第三十七話 恋人たち
「ん……お前さま……」
まどろみの淵から目を覚まし、ましろは、まだ惚けた表情でこちらを見た。
頬を撫でると、嬉しそうに目を細めて私の手に擦り寄ってくる。その仕草は、白蛇だった頃を思わせるほど……なんというか……小動物的というか……あざとさの塊というか……
「……あー……可愛い……」
「な、なんじゃお前さま、突然……!」
愛おしさが限界値を超えてしまったので、ぎゅっと抱きしめる。
なんでこんなに可愛いんだろう。天使なのかな。いや、神か。
「あー……ちょっと良いか?」
と、障子の向こうから、低い声がする。
ハッとそちらの方を見ると、影が気まずそうに鎮座しているのが見えた。
「刹鬼のを休ませてやりてぇんだが……」
「……髑髏の……余計なことは言わずとも良い……」
苦笑するような髑髏の声と、掠れたような刹鬼の声。
思考がまだ固まっているところに、追撃が届いた。
「いやいや、いいんだぜ? おれらだってその布団の上で散々愛し合った仲だしな。イチャつくこと自体に文句は言わねぇさ」
「やめろと言っている……!」
そこで、気付く。
障子に映った髑髏の影が、刹鬼の影を背負っていることに――
ましろと一緒に飛び起き、枕元に畳んであった衣服を慌てて着込んだ。
障子を開け放つと、ぐったりと髑髏の背に身を預ける刹鬼の姿が目に入る。廊下には点々と血の跡が残され、苦しそうな吐息が傷の深さを伝えてくる。
まず、悲鳴にも似た叫びをあげたのは、ましろだった。
「い、いやいやいやっ!? 刹鬼、酷い傷ではないか……!」
「ひ、ひえぇ……ごめんほんとごめん!!!」
私とましろが赤くなったり青くなったり場が混乱する中。
髑髏はいつになく真剣な表情で、言葉を続けた。
「存分にイチャついてもらって構わねぇが……今回ばっかりは、刹鬼のを労わってやりてぇんだ。……頑張ってもらっちまったからな。寝かせてやってくれねぇか」
自分の肩にかかった緋い髪をすくい上げる表情は、餓鬼道に堕ちた武者とは思えないほど穏やかで――
まだ不安定なところや、制御できない「飢え」に蝕まれる瞬間だって残されているのは知っている。……それでも、髑髏は変われたんだ。
刹鬼に出逢えたことによって。
「吾に構わずとも……」
けれど、刹鬼は強がっているのか、それとも遠慮しているのか、首を横に振った。
「蛇神さまが、どれほど永くこの刻を待っておられたか……」
「いやいやいや! その身体で強がるでない!! ほれ、早う横になれ!」
「ほんとにごめんってば!!!」
「刹鬼の、休まねぇならおれが無理やり休ませるぜ。なぁに安心しろ。優しくはしてやるから」
「髑髏、笑顔怖い!?」
……こうして、強情な忠臣は無理やりにでも布団に担ぎ込まれ、私達はその枕元で話し合うことになった。
「すまぬな……刹鬼」
髑髏が刹鬼の身体に簡易な手当てを施すのを、ましろは申し訳なさそうに見ている。
大きく抉れた腹が目に入り、私も思わず生唾を飲んでしまった。こんなの、絶対に痛いに決まっている。
「今の妾では、己の傷を癒してやることもできぬ」
覚范の企みで、大幅に力を失ってしまったせいだ。
本来は「神」の力で癒してあげられるはずなのに、それができない……。表情から、ましろの歯がゆい思いがありありと伝わってくる。
「心配せずとも……吾は既に『死』を奪われた身。傷はいずれ癒えまする」
刹鬼はあくまで平気だと言わんばかりに淡々と告げ、髑髏が大きくため息をつく。
「『いずれ』っつったって、今は回復がめちゃくちゃ早いわけじゃねぇだろうが。その傷なら三日はかかるぞ」
……そうか。
不死身であっても、傷は長く残るし痛むんだ。
髑髏が「無茶をするな」と言うのも当然だよね。
「……髑髏の。余計なことは言わずともいい」
「なーにが余計なことだ! 高潔ぶるのも大概にしろよな!」
刹鬼がなおも意地を張るので、髑髏の方に加勢することにした。
プライドや忠義も大事かもしれないけど、自分のことも大事にして欲しいよね!
「そうだそうだ! これだから頭修羅道は困るんだよね!」
「だよなぁ秤! もっと言ってやれ!」
「髑髏は刹鬼が大好きだからこそ、刹鬼の身体をもっと大事にして欲しいんだよ!」
「……されど、闘うのは吾の役目にて……」
なおも「役目」を口にする刹鬼に、髑髏の何かがブチッと切れた音がした。
「刹鬼、今のたぶん良くない。絶対怒らせたよ」
「しばらく外に出てな嬢ちゃん。今からたっぷり『躾』してやる。ちっと手荒になるかもだがな……」
髑髏に押し倒され、刹鬼は「な……っ、いったい、何をする気なのだ……!?」と顔を赤くする。
どうしよう。焚き付けた手前、止めるべきかどうか悩む。刹鬼も刹鬼で意地っ張りだし、髑髏は髑髏で頭に血が上ってるし……
「髑髏、それでは本末転倒じゃ。無理をさせるでない」
「……へーい」
……が、ましろに窘められ、髑髏は渋々傷の手当てに戻った。
「刹鬼も……頼む。今はせめて、休んでくれぬか。これは、妾からの命令じゃ」
「……は、はい。蛇神さまの命とあらば……」
刹鬼も顔は真っ赤なままだけど大人しくなったし、まあ、良しとしよう。
……さて、肝心なのはここからだ。




