不気味なぐらいに穏やかな川。
ぼやけた視界。
滴り続ける、真っ赤な血。
そのバスには、座席のシートに身体を預けてうなだれるようにもたれかける少女と、運転手である青年の二人しか乗っていなかった。
「いつまでそんな調子でいるつもりです?」
運転手の青年が、バックミラー越しに少女を見やり、声を掛ける。
少女は彼の視線を無視し、バス内のモニターをただ呆然と見つめていた。
絶えず映され続ける、少女の人生。
望まれなかった生まれ。
貧しい暮らし。
父親の暴力。
母親のヒステリー。
ろくなことがない。
でも、一つ良いこともあった。
小学校でできた親友。
親友との幸せな、かけがえのないただの日常。
自分が不幸な子なんてことを忘れられた。
何よりも大切な、唯一の宝物。
あぁ、でも。
あたしはそれを手放そうとした。
怪しい男と、ブレスレット。
それが転機だった。
親友の不幸と引き換えに、自分が幸せになれるブレスレット。
あたしはそれを受け取って、使ってしまった。
出来心だった。冗談だと思った。
でも……本物だった。本当に起きてしまった。
父親が事故で死んで、多額の保険金が入った。
暴力がなくなり、母親のヒステリーも収まった。
少しずつ、だが着実に、幸運があたしの人生を変えていった。
怖くなった。外そうとしたけど、外れない。男が一緒に渡してきた説明書を読むと、外すには条件があるようだった。
このままだと、あいつになにが起こるか。どんな不幸が降りかかるか。親友を失うことだけは、耐えられない。
どんな手を使ってでも、外す。そう決めた。
そして…………。
疲れ切った顔でモニターを見つめていた少女は、うずくまってすすり泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ。あたしは……」
謝罪の言葉を垂れ流すことしかできない少女を一瞥し、運転手は嘲笑交じりにクスクスと息を漏らす。
生前の少女は、ブレスレットを外す条件を確認した。
それは、自分のことを一番想っている人間をなくすこと。そうすれば、不幸を請け負う器がなくなり、ブレスレットが外れる。
説明書をめくるともう一つ、外れた後の代償が書かれていたが……それを読んでなお、決意は変わらなかった。
それを、実行した。
シートでうずくまる少女の嗚咽がいっそう大きくなる。痛みのない傷口から、血が絶え間なく流れ出す。
モニターには、親友だったはずの少年に、自身が罵詈雑言を吐く映像が何度もループ再生されていた。
「……ほう、わざと嫌われるように仕向けたと」
好青年のような容姿と声に反して、嫌味っぽい猫撫で声で相変わらず嘲笑っている。
少女が顔を上げ、バックミラー越しの彼を見るが、視線は合わず、代わりに少女が捉えたのは最初見た時よりも深く、気味の悪い笑みだった。
「……仕方なかった。けじめをつけるためには、あれしかなかった。あのままあいつに不幸が降りかかり続けるほうが、耐えられない」
少女はそう言って、膝のうえに置いていた拳をぎゅっと強く握りしめる。
自分だって、あんなことしたくなかった。
すると、青年はなにかを堪えるように小刻みに肩を揺らし始めた。
「ふっ……ふふふ……あはははっ!」
「これまた健気でクソ真面目な自己犠牲なこと。 いやぁ、泣けてきちゃいますね……」
青年は、大きく笑い過ぎて出た涙を、白手袋の手で丁寧に拭いながら言った。
嫌味な彼に、少女は思わずバックミラー越しにその顔を睨みつけた。
「…………ふぅ。あぁ、すみませんね。はしたない姿を見せてしまって。 お嬢さんの選択、実に合理的で良いと思いますよ。……でも、考えなかったんですか?」
今までと毛色の違う、冷たく重い鉛のような声に、少女は思わずビクンと華奢な身体を震わした。
青年は運転席から身を乗り出し、少女を初めてその目で捉える。深く被った帽子にから覗く、意地の悪そうな紅い瞳。双方の視線がかち合う。
「わざと嫌われるように罵倒して、縁を切って、それで自分だけ死んで……。残された彼はどう思うでしょうねぇ? 彼は一生、その最悪の思い出を抱えて生きていくことになる……」
毒を持った棘のように刺さるその言葉に、少女は手負いの獣のように青年の血色の瞳を睨み返す。そんな少女に肩をすくめて、首を傾げた。
「これのどこが救いなんです? あなたがしたのは救済じゃない。彼に一生消えない呪いを上書きして、自分だけ勝手にスッキリしただけだ。……こういうのを世間では何て呼ぶか、知ってます?」
邪悪な笑みを浮かべながら、一段と甘い声色でささやいた。
「自己満足って言うんです。 ……あなたの全ての行動は、彼のためなんて綺麗なものじゃない。自分可愛さから来た、究極のエゴなんですよ……ふふふ…………っ……ぐぇっ!」
ジリジリと蛇のように執拗に追い詰めてきた青年が、突然首を押さえてふらふらと苦しみ始めた。
そのままバタンと倒れ込み、運転席から転がり落ちる。冷や汗をかいて苦しみながらも、床を笑顔でのた打ち回っていた。
……しばらく経ち、青年はむせながらもゆっくりと立ち上がる。表情はいつの間にか元の張り付けたような笑顔に戻っていた。
