第四十五話 無常
「……どうしたよ。蛇神様のところに行かなくていいのかい?」
眠るように横たわる刹鬼の頬を撫で、髑髏は私に問うてくる。
……かけるべき言葉が見つからない。何を言っても、余計になってしまう気がした。
「早く行ってやりな。顔を見せてやらなきゃ、蛇神様も不安で不安でたまらねぇだろう」
「……うん」
もちろん、すぐにでもましろの元に駆けていきたい気持ちはある。
それでも……今ここで、伝えなきゃいけないことがある気がした。
「ありがとう、二人とも。……また、会おうね」
髑髏は「おうよ」と頷くと、ひらひらと手を振って送り出してくれる。
爽やかな笑顔は、喪失を感じさせない。むしろ、満ち足りているようにさえ見えた。
「またな、秤」
その声を背にして、私は、本殿へと向かった。
走る途中。
肩に乗せた子蛇が、再び、髑髏の声を伝えてくる。
でも、髑髏の姿は見えない。……髑髏と刹鬼を二人きりにするために、影に隠れているのかな。
「間に合って良かったよ。おかげで、看取ってやれた」
髑髏の声は悲しいほど優しくて、温かい。
……もちろん、刹鬼が返事をすることはない。
「……願わくば……もし、『次』の生があるんなら……また、相棒になってくれ。……ああ、伴侶ってのも、悪かねぇな……。……ずっと、ずっと、一緒にいてやるからな……」
刹鬼に向けて語りかける言葉が、次第に掠れていく。
……あれ。
そこで、ようやく気が付いた。
髑髏はあれだけ力を使ったはずなのに、何も食べていない。
どさりと、地面に何かが落ちる音。
……後には、静寂しか残らなかった。
「……髑髏……」
思わず足を止め、呆然と呟く。
死にきれなかった骸は、他者の魂を喰らい続けることで無理やり永らえていた。
渇望の果てに、彼は選んだんだ。
愛する人と、共に逝く道を。
髑髏の腕の中で、幸せそうに微笑んだ刹鬼の姿を思い出す。
眠りについた刹鬼の頬を撫で、満ち足りたように笑った髑髏の姿を思い出す。
「……二人とも、お疲れ様」
餓鬼道に囚われた骸も、修羅道に呪われた鬼も、もういない。
子蛇がちろちろと赤い舌を出し、私の頬を舐めてくる。……もしかして、慰めてくれているのかな。
「大丈夫だよ。……行こう」
涙を拭き、先に進む。
私には、まだやるべきことがある。
***
本殿に辿り着き、扉に手をかける。
明確な違和感が、一瞬、私の動きを止めた。
「……あれ?」
扉にかけた指が透けている。……かと思えば、すぐに形を取り戻した。
脳裏に、ましろの言葉が蘇る。
――神域も幽世とはいえ、器のない魂が長居できる場所ではないのじゃ。多少の妄念や執着では、どうにもならぬ
不安を飲み込み、扉を開く。
別れが近いのなら、尚更だ。……早く、ましろの顔が見たい。言葉を交わしたい。
頑張ったねと、大好きだよと、伝えたい。
そして、少しでも見届けなきゃ。
ましろが選択した未来を――




