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【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―  作者: 譚月遊生季
最終巡 結ノ章 ― 天道 ―

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第四十六話 約束

「ましろ!」


 扉を開け放ち、名前を呼ぶ。

 巫覡たちがはっとこちらを振り返り、どよめく。

「秤さんっす!」「良かった……!」「間に合ったんだね……!」なんて声も聞こえた。


「蛇神さま、蛇神さま! 来られましたよ!」


 おりんさんが、泣き出しそうな声でましろに語りかける。

 その視線は、明らかに「床」の方に向けられていた。


「う……」


 力なく横たわる姿は、既に人の形を保てていない。

 かつて覚范の侵攻に遭った時のように、下半身が巨大な白蛇と化している。


「ど、どうしたの? 大丈夫……!?」


 ぐったりとした身体を抱き寄せ、声をかける。

 私の顔を見た途端、ましろの瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちた。


「蛇神さまは、悲願を成し遂げられました。途中、覚范の分霊による妨害もありましたが……皆さまが退けてくださったおかげで、どうにか儀式は成功いたしました」


 巫覡の誰かが説明してくれているのはわかる。わかるけれど……心が(はや)って、なかなか耳に入らない。

 儀式が成功したのは伝わったけど、ましろは、どうしてこんなにも苦しそうなの……?


「……あたしが説明するね」


 おりんさんが私の肩に手を置き、視線を合わせてくれる。

 私の不安を感じ取ったのか、まず、「蛇神さまは大丈夫」と前置きしてくれる。


「ただ……力をたくさん使ってしまったから、しばらく眠る必要があるの」

「……それは……本当に、眠るだけ……?」

「そうだよ。冬眠みたいなものかな。……でも……その間、神域は縮小せざるを得なくなる。何よりも……貴女みたいに、器のない亡者を置いておくことができなくなる」


 おりんさんの瞳が、わずかに暗く沈む。

 ……そうか。だから私の指、透けてたんだね。

 逆に言えば、死者である私が、まるで生きている時のように過ごせていられたのも、ましろのおかげだったってことだ。


「い……いやじゃ……」


 私の腕の中で、ましろはか細い声で呟く。

 ぽろぽろと涙を溢れさせながら、ましろは、冷たい手のひらで私の頬を包み込んだ。


「嫌じゃ、嫌じゃ……! わらわが眠ってしもうたら……お前さまは今度こそ、死を迎えてしまう……!」

「ましろ……」


 ましろは、私の前世(朱乃)の死を見送り、長い孤独を味わった。もちろん、慕ってくれる民はいた。身を案じてくれる配下だって、こんなにもたくさんいる。……それでも、隣で支えてくれる人はいなかった。

 どれだけ寂しくても、心細くても、彼女は「神」で在り続けた。……在り続けなくてはならなかった。

 そう、願われてしまったから。……そう、朱乃(わたし)が呪いをかけてしまったから――


「大丈夫だよ」


 冷えきった手を握りしめ、額に口付けを落とす。


「約束したからね。そばにいるって」


 今なら、わかる。

 私がこの神域に辿り着けたのは、ましろに会おうとしていたからだって。

 遠い記憶を無意識に(おぼ)えていた魂が、犬首村へと誘ってくれたんだって……


 だから、言い切れる。


「今度こそ忘れない。迎えに行く」


 ましろの胴が、じわじわと蛇の姿へと変わっていく。

 それと同時に、私の身体も、足の先から透けるようにして消えていく。


「よく頑張ったね。刹鬼も、ましろにすごく感謝してるって言ってた。髑髏だって、同じ。本当に、本っ当にましろは凄いし、偉いんだよ。忘れたくても、忘れられないよ」


 真っ白な髪を撫で、鱗の浮かぶ頬を撫で、しっかりと抱き締める。

 ましろの姿形を、体温を、匂いを、魂を、少しでも憶えておけるように。


「……約束じゃぞ」

「うん。約束だよ。誰にも、ましろの隣を渡したりしない」

「破ったら、容赦せぬぞ」

「末代まで祟る?」

「そ、そんな非道なことはせぬ……!」

「あはは。そこは脅してくれていいのに。……本当に、ましろは優しいね」


 取り留めのない会話をしながらも、ましろの姿は蛇に近づいていき、私の身体もゆっくりと消えていく。

 ついに片腕がなくなり、首元がびっしりと鱗に覆われたところで――青ざめた唇に、そっとキスを落とす。


「愛してる。……ゆっくりお休み」

「……うむ……。待っておるぞ、お前さま……」


 ぱさりと、床に衣が落ちる。

 静かに横たわる白蛇に、見守るように寄り添う巫覡たち。


「秤さんは……?」

「旅立たれたみたいだね……」

「うう……ありがとう……ありがとう、秤さん……っ!」

   

 私の姿は、もう、誰にも見えていないらしい。


 意識が遠ざかり、何かに導かれるように引っ張られていく。

 ふわりと浮かんでいるような、それともすとんと落下しているような……不思議な感覚の後、聞き覚えのある声を聞く。


「秤殿、此方だ」

「早く並びな! おれらはちっとばかし徳を積んだからな。早めに()()()かもしれねぇぜ」


 視界が開ける。ぞろぞろと並ぶ人影の列の中、見覚えのある顔が、二つ――

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