「……げほっ、けほ、けほ…………はぁ……あの方も手厳しいですねぇ……少しからかってみただけだったんですが……。あぁ、先程は失礼しましたね、つい口出しをしたくなってしまいまして、おいたが過ぎてしまいました。……見ての通り、お叱りを受けてしまったので、これ以上は言わないでおきますよ」
少女は彼の気味悪さとわけのわからなさに恐怖を覚えたが、当の本人は気にする風もなく、いつの間にか元の運転席に座り直している。
その背に少女は恨みがましい視線を送りながら口を開いた。
「……随分と好き勝手に言ってくれたが、あんたは何も知らないだろ。あたしのことも、あいつのことも。お前は一体何なんだよ……何がしたいんだよ。あたしをわらって、楽しかったかよ」
ふつふつと煮えたぎるような感情を帯びた声。
青年の言っていたことぐらい、元より自分でもわかっていた。
自分の身勝手さも、何より自分が忌み嫌っている。
青年はそんな少女の唸りに動じず、軽く流すように肩をすくめた。
「……まぁ、そう怒らないでくださいよ。確かにあなたのような愚か者を責めるのは楽しいですが……やりすぎてしまいましたね。そこでお詫びに……」
青年が小さなリモコンのボタンを押した。
同時に、少女の人生の映像に砂嵐のノイズが混じる。ザーッ、とざらついた音がしばらく鳴ったのち、モニターには一人の少年の姿が映された。
少女が息を呑む。
「……えっ?」
映し出されていたのは、生前の親友。
____あれは演技だったんですよ。そう真実を告げて消えていった回収屋。
自分の吐いた言葉の真実と理由を知り、絶望し打ちひしがれた様子の少年。
けじめをつけると言って、身勝手に傷つけて、身勝手に死に、彼に負い目を感じさせて、呪いにしてしまった。
結局、あいつの言った通りに……
「……まだ先があります。せいぜい見届けてください。あなたのかけた呪いの行く末を」
モニターの画面が切り替わった。
そこには、生前少女が身に着けていた髪飾りを見つめる少年の姿があった。
……なにか言っている。モニターを凝視しながら、その声に耳を傾けた。
____君が覚悟を持って、僕を守ってくれたんだ。 いつまでもウジウジして、勇敢で優しい君にすがりついてちゃ、みっともないもんね。
そう呟く彼の瞳には哀しみの色があった。だがそれを包み込むような、希望と決意の光も、確かにあった。
____心配しないでね。 僕ももっと、君に笑われないぐらい強い人間になるから、期待しててよ。
____本当にありがとう。
____親愛なる、僕のかけがえない友人。
そのつぶやきを最後に、モニターの映像はぷつりと途切れた。
彼は、とっくに前を向いていた。
「……つまらないですねぇ。あなたのご友人、随分とお気楽で図太いものだ。 もっと自責の念にかられて、置き土産の呪いに苛まれれば良かったのに……とんだ拍子抜けですよ」
青年は退屈そうに首を鳴らして、嫌味な減らず口を叩いた。
「さて、そろそろ終点ですよ、お嬢さん」
少女は涙を袖でごしごしと拭い、ふらつく足で座席を立った。
ずっと傷から流れていた血は、知らぬ間に止まっていた。
「……あぁ。 あたしも、いつまでも泣いてばっかいられねぇな。あいつに見せる顔がなくなっちまう……」
少女は小さく笑って、降り口へ歩いていく。そして、運転席の方を見やって口を開いた。
「……嫌味な運転手さん。あんたの言う通り、あたしは自分勝手なエゴイストだ。それにあの選択が正しかったかすらも、まだ分からねぇ」
それでも……
「それでもあいつはありがとうって言ってくれた。なら、こんなところで未練がましくうずくまってられねぇよな。……手間かけさせちまったな。あんたも、ありがとな」
少女はこの短い時間に見慣れたバックミラーに向けて笑いかけた。
青年はそれを一瞥し、深く帽子をかぶり直してから、わずかに笑った。これまでのような皮肉混じりでない、ほんの少し優しさを感じる微笑。
「……礼なんて必要ありませんよ。せいぜい、彼との再会を首を長くして待っていると良いです。彼がここに乗ってきたら、しこたま虐めてあげますから」
そんな憎まれ口に、少女は苦笑して返す。
「へっ、きっとあんたの言葉になんか動じねぇぐらい、あいつは強くなるさ。……それじゃあ、もう行くよ。じゃあな」
そう言い残して、仄かに明るい外へと消えていった。
誰も居なくなった車内。運転席で一人、青年は溜息をついた。
「はぁ……吹っ切れたような顔をしちゃって。本当につまらないお嬢さんだった。……それにしても」
服の下に隠していたロケットペンダントを取り出す。そのまま、中に収められた写真を、焦がれるような表情で眺めた。
「愛しい君。あぁ……早く会いたいなぁ……いつになったら会えるのかなぁ……ふふっ」
心底嬉しそうに、屈託のないねっとりとした微笑を向けて、ペンダントをそっと服の中にしまった。
「さて、面倒ですが次のお客様を迎えに行かなくては……。次はもっと、後味の悪い結末だといいなぁ」
そう言って、鼻歌交じりにバスを走らせるのだった。
最後まで読んでくださったあなたに感謝を。




