第五話 眷属
目が覚めたら、既に日は高く昇っていた。
昨夜、隣から嫌というほど圧をかけてきた柔らかい肉の質量は、今はすっかり消え失せている。
……こうして気になるから、小さくしてくれと頼んだのに……。
「ん……」
二、三度瞬きして、霞んだ視界をどうにか晴らす。
ちろちろと何かに舐められているような気がするが、気のせい……
じゃ、ない。
朱いつぶらな瞳が私を見つめている。
……蛇だ。
それも、一匹じゃない。
小さな白い蛇が、三~四匹はいる。
「~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴を上げた私に向けて、「何じゃ、起きたのか」と呑気な声がかけられる。
男の姿になった蛇神が、もう二~三匹の蛇を頭や肩の上に乗せて、何やら本を開いていた。……何をしているんだろう。まさか、読み聞かせ……?
「あの、これ、何ですか……?」
「儂の眷属……まあ要するに、子供らじゃ」
「……えーと、父親なんですか? それとも、母親?」
「? 儂だけで産めるが」
「『当たり前じゃろ』って顔やめてください」
そういえば、蛇って種類によっては単為生殖するんだったっけ……?
それとも、「神」だからできるってこと……?
「儂の眷属とはいえ、この子らはただの蛇に過ぎぬ。あまり増やしすぎると餌が不足するでな……加減せよと、巫覡の皆にはよく叱られておる」
子蛇の頭を撫でながら、蛇神は事も無げに言う。
餌。
その言葉に、引っかかりを覚えてしまった。
……覚范入道は言っていた。
蛇神は、私の名に……「私自身」に、興味がない、と。
まさか、私を「餌」として見ているの……?
背中に冷たい汗が伝う。
……ここにいて、いいのかな。
信じても、大丈夫なのかな。
「おお、そろそろ巫が朝餉を運んでくる頃じゃ。早う布団を仕舞わねば、また叱られてしまう」
「……そう、ですか」
食事が喉を通るとは思えないけれど、ひとまず頷いておく。
また、長い一日が始まりそうだ。
***
朝餉を終えると、蛇神はどこかに出かけると言う。何やら仕事が山積みらしいけれど……何の仕事をしているのだろう。
「あの、このあたりを見て回ってもいいですか」
ともかく。
それなら、私にもやりたいことがある。
「……ふむ」
私の問いに、蛇神はしばし迷う素振りを見せた。
「そうじゃな……。お前さまの自由を奪うのは、儂とて本意ではない」
眉根を寄せ、難しい顔をしながらも、蛇神は静かに頷く。
「良いじゃろう。……が、いくつか守ってもらわねばならぬことがある」
「何ですか?」
私が問うと、蛇神は渋い顔をしたまま指を三つ立て、こちらに見せてきた。
「ひとつめは、此処に住まう者達に深入りせぬことじゃ」
立てた指のうち一つを折り、そう告げる。
「ふたつめは、これは既に伝えたが……決して、宮寺には近づいてはならぬ」
……宮寺。
「外法僧正」が、いるところだ。
途端に疑念が膨らむ。この忠告を、どこまで、信じていいのだろう。
「そして、最後に持ち物を……いや、ちと待て。実物を持ってきた方が早いな」
「実物……?」
ぽかんとしている私を手で制し、蛇神は部屋の隅からゴソゴソと大きな木箱を持ってくる。
蛇がモチーフの透かし彫りに、螺鈿の細工が煌めいている。……凝った意匠からして、大切なものを入れているのだろうか。
「おお、あったぞ。これじゃ、これ」
蛇神は嬉しそうに言うと、木箱の中から小さな鈴を取り出した。古びているようにも、真新しいようにも見える鈴が揺れるたび、ちりん、ちりん、と可愛らしい音が鳴る。
「まずは、これを持っておけ」
「何ですか、これ」
「何かあった時、すぐに駆けつけられるじゃろう?」
「私のこと、猫か犬だと思ってます?」
「気に食わんか? 儂にとってはお守りのようなものじゃが……」
呆れつつも、一応受け取っておく。
お守りのようなものだと言われてしまえば、無下にするわけにもいかない。
「それと……これも使えはするじゃろうな」
続いて取りだしたのは、同じく古びているのか真新しいのかよく分からない鏡だった。
手のひらサイズで、鏡面は綺麗に磨かれており、周りからは「それなりに可愛い」と言われる私の顔もくっきりと映っている。
「鏡……?」
「相手によっては、これが効く。……通じぬ相手もおるがな」
「相手によっては」という言葉が気になるけれど、さほど大きな鏡でもなし、有難く受け取っておく。
鏡が退魔に役立つのは、聞いたことのある話だし……。
「わが子らを連れていくのも手じゃぞ。役に立つか立たぬかでいえば……まあ、いないよりマシじゃろう」
そう提案する蛇神の方で、つぶらな瞳の白蛇がキラキラと私を見つめている。
「……分かりました……」
とっても断りにくかったので、一匹だけ、懐の中に入れておくことにした。
「これで、一先ずはよし。……くれぐれも、気を付けるのじゃぞ」
私を見つめる表情はどこか優しく、裏があるとはとても信じられない。
……でも。
本殿を背にし、貰った鈴を握りしめる。
お母さんだって、そうだった。
思い出すのはどれも優しい表情で、かつての私は、愛されていることを微塵も疑っていなかった。
……お母さんでさえ、そうだったんだ。
疑念は燻ったまま、いつまでも消えてくれない。




