番外編⑥ 洗濯屋、きらスラと出会う
そのスライムが出た穴から勢いよく温水が湧き出る。
歓声を上げた兵士たちが剣を抜いて池に近付いた。
「少し、お待ちいただけますか?」
私の言葉に、カイルが手を挙げ、兵士たちを制する。
その一匹は池から飛沫と共に跳ね上がり。
兵士たちの視線を受け、ぷるぷると震えた。
そして意を決したように、
ぴょんぴょんと跳ねながら私に近付いてきた。
……あ。
この子、私の魔力に反応してる?
「きらりちゃん! 危ない!」
「聖女殿!」
勇者も騎士も、警備隊長もすらりと剣を抜く。
既に抜き身の剣を手にしたマイクさんが、
私の前に進み出た。
……その立ち位置、完全に庇うやつだ。
でも。
「マイクさん、待ってください。あのきらきらした瞳。
攻撃の意思はありません」
「きらきらした……瞳……? どこに……?」
マイクさんの目が真ん丸だ。
「……比喩です!」
一拍置いて、私は言い切った。
確かにスライムに目はない。
けれど、私にはわかる。
全員の動きが止まり、
そのスライムはマイクさんたちの横をすり抜け、
私の足元に辿り着いた。
そして、様子を見るように少しぷるぷるすると――。
ぴょん。
私の肩に、ぷよんと飛び乗る。
(やっぱり……)
「きらりちゃん……」
マイクさんが心配そうに私を見る。
剣を持つ手が震えてる。
ちょっと嬉しい……かも。
「マイクさん、大丈夫ですよ。
この子たちにもちゃんと心があります」
「スライムに……心?」
「はいっ。
穢れを洗い落としたあとには、
魔物にもちゃんと心が残るんです」
「なるほど……」
固唾を飲んで皆が見守る中――
肩のスライムが身体を寄せ、私の頬にすりすり。
頬に触れる、暖かくて瑞々しい感触。
……やばい。かわいい。
その場にいる皆の視線が集まっている。
「こ、これは……?」
目を見開いたカイルに、私は答える。
「テイムしたんです。
これは、きらきらスライム。
略してきらスラです」
ふふ……マイクさんのきらゴブ命名を真似てみたんですよ。
マイクさんに目配せすると――彼は鼻を掻く。
ふふふ……マイクさん、照れてる。
「……洗濯屋殿は、そんなことまで出来るのですか?」
「きらりちゃんはこれまでも、
ゴブリンや狼、飛竜もテイムしてきたんだ。
スライムぐらいわけないさ」
カイルの質問に、マイクさんが答えた。
「ひ、飛竜っ!」
カイルさんの叫び声。
私は頷き、にっこりと笑いかけた。
彼は感心したように大きく頷いた。
「洗濯屋様はすごい!
ゴブリンに飛竜、それにスライムをテイムするなど聞いたことがありません!」
その言葉に、勇者アレンと騎士レオンは胸を張り、
何故か誇らしげ。
私は肩のきらスラに微笑みかける。
……けれど。
「……やっぱり、変ですね」
私がそう言うと、
皆、一斉にこちらを見る。
「変、とは?」
カイルに私は首を振った。
「出てきたのは一匹だけ。
他のスライムもテイム出来ているはずなのに、出て来ない」
源泉に巣くっているのは、スライム。
退治しても退治しても、どこからか湧いてくるらしい。
なら、まだ沢山いるはず。
……もしかしたら。
(何か、出られない訳がある?)
そのとき。
ぷるん。
肩口で、きらスラが小さく跳ねた。
私の視線に気づいたのか、
ぷるぷる震えながら、ちょこんとすり寄る。
「……あ」
そっと、頭――もとい、身体を撫でる。
ぷるる。
嬉しそうに震えるきらスラ。
その瞬間。
源泉の奥で――
ざわりと、空気が揺れた。
「……今、何か……」
「穴の中が……」
……やっぱり。
(この子たち、つながってる)
私は微笑んで高らかに言った。
「じゃあ――
お昼にしましょうか」
私の声が山間にこだますると――
「……は?」
「昼、だと?」
驚いた声。
まあ、そうなりますよね。
「はい、皆さんもご一緒に。
お昼にしましょう!」
「ええええええ――っ!」
みんなが顔を見合わせる中――
私は陽だまりの中、ただにっこりと微笑んだ。
私の予想が正しければ――
これで洗濯物の奥の汚れが浮かび上がるはず。
本格的に洗うなら、それから。
私は肩にちょこんと座るきらスラに微笑みかける。
「お昼にしましょうね」
彼は嬉しそうにぷるんと飛び跳ねた。
「皆、洗濯屋様の指示に従うんだ」
カイルの鋭い声が兵士たちに飛び、
私たち四人も木陰へと歩き出した。
……こうして洗濯屋きらりは、
“きらスラ”と出会ったのだった――。
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番外編⑦に続きます。




