第四十二話 決戦開始
「お前さま」
宮寺に向かう直前。ましろに呼び止められる。
「わらわは……これより、わらわの為すべきことを為すつもりじゃ。されど……」
ふっと、朱い瞳が伏せられる。
「村を浄化した『先』に何が起こるかは、分からぬ。それが恐ろしくないといえば、嘘になるのじゃ」
神にさえ、分からない未来。
怖いのは当たり前だ。……私だって、本当は怖いんだから。
「大丈夫。……その『先』でも、私はそばにいるから」
亡者のままでは存在が保てないなら、今度は、以前とは違う覚悟を持って眷属に生まれ変わろう。
もし、それすら叶わなかったとしても、今度は忘れない。転生したって、覚えていてみせる。もし離れ離れになったって、探し出してみせる。
もう、ましろに寂しい思いなんかさせない。
「また何か怖いことがあっても、一緒に乗り越えよう」
今にも崩れ落ちそうな身体を抱き締め、そっと囁く。
ましろは「……うむ」と柔らかく返事をし、ゆっくりと身体を離した。
「ありがとう、秤」
大輪の花が咲くような、満面の笑みだった。
この神域に来て、私は初めて、彼女の心からの笑顔を見た。……ようやく見れた、とさえ思う。
「わらわは、必ずや成し遂げよう。……その時は、お前さま。わらわを、たくさん褒めてくれるか?」
「うん。いっぱい褒める。嫌になるくらい褒める」
唇にひとつキスをして、背中に回した腕をゆっくりとほどく。
まだまだ名残惜しいけれど、時間は限られているし、仕方がない。
本殿に向かうましろの背を見送り、私、髑髏、刹鬼は、数匹の子蛇たちを連れて宮寺へと向かう。
「……もう少しぐらい、欲張っても良かったんじゃねぇか? 舌入れるとか」
「髑髏の、余計なことは言わずとも良い」
横から夫婦漫才が聞こえてきたので、にやりと笑って言い返しておいた。
「その辺は……頑張ったご褒美ってことで」
「言うねぇ。蛇神様も、良い伴侶を見つけたもんだ」
「……。吾は何も言うまい」
「なんだい? 刹鬼のもご褒美に欲しいってか」
「い、要らぬわ……!」
***
宮寺に辿り着くと、子蛇ちゃんが一匹、ぴょんと肩に乗ってくる。
不思議に思っていると、脳内に、具足を着た足元の映像が流れ込んできた。
「……お? 二人の足元が見える……?」
私の疑問には、刹鬼が答えてくれた。
「秤殿は確か、霊媒師の才があるゆえ……今は、眷属殿の視界が見えておるのでは?」
「はぁー、便利だねぇ。離れた場所にいても、おれ達の様子が分かるってこったろ?」
髑髏の補足に、なるほど、と頷く。
この子達はクローンだから、視界の共有ができているってことか。……というか、視界が共有できるから、ましろが遠くの様子を見るのにも役立ってたんだっけ。
「……うん。何かの役に立ちそう! ありがとね」
子蛇ちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに頭を擦り付けてくれる。本当に可愛いなぁ。……蛇だった頃のましろも、こんなふうに懐いてきた気がする。
……なんて、戯れている間に、髑髏が宮寺に違和感を見いだしたらしい。
「……っと、結界を貼ってやがるな。警戒してんのはあちらさんも同じってこった」
辺りに、ひりつくような緊張感が漂う。
「されど……此処を守るということは、すなわち。此処が、弱点だと申しておるに同じ」
刹鬼の声に、髑髏は「そうさな」と頷き、骨の腕を宙に翳した。
「『餓者髑髏』散華――『斬骸』」
そう呟いたかと思うと、地面に大きな裂け目が現れる。黒々とした裂け目から、白骨の欠片が吐き出されるように飛び散り、髑髏の顔や身体に鎧のようにまとわりつく。
骨の手の中には白骨で組み上げられたような槍が現れ、髑髏は身の丈より大きなそれを片手でくるくると回した。
「自分で槍を振るわなきゃならねぇのは面倒だが、節約には持って来いだ」
そのままあっさりと結界を斬り裂き、髑髏は先導するように宮寺の中へと足を踏み入れる。
「吾らも行くぞ」
「うん……!」
私も、刹鬼と共に髑髏の後に続いた。
境界を超えた途端、息苦しいまでの禍々しい空気が私を押し潰す。鼻が曲がりそうな血の臭いに、肌を焦がすような熱気……それでも、どうにか耐えて踏ん張った。
「……早速、出迎えか」
「景気がいいこった」
刹鬼と髑髏の視線の先には、蠢く亡者たち。
血塗れの亡者、焼け爛れた亡者、身体に穴の空いた亡者……様々な亡者が、宮寺の入口を埋め尽くすように立ち塞がっている。
「……みんな、それじゃ覚范の味方してるのと一緒だよ……! 本当にそれでいいの!?」
私の問いかけに呼応するように、一斉に歪な声が沸き上がる。
――ダマレ!
――奴ニハ責メ苦ガ足リヌダケ
――奴ニ復讐スルハ我ラダ!
――神ノ慈悲ナド要ラヌ
――地獄ハ地獄デナケレバナラヌ……!!
怨嗟の叫びを聞いて、理解した。
……もはや、話の通じる相手じゃない。
もちろん、彼らは本来被害者だ。怨みすら利用されてしまって、哀れだとも思う。
だけど、このままにはしておけない。
「……髑髏、刹鬼。お願い」
「ハッ……言われなくても分かってらぁ!」
「『哀哭』よ。……出番ぞ」
髑髏は骨の槍を構え、刹鬼は愛刀に手を伸ばす。
刹那。
両断された亡者たちの凄まじい悲鳴とともに、道が開けた。
「行け。『依代』を探し終えるまで、吾らが持ち堪えよう」
刹鬼の腕の先で、抜き身の「哀哭」がぎらりと輝き、私の進むべき道を指し示す。
「おうおう……はりきっちまって……」
髑髏はへらへらと笑いながらも、刹鬼の斬撃が届かなかった亡者を、槍の一閃でなぎ倒していた。
「……ありがとう! 二人とも、また後でね!」
そうしている間にも、宮寺の中からは際限なく亡者が溢れ出す。
怯えている暇なんかない。意を決し、道を塞がれる前に内側へと飛び込んだ。




