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番外編⑦ 洗濯屋、仕上げに取り掛かる

「お昼にしましょう」


私の言葉に、兵士たちはきょとんとした顔をしながらも――

池の周囲の木立に沿って、そそくさと敷物を広げ始めた。


カイルさんも、包み布を広げる。


……そこで、私の足が止まった。


だって。

そこから現れたのは――

海苔を巻いた、おにぎり!


具は、なに?


おかか?

たくあん?

それとも――しゃけ?


半分に割られたおにぎり。

覗いた具は――


「――しゃけ!」


うう……。

この国、どこまでも私の好みを的確に突いてくる。


食べたい……。

やばっ。よだれが……。


一瞬、カイルさんと目が合い、慌てて視線を逸らす。


半分、くれたり――しないよね?


……いやいや。

まだ洗濯の最中ですから。


ぶんぶんと首を振り、私は木陰で三人と並んで腰を下ろした。

おにぎりをぱくつくカイルさんを横目に、

鞄からパンを取り出す。


目の前で、ぷるぷるしているのは――

“きらきら”で洗ったら、すっかり懐いてしまったスライム、きらスラ。


ぱき、とパンをちぎり、

ぷるぷるの前に置いた。


ぷるん!


嬉しそうに震え、

パンくずを取り込むきらスラ。


「たんとお食べ」


もう一切れ、もう一切れと与える。

勇者が、目を細めた。


「洗濯屋殿、それは?」


「いい子には、ご褒美です」


「……いい子に、ご褒美……」


勇者と騎士が目を合わせ、同時に呟く。

マイクさんが、二人をじろりと睨んだ。


ん?

……ま、いっか。


一切れ与えるたび、きらスラはぷるぷると震える。


やがて――

ざわざわ……。


源泉の奥から、気配。


……上手く行った、かな?


ぼとっ。


一匹。


ぼとぼとっ。


また一匹。


源泉の穴から、

ぷるん、とスライムが転がり落ちてくる。


「あっ……!?」

「これは……?」

「出て来た!?」


三人が声を上げる。

兵士たちはざわめき、

それぞれ立ち上がって剣に手をかけた。


でも私は、すっと手を上げて制した。


「みなさん、まだです。

 そのまま、待っていてください」


「しかし洗濯屋様……」

「今なら――!」


「大丈夫。この子たちは、もう穢れが落ちています。

 それに、一匹でも残ったら、意味がありません」


静かに、けれどはっきりと告げる。


「汚れは、出し切らないと。

 洗濯は、終わりません」


ぽとり。

ぽとり。


まるで雨垂れのように、

スライムが次々と穴から落ちてくる。


落ちるたび、湧き水は勢いを増していった。


その瞬間――


ぼとぼとぼとっ!


源泉の穴から、

一気にスライムが溢れ出した。


「で、出てくる……!」

「止まらんぞ!?」


雪崩のように、スライムたちが落ちてくる。


――てか、何匹いたの……?


「まだです」


それでも私は、落ち着いて言った。


「最後まで」


……そして。


ぼとり。


たぶん――

最後の一匹が、

源泉の穴から転げ落ちた。


ざっと、百匹以上はいたかも。


「きらりちゃん……もしかして、餌で釣ったのか?」


「マイクさん、正解です!」


私は立ち上がり、口に手を当てて叫んだ。


「――今です!

 穴に戻れないよう、邪魔してください!」


「指示に従うんだ。剣は抜くな!」


カイルさんの合図と同時に、

食べかけのおにぎりはそのままに、

兵士たちが一斉に池へと飛び込む。


残されたおにぎりには、

ちゃっかり池から上がったスライムたちがとびつき、

次々と消化していく。


(あ、うらやま……私も食べたい……)


「戻すな!」

「穴を塞げ!」


それでも、穴の中に戻ろうとするスライムもいる。

池の中で、ぽちゃん、ぴちゃんと跳ね回るスライムたち。


「だめだ!」

「こっちに来るな!」


きらきらと水しぶきを上げながら、

必死にスライムを振り払う兵士たち。


それはまるで、

いかつい兵士たちが、

スライムたちと水遊びをしているみたいで――


……なにこの、微笑ましい絵面……。


思わず、笑みが零れた。


(だめだめ、笑ってる場合じゃないから)


いよいよ、仕上げに取り掛かる。

私は池の前に進み出て、両手を掲げる。


「きらきらりん☆」


今度は少し強めに魔力を込め、

手のひらから、光が走る。


それは、スライムではなく――

源泉の奥、通り道そのものへ。


きらきらとした光が、

穴と穴の間をなぞるように広がっていく。


ぷる……。


スライムたちは、

もう戻れないことを悟ったように、

大人しくその場で震えた。


……よし。


これで、水脈の穢れも落ちたはず。


ふうっと息を吐くと、

ずぶぬれの勇者アレンと騎士レオンが振り向き、

濡れた髪から、きらきらと水滴が舞い散った。


一瞬、ドキッとする。


……これぞ、水も滴るイケメンズ……!


「……終わった?」

「終わったのか……?」


ぴょん、ときらスラが私の肩に乗り、ぶるぶると震えた。


「どうしたの?」


怯えたように、すり寄ってくる。


(そっか……そうなんだね……)


少し間を置いて、私は首を振った。


「――そうだと、良かったのですが……」


様々なものを洗ってきた洗濯屋の勘が告げている。

この洗濯――

まだ、終わっていない。


「皆さん、静かに池から出てください」


兵士たちも、仲間たちも、スライムたちも池から上がり、

全員で息を呑んで、源泉を見守った。


静けさが源泉を包み、

聞こえるのは、こんこんと穴から湧き出る水音だけ。


しかし――。


ズズズズズズ――。


地鳴りのような音。


そして、穴の一つから、

黒い液体が――

とろり、と一筋垂れた。


それは、

嫌な予感が、確信へと変わった瞬間だった――。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけましたら、

★評価やブクマをくださいますと、とても励みになります。


番外編⑧に続きます。

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