第四十四話 安息
「……刹鬼の!」
髑髏の叫びが、脳裏に反響する。
「墓だ! チビが墓を掘りたがってる!」
チビ。……子蛇のことだ。あの子たちが、髑髏に伝えてくれたんだ……!
「……!」
刹鬼がはっと息を飲み、笑みをこぼしたのが見えた。
「秤殿……見つけられたか……」
途端に、覚范の分霊が墓を守ろうと一斉に襲い来る。
「『骨刃牢』!」
降り注ぐ骨の刃が、分霊たちの動きを阻む。
「刹鬼の! 頼む!」
「ああ……任された……!」
刹鬼は刀――哀哭の刀身に沿わせるように、黒い影を纏わせていく。
ずぶりと刃が地面に沈み込み――宮寺の中に、おぞましいほどの絶叫が轟いた。
「やった、届いた……!」
思わず声が上がる。
これで、覚范を倒せるはず……!
「其処か……其処におるのかぁぁあ……!!」
……が、覚范もタダでは終わらなかった。
塵と化し始めた指先を構うことなく、声の聞こえた方向へと一直線に襲いかかってくる。
「うそ……!?」
覚范は最後の力を振り絞り、私へと覆い被さる。
必死に抜け出そうと身を捩り……「それ」を見つけた。
「……髑髏、刹鬼。ありがとう……っ!」
骨でできた小刀。
刹鬼が案を出し、髑髏が作ってくれた武器だ。
「巡り」が不完全だったからこそ、「前」から持ち越せた、護身用の武器――
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
覚范は悶え苦しみ、床をのたうち回る。
喉に突き立った小刀を引き抜いたところで、もう手遅れだ。
私を捕まえようと伸ばされた腕が、ざらざらと崩れて消えていく。
「やはり……お主は……排除すべきであった……」
恨み節を呟きながら、塵になりかけた身体で、覚范はにじり寄ってくる。
子蛇が、私を庇うように前に出てくれる。「大丈夫だよ」と呟き、私は、覚范にそっと語りかけた。
「いい加減、楽になりなよ。『外法』に執着し続けるの、そろそろしんどくない?」
その言葉に、覚范は目を見開き、自嘲するように笑う。
「色即是空……か。愚僧も……経典を……学ぶべきであったな……」
そのまま、覚范のすべては塵と化し、消えていく。
……後には、ぼろ切れのようになった袈裟のみが残された。
***
「髑髏! 刹鬼……っ!」
二人がいる庭へと走り、その惨状に、思わず足が止まる。
亡者や分霊の姿は既になく……残されていたのは血溜まりと、髑髏に抱えられた刹鬼のみだった。
「そんな……刹鬼……」
刹鬼の傷は、酷いなんてものじゃなかった。
右腕は肩の先から失われ、左の脚も、膝から下が失われている。直垂と具足の上からはわかりにくいけれど、胴体から流れる血もおびただしくて……
代償にどれほどの血肉を奪われたのか。……どれほど、その身を削って闘ったのか、否が応でも伝わってくる。
「……髑髏、この傷……回復するのにどれだけかかるの……?」
私の問いに、髑髏は静かに首を横に振った。
「……治らねぇ。呪いはもう、刹鬼を癒さねぇんだ」
「え……?」
呆然と呟く私に、髑髏は淡々と答える。
その瞳は、憂いを帯びて暗く沈んでいた。
「分かってたことだ。死にたくとも死ねねぇ生き地獄を与えることが、刹鬼を苦しめた呪いの力。……生きたくなっちまえば、そこで終いなんだよ」
「……っ、そんなの……酷いよ……」
呪いだからと言ってしまえばそれまでだ。
でも……あんまりだ。
刹鬼は今までたくさん苦しんできたのに、散々つらい思いをしてきたのに。……幸せに生きることさえ、許してもらえないの……?
「約束したんだよ。……看取ってやるって」
刹鬼の顔にかかった緋い髪を払い除け、口元の血を拭い、髑髏は愛おしげに語る。
……その声は、震えていた。
「秤……殿……」
「……! な、何? どうしたの、刹鬼……?」
名前を呼ばれ、慌てて刹鬼の近くに駆け寄る。
死が避けられないのなら、せめて。最期の言葉くらいは、聞き逃したくなかった。
「蛇神さまに……感謝を……吾には勿体ないほどの……救いであったと……」
「……うん、分かった。ちゃんと伝えるね」
掠れた吐息のみで発せられる言葉は、とても弱々しくて……
刹鬼はもう助からないのだと、嫌でもわかってしまう。
「……もし……『次』が……あれば……」
息も絶え絶えに、刹鬼は、どうにか声を絞り出す。
もう喋らないでと、止めることはできなかった。……刹鬼は今、悔いを残さないように頑張っているんだ。
「髑髏の……また、貴殿と……並び立ちたい……」
髑髏の骨の手が、刹鬼の手を握り締めたのがわかった。
片側しかない顔から、透明な雫が溢れ、ぽたりぽたりと地面に落ちる。
「ああ……おれもだぜ、相棒……」
刹那。
散々刹鬼を蝕み、苦しめ続けた呪いが、最後の最後に微笑んだ。
黒く染まっていた刹鬼の眼が、人間らしい形へと戻っていく。爛々と輝いていた緋色の瞳も、穏やかな光を称えた赤茶色の瞳に変わる。
「ああ……」
苦しげだった表情が、一転、歓びに染まる。
刹鬼の白い手が、髑髏の顔に伸びる。
「やはり……男前であったか」
その言葉で、確信する。
最期の瞬間になって、刹鬼は、髑髏の素顔を見ることができたんだ。
呪いに歪められていない、本当の視界で――
「小兵衛。……愛している」
「小兵衛」……髑髏の生前の名前だ。
真名を呼ばれた瞬間、髑髏は堪えきれなくなったのだろう。噛み締めた歯の隙間から、噛み殺しきれなかった嗚咽がこぼれ出す。
隻眼からぼろぼろと涙が溢れ、髑髏は、泣き崩れるようにして刹鬼を強くかき抱いた。
「ああ……おれもだ……! おれも、愛してる……! 愛してるよ、景正……!!」
幸せそうに微笑む刹鬼の瞳から、静かに光が消えていく。長い口付けの果てに、残された左腕がぱたりと地面に落ちた。
辺りがしんと静まり返る。
私は一言も、声を発することができなかった。
気付けば、私の頬にも、大粒の涙がいくつも筋を作っている。
呪いに蝕まれ修羅道に堕ち、狂気に侵された武者は、
誠実かつ実直ゆえに、自らの咎に悩み、苦しみ抜いた青年は、
長すぎる道の果てに、ようやく、安息を手に入れられたんだ。




