第三十九話 反撃
「かの宮寺は、扱いとしては『神域』の外側……わが『呪血』の力を振るうことが、可能にございまする」
刹鬼の語る「勝算」は、以前目にした「呪血阿修羅」のことだった。
……確かに、見た目からしても強大な形態だったし、あれだけ大量にいた覚范の分霊を、刹鬼ひとりで退けられたのも事実だ。
「おい……また、やるつもりか。あれがどれだけ身を削るか……あんたが一番よくわかってるはずだろ」
眉を顰める髑髏。
ましろも髑髏と同じように渋い顔をしていて、なかなか首を縦に振りそうにない。
「……刹鬼、分かっておろうな。その力は犬上の血脈に根付いた業の力。代償に求められるのは、己の血肉じゃ」
「分かっております。……先程も、腹を抉られましたゆえ」
顔色一つ変えず、刹鬼はとんでもないことを言う。
だから、髑髏はあの力を使って欲しくなかったんだ。間違いなく、刹鬼が傷つく力だから。
「されど、終わらせねばならぬのでしょう。次の『巡り』で最後になる可能性があるのならば、因業を断ち切るべきです」
刹鬼は気が逸るのか、傷付いた身体を構うことなく起き上がろうとする。そんな刹鬼を手で制し、ましろは深いため息をついた。
半身を起こした刹鬼の身体を、髑髏がそっと布団に押し戻す。……髑髏の眼光は、全然「そっと」って感じじゃないけど……。
「……そうじゃな。安穏と刻を過ごし、いずれ来るべき破滅を待つのではなく……苦艱を経てなお、『神』として在るべき道を選んだは、他でもない妾じゃ」
憂いを帯びたその瞳が、一瞬、過去を追想するように細められ――
ふっ、と、懐かしげな微笑が漏れた。
「それにしても……刹鬼。己は変わったのう」
「……? そうでしょうか」
「妾に仕えたばかりの頃は暗い顔ばかりしておったし、常に存在せぬ『悪鬼』に怯えておった。何かあれば自らの喉を掻っ切るわ腹を捌くわ――まこと、手の焼ける修羅じゃった」
「…………今でも、申し訳ないと思うております」
「そう自らを責めるでない。髑髏なぞ、もっと手を焼いたものじゃ。なんせ、すぐに『つまみ食い』をしようとするからのう……」
気まずそうに項垂れる刹鬼の横で、髑髏も気まずそうに頬を搔いている。
この様子だと、髑髏も相当問題児だったんだろうなぁ……。
「妾は……『神』など名ばかりの化生じゃ。それでも、己と髑髏を導けたこと、嬉しく思うておる。神域に連れてきたこと、己ら二人を組ませたこと――今、此処にこうしておることこそが、妾の選択を肯定してくれるのじゃ」
「……もったいなきお言葉にございます」
「あー……突然、その……なんです? ……むず痒くて仕方ねぇでさ」
感極まったように呟く刹鬼に、照れ臭そうな髑髏。
そう。私だけじゃない。髑髏と、刹鬼もそうだし、巫覡たちだってそうだ。
ましろは今まで、たくさんの人を救ってきたんだ。……もっと誇っていい。もっと、胸を張っていい。
本当に……凄いことなんだよ、ましろ。
「……して。覚范を斃す術じゃが……」
私の熱い視線に気付き、ましろは頬を赤らめてこほんと咳払いをする。
待って。本当に可愛い。抱きしめたくなってしまう。……でも、今は我慢……!
