番外編⑫ 洗濯屋、スローライフを満喫する(前編)
すみません、温泉郷編最終話、長くなってしまったので前後編に分けてお届けします。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
夕暮れ時。
私はカラル村の書斎のデスクに突っ伏したまま、
ぼんやりと、ここ最近のことを思い出していた。
キンスラ騒動から二週間。
王都とカラル村、時々隣国まで行ったり来たりする日々。
まったく、落ち着く暇がない。
昨日は、朝からカイルさん立ち合いの下、
隣国支店の開店記念式典。
その後、新しい従業員との顔合わせに、洗い場へのスライム配置。
おっかなびっくりの従業員たちに手順を教え終えたと思ったら、
息をつく間もなく、夕方にはポチの背に乗って王都の本店へ。
「きらきら」で一気に王都の洗濯物を片付け、
勇者と騎士、マイクさんと四人で夕食。
そして一泊だけして、朝にはマイクさんとカラル村へ戻る。
朝からは、マイクさんやマルタさんをはじめとした、
洗濯屋きらり幹部との、
いわゆる――経営会議的なミーティング。
正直なところ。
司会進行はマイクさん、実務はマルタさん。
支店長たちも優秀で、収益も右肩上がり。
……私、必要?
などと思いつつ、
一応うとうとしながら出席はしている。
お昼の後は、山のような洗濯物に「きらきら」。
新サービスの部分洗いは、
きらスラのタマにも協力してもらって一気に片付けた。
――というわけで。
今日は久しぶりに、夕方までに仕事が終わった。
ようやく一息。
こうして夕陽をぼんやり眺めながら、
机に突っ伏していられる。
しあわせ……。
それにしても。
異世界で洗濯屋スローライフを満喫するはずだったのに……。
(定時帰りが月一?
休日返上?
これって、社畜ならぬ――洗濯畜では?)
(いいんだけどね……はあ……)
深くため息をつく。
そんなことを考えながら、
デスクの上で夕陽を浴びてぷよぷよしているタマをつつく。
嬉しそうに、ぷるんぷるんと震えた。
(癒される……)
ふと、思う。
温泉行きたい。
超! 行きたい。
明日の予定は……。
デスクの端からカレンダーを手繰り寄せ、
頬を机に預けたまま眺める。
(明日は……と)
ん?
何か、書いてある。
『記念日。ゆっくりしよう』
……は?
何の記念日?
久しぶりに、ゆっくりできるってこと?
ていうか、
これ書いたの誰?
そんなことを考えているうちに、
私はそのまま、眠りに落ちていた――。
***
……ん?
ふわり、と身体が持ち上がる。
え、えええ?
薄く目を開くと、
赤銅色の肌と精悍な顔が視界に飛び込んできた。
(……マイクさん?)
薄暗い。夜だ。
一気に心臓が跳ねる。
私はどきどきが悟られないよう、そっと目を閉じ、
彼に身を委ねた。
柔らかな感触。
リネンの香り。
……ベッドに、寝かせられた?
ぎゅっと目を閉じたまま、
寝返りを打つふりをして背を向ける。
毛布が、静かにかけられる。
そっと目を開けると、
ランプに照らされたマイクさんの影。
影が、ふっと伸びて――
私は思わず、また目を閉じた。
(……な、何?
やだ……キス、とか?)
どくどくと、心臓の音だけが響く。
私、震えてないよね……?
(バレませんように……)
でも――
彼がしたのは、
顔にかかっていた髪を、そっと耳にかけてくれただけだった。
……ちょっとだけ、
“何か”を期待してしまった自分が、恥ずかしい。
ふと、彼の声が落ちる。
「きらりちゃん。明日は記念日だ。
また朝、迎えに来る。
……もちろん、よかったらだけど」
一拍。
「明日は、二人で温泉に行こう」
(え、ええええ!?
マイクさんと、ふたりっきりで温泉旅行!?
ていうか、何の記念日!?)
彼の靴音が遠ざかっても、
私はしばらく、背を向けたまま身動きできなかった。
――けれど。
もちろん、答えはYES。
断る気なんて、
最初から、さらさらありません!
お読みいただき、ありがとうございます。
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明日、温泉郷編、最終話後編をお届けします。楽しみにしてくださると嬉しいです!




