第四話 疑心
神社の本殿に上がり、そのまま寝泊まりを勧められるなんて、初めての経験だ。
本来、其処は神様の住まい。人間である私が寝食を共にするなんて、有り得ないのだけど……
「好きに過ごすが良い。本もげぇむもあるぞ」
「……このカセット……ファンコン? やけにハイカラなものがあるんですね」
「神域では、時間の流れなど無意味なものじゃ。ほれ、さらに未来のげぇむもあるぞ」
「ゲーム……? CDですよね、これ」
「この……ぷれいすとりぃと? という機械に入れるとな、げぇむが始まるのじゃ。ほれ」
見覚えのない四角い箱にCDを入れると、コードで繋がった画面が光り輝き、荘厳な音楽が鳴り響いた。かと思えば、緑鮮やかな草原と、透き通る様な青い空が映し出される。
「……は? これ、録画ですよね」
「儂も最初はそう思った」
……やはり、この「蛇神」には人知を越えた力があるのだろう。
こんな薄くて大きいテレビも見たことがないし、もし存在したとして、こんなに綺麗な画面は見たことがない。
「……というか、部屋の区切りが無さすぎますよね。寝る時も一緒のつもりですか?」
広い割に部屋の造りは正しく伽藍堂で、個人の空間なんてものはあったものじゃない。
……むしろ、その方が「監視」できるから都合がいいの……?
「何か問題があるのか?」
私の指摘に、蛇神はきょとんと目を丸くした。
「あります。大アリです。私、一応年頃の乙女ですよ。男性と一緒に眠るなんて――」
「なるほど、『妾』の方の姿であれば構わぬのじゃな」
「……」
なんの葛藤もなく女性になられてしまうと、もう黙るしかなかった。
「お前さまが望むのならば、蛇の姿でも妾は一向に……」
「あー! 人間の姿でお願いします!」
さすがに蛇の姿は洒落にならない。
寝ている間に喰われそう。思いっきり、丸呑みで。
「やれやれ、人間は面倒なことを気にするものじゃ」
「……あの……目のやり場に困るので、その胸、もう少し小さくできません……?」
「何? 次はちちの大きさにまで文句をつけるのか? 妙な話じゃ、大きければ大きいほど好ましいとも聞いたのじゃが……」
「ち……違っ、文句があるとかじゃ……。……や、やっぱり、何でもないです……」
やりにくい。
心底、そう思った。
***
床についたところで、寝付けるはずがない……と、思っていたのに。
よほど疲れていたのか、私の身体は自然に眠りに落ちていた。
──そして、また、夢を見た。
「のう、そこの娘。愚僧の声が聞こえるか」
男の人の声……。……愚、僧? お坊さん?
「絶対に行くな」と言われた宮寺と、何か関係があるのかな。
「おお、良かった。届いておるようだ」
語りかける声は、とても聞きやすい。
はきはきとした、精気に満ちた声だ。
「ひとつ、お主と話したいことがあってな」
……なんだろう。
もしかして……あの「蛇神」について……?
「おっと、その前に、お主の名を聞いても構わんか」
私の名前?
ええと……どう伝えればいいんだろう。
悩んでいると、声は向こうから意思疎通の方法を教えてくれた。
「何。念じれば良い。それで愚僧には伝わるでな」
わかった。
……城島。城島秤。
「秤か。良い名だ。しかと、覚えておくぞ」
それはどうも……。
ところで、貴方は?
「愚僧の名か? 覚えるに范と書いて覚范。……そうさな。覚范入道とでも呼ぶといい。位は僧正を賜っておる」
ふぅん。偉いお坊さんなんだね……。
……思いっきり生意気な口聞いてました。ごめんなさい。
「好い好い、そのようなことは気にしておらん。気楽に過ごせ。なんせ、愚僧は此処で『外法僧正』などとも呼ばれておる」
外法僧正? どうして、そんなふうに呼ばれているの?
「簡単なこと。愚僧はな、酒と女を愛しておるのだ」
…………。正直だね……。逆に信用できそうかも。
「はっはっはっ、言うではないか」
からからと笑う「外法僧正」こと、覚范入道。
生臭坊主なのだろうけれど、面白くて話しやすい人だ。
「……ところで、秤。『蛇神』は、お主に名を聞いたか?」
……え?
聞かれてないけど……
「……やはりな」
……どういうこと?
「簡単なことよ。名を聞かぬということは、お主の身の上に興味がないということ。『お主が誰か』を問うていない、ということだ」
確かに、言われてみれば、「蛇神」は私に名前を聞いたことがないし、当然、名前を呼んだこともない。
……ずっと、「お前さま」としか、呼ばれていない。
……それって……。
「この意味を、しかと考えよ。……おっと、そろそろ悟られてしまうな。残念だが、説法はここで終いだ」
ま、待って!
まだ、聞きたいことが……!
「まあ焦るな。また縁が繋がることもあろう。……楽しみにしておるぞ、秤──」
覚范入道の声が、暗闇の中に消えていく。
……私の心に、確かな疑念の種を撒いて。




