第九話 不穏
――ねぇ、あたしはおまえの味方だよ。
少女は手を差し出し、笑いかけてくれる。
――だから……そんなに怯えないで。
顔の造形は曖昧で、よく思い出せないけれど……巫女服。……巫女服か。
社務所に行けば、会えるのかな。
この子はいったい、誰……?
***
「……秤? どうしたよ」
髑髏の声が耳に入り、私ははっと我に返る。
秋の庭に「少女」らしき姿はなく、「春」や「夏」の庭と同じ大木が、中央にそびえたっているだけだった。
真っ赤に色づいた葉がはらはらと舞い落ちる。「春の庭」の桜の花弁と同じように、無限に葉を落とし続ける大木。
その周りには大量のススキが生い茂り、風を受けてさわさわとそよいでいた。恐ろしいほどに満ちた月が、まるで見降ろすようにしてススキの穂を黄金に照らしている。
夏の庭が黄昏だったように、秋の庭が夜であることの意味は、きっと、この社に住む「神」しか知らない。……聞いたら教えてくれるのかな。案外、答えてくれそうな人(蛇?)柄ではあるけれど……。
「ごめん、ぼーっとしちゃってた」
「何か、厭なもんでも視えたかい?」
「……そういうのじゃないよ。嫌な感じはしなかったかな」
涼しい風が頬を撫でる。
髑髏は「へぇ」と呟いた後、特にそれ以上を追及してくる様子はなかった。
「秋の庭だってんなら、食いもんの一つもありゃあいいのにな」
「もしかして……髑髏って、結構食いしん坊?」
冗談交じりに問うてみる。
さっきみたいに、気さくな態度で返してくれると――思ったのだけど。
「……ハハッ」
その笑みは、ひどく乾いていた。
「飢えたことがなきゃ、わからねぇよな」
低く、掠れた声が、夜闇に溶ける。
……あれ。もしかしてこれ、言わない方が良かったのかな。
「気にすんな嬢ちゃん。次に行こうぜ」
にっこりと笑う「片側だけの顔」。
気さくで人のいい――安心させるような、表情。
そういえば。
私が入った山には、「落ち武者」の伝承もあったような。
――曰く。山の中には落ち武者の霊が出て、生きている人間を地獄へ道連れにしてしまう……
「次は冬だ。……そろそろ、深くなってきた頃合だな」
……深く?
その言葉の意味を、問うことはできなかった。
本当に、本当に馬鹿な選択だとわかってはいるけれど……
ただただ、その先を知るのが怖かった。
***
手を引かれるまま、冬の庭へと向かう。
想像した通り、そこは見渡す限り、一面の雪景色だった。
うっすらと白ずんだ空の下。大木は、雪の重みなど意にも介さないかのように、堂々と幹を広げている。
「……すごい……」
圧巻の景色に、思わず息を飲んだ。
積もった雪に触れようと、手を伸ばす。……が、冷たい感触すらもなく、白い塊は指先をするりとすり抜けてしまった。
「まやかしだよ。結局はな」
突き放したような髑髏の声。
それは、そうだ。偽物でなければ、こんな美しい、四季折々の庭なんて作り出せない。
……けれど、たとえ偽物だったとしても――この美しさを見せたい、魅せたいと思ったから、この庭はここに存在するわけで……
私には、この光景をまやかしと切り捨てることはできそうになかった。
「……嬢ちゃんはアレだな。感受性ってのが強いのかもしれねぇ」
「そ……そうかな。確かに、演劇はやってたけど……」
「なんにせよ、気に入ってくれたのは何よりだ」
穏やかに微笑み、髑髏は再び、骨の手を差し出してくる。
「……なぁ。もう少しだけ、見ていかねぇかい?」
「え? 四季の庭以外にもあるの?」
「ああ……もう一つある。とっておきのがな」
どんな庭だろう。もしかして、桜と新緑とススキと雪が全部見られるとか……?
いや、そこまで来るとやり過ぎかな。……そうなると、植物の種類を変えていたりするのかな……?
「夏の庭で、大きな洞を見たろ?」
「……あったね。確かに」
今は雪に覆われてしまっているけれど、全ての木が同じ木であるのなら、当然この木にだって洞があるはずだ。
「……こうやって、雪の中に突っ込んで……」
雪はまやかしなのだから、構わず突っ込んでいけばいい。言われてみれば当然のことなのだけれど、見た目はどうしても冷たそうでドキドキしてしまう。
「ほら、こっちだ。はぐれんじゃねぇぞ」
「あ……ありがと……!」
骨の指に縋るようにして、後に続く。
やがて暗闇が視界を覆ったかと思えば――すぐに、開けた。