「覚范は……刹鬼と同じで、不死身なの?」
私の問いに、刹鬼は静かに首を振った。
「否。覚范の再生は、覚范自身の術によるものだ」
「術? 反魂の術とか、そういうの?」
「おっと、惜しいねぇ。どっちかって言うと、ありゃ『身代わり』だ」
今度は、髑髏が私の問いに答えてくれる。
どうやら、「巡り」を経たことで、術の正体にはある程度目星がついているみたいだ。
「依代じゃ。彼奴は、依代を用いておる」
ましろが、髑髏の解説を引き継ぐ。
身代わり。依代。……要するに、普段姿を見せている「覚范」も実は仮の姿だと……
「つまりは……隠されし『本体』を斃す必要がある、ということじゃな」
「本体」か……。
結界で封印されていることを考えても、宮寺の中にあるとしか考えられないけれど、この言い方だと、まだ見つけられていないのかな。
うう、なんだか厄介な隠し方をしていそう……。
「その『依代』に、心当たりはないの?」
「『巡り』の中で依代の正体を探っては来たものの……一向に、見つからぬ。初めはあの観音像かとも思うたが……」
うーん、やっぱり見つかっていないんだ。手強いなぁ……。
「観音像、違ったんだよなぁ。ぶち壊して、ちっとばかし申し訳ない気分になっただけだったぜ」
「髑髏のは、楽しそうに壊しておったと記憶しておるが……」
「そうだったっけか?」
まあ、髑髏はかなり激しく覚范を憎んでいるだろうし、楽しそうに壊すのも仕方ない気はする。……私だって、同じ立場なら嬉々として壊したかもしれない。それはそうとして、後で申し訳ない気持ちになるのもわかる。
変だよね。元はと言えば、民を犠牲にして造られた、しかも権威付けのための像なのに……仏具ってだけで、壊しにくい気持ちになるんだから。
……でも確かに、あんなに目立つ観音像を依代にはしないよね……。頭の切れる男だろうし、隠すならそれなりに捻ってくるはず。そうなると、細かいところまで、隈なく探す必要があるわけで……
「……よし、分かった。私がその、『依代』を探すよ」
私の言葉に、ましろは目を見開く。……が、私の意思を尊重してくれたんだろう。
「まずは話を聞こう」とばかりに、口を噤んだのが見えた。
「髑髏と刹鬼には宮寺内で闘ってもらって、その隙に私が探索する……これが、一番効率がいいと思うの。どう?」
「……ほー、言うねぇ嬢ちゃん。なかなかの心意気だが……」
「宮寺の中は、危険ぞ。覚悟の上か」
にやりと笑う髑髏に、静かに覚悟を問う刹鬼。
大きく頷き、はっきりと言い切った。
「あるよ。ましろがこんなに頑張ってるんだから、私だって力になりたい」
「……お前さま……」
ましろの声が、かすかに震える。
朱い瞳を見つめ、青白い手をそっと握り締め――更に、伝える。
「ましろ、安心して。きっと、成功する。いいや……成功させてみせる!」
私はもう、無力な亡者なんかじゃない。
ましろが光を与えてくれたから、こうして笑えるようになった。未来を信じられるようになった。
だから、次は私の番。
ましろの行く道を、光で照らしてあげるんだ。
「……うむ」
ましろはしっかりと頷き、私の手を握り返してくれる。
「信じておるぞ、お前さま」
冷たいはずのその手は、確かな熱を帯びているように感じた。
「では……次の『巡り』を起こすまで、しばし休息じゃ。髑髏の力と刹鬼の肉体を、少しでも回復させておかねばの」
ましろの言葉に、刹鬼は少しだけ上体を起こし、深々と礼をする。
「承知。お心遣い、感謝いたします」
「へいへい。こうなりゃ、とことん付き合ってやりますよ」
髑髏も軽い口調で応えつつ、刹鬼の顔を覗き込む。
「刹鬼の、無茶すんなよ。おれがあんたの分まで働いてやりゃあ文句ねぇよなあ?」
「……髑髏の。それは貴殿に無理をさせる、という意味ぞ」
「おいおい、おれが人様のために無茶してやる器だと思うかい? それぐらい朝飯前だから言ってんだよ」
「吾とてまだ闘える。このような傷、傷のうちにも入らぬ」
髑髏と刹鬼が互いに強がり出したので、ぱんっと手を叩いて中断させておいた。
「はいはい! 二人とも、そこまで! 喧嘩してる暇があったら休む!」
「……うむ。秤殿の言う通りだ」
「……そうさな。ほれ、寝ろ寝ろ。何なら添い寝してやろうか?」
「要らぬ」
やっぱり、二人は仲良しだなぁ。
険しい状況は変わらないはずなのに、見ているとついつい和んでしまう。
……覚范は難敵な上、私たちの力は万全じゃない。……それに、目的である「村の浄化」を果たしたとして、亡者である私がいつまでここに居られるのかも分からない。
これからどうなるか、何もかも分からないことだらけだ。
それでも。
私たちならきっと、乗り越えられる。
最後の「巡り」は、もう目前だ。




