番外編⑩ 洗濯屋、源泉を仕上げる
戦いが終わった源泉。
みんなも、私も――
弾け飛んだキンスラの飛沫を全身に浴びて、びちゃびちゃだった。
けれど、源泉には少しずつ、静けさが戻りつつある。
私は振り向いて、みんなに笑いかけた。
その瞬間。
どろり、と
額から透明な液体が、頬を伝った。
「あ……」
とりあえず、袖で顔だけ拭う。
特に私は、正面からもろに浴びてしまったから。
やっぱり……衣が、重い。
(乾かす? どうしよう……)
そう考えて、ふと気付いた。
(……?)
兵士たちも、勇者も、騎士も――マイクさんも。
なぜか全員、くるりと私に背を向けている。
(え? なんで?)
きらスラだけが、何も気にせず嬉しそうに、
ぴょんぴょん跳ねていた。
取り敢えず、一番近くの勇者に声をかけた。
「ちょっと、アレンさん?」
「い、いや……その……何というか……」
歯切れが悪い。
背中を向けたまま、もじもじしている騎士レオンにも声をかける。
「どうしたんですか? レオンさんまで?」
「あ、ああ。その――
直視しづらいと申しますか……」
……ん?
ああ、汚れてるから?
でも、それだけにしては様子が変だ。
(ま、いいや)
それより――
洗濯は最後まで、仕上げないと。
私は意を決して、警備隊長のカイルさんに声をかけた。
「カイルさん、負傷者の治療を――」
「い、いや。その前に……何と言いますか……」
「ちょっと!
何なんです、みんな!」
けれど、誰も答えない。
ぴくり、と肩が動くだけ。
私は、最後の頼みの綱のように、
マイクさんの背中に声を投げた。
「マイクさん。
ほんと、何なんですか?
説明してください!」
「……やっぱり、俺だよな……」
マイクさんは鼻を掻くと、
振り向かないまま、ぽつりと言った。
「きらりちゃん。
……ちょっと、下、見て」
(……下?)
嫌な予感しかしない。
恐る恐る、視線を落とすと――
(~~~っ!?
うそでしょ!!)
私は一気に顔を真っ赤にして、しゃがみ込んだ。
びしょびしょに濡れた聖衣が、
完全に――透けてる!!
「み、見ました!?
その……下着とか……!」
「ほんの一瞬だ。見えてないよ、たぶん」
「……たぶん?」
マイクさんはびくっとすると、
背を向けたまま、首をぶんぶんと振る。
耳が真っ赤だ……怪しい。
すると――
「はい! 勇者ですから、素早く回れ右しましたので!」
「騎士ですから!」
「隊長ですから!」
「兵士ですからっ!!」
……何それ。
意味がわからない。
(やばい……
いま私、絶対頭から湯気出てる……)
私は最後の希望を込めて、
もう一度だけ、出来るだけ優しい声でマイクさんに問いかけた。
「……ほんとですよね?」
「……ああ、うん。大丈夫だ。
白かったし、目立たなかったから……。
あ!」
ぴきっ!
マイクさんの素直すぎる言葉に、
一瞬、気が遠くなる。
私、たぶんこめかみに血管浮いてる。
「……ばっちり見てるじゃないですかっ!」
「ほんの一瞬だし、
ちゃんと、記憶から消すからっ!」
マイクさんは必死で言い訳するけど――
「~~~~!!!」
(無理~~~っ!
お嫁に行けないよう!)
マイクさんが外套を脱ぎ、
指先でつるした。
「きらりちゃん、取り敢えずこれを……」
私は勢いよく立ち上がると、
それをばさりと取り、自分の肩にかける。
やば。
マイクさんの温もり……。
あったかい。
はっと気づく。
(ふんっ!
誤魔化されないんだからね!)
そして、宣言した。
「覚悟してくださいっ!
皆さんの記憶を――
洗い流します!!」
「ちょ、ちょっと――きらりちゃん!」
マイクさんが、思わず振り向きかける。
(だめ――っ!)
「――待って」
私は、低く告げた。
「振り向いた人。
それから仮に記憶が残ってしまった人。
そのことを誰かに喋った人。
そんな人たち全員、記憶を完全に漂白しますから。
洗濯屋を甘く見ないでくださいね?」
きらスラ以外の動きが、ぴたりと止まる。
「「「「「はい――っ!!」」」」」
マイクさんも、勇者も、騎士も、兵士たちも――
見事なまでの直立不動。
(……お嫁に行けなかったら……。
マイクさん、責任取ってくださいね!)
私は、ありったけの魔力を込めて叫んだ。
「きらきらりん☆!!」
***
――こうして、源泉の洗濯は仕上げが終わった。
倒れた兵士たちの毒は消え、
笑顔と共に、ゆっくりと立ち上がる。
私の衣も柔らかに仕上がり、
池の水はきらめく。
源泉はこんこんと穴から吹き出し――
スライムたちは、陽光を弾きながら、ぴょんぴょんと跳ねる。
仕上がり、完璧。
でも――ほんとは。
記憶を洗うのは、たぶん無理。
「きらきら」にそんな仕様はない。
だから――。
「皆さん? わかってますよね?」
「はい――っ!」
よろしい。
これで、整いました!
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番外編⑪に続きます。




