第三十三話 阿修羅
「刹鬼の! 右が『覚范』だ!」
「相分かった……!」
髑髏の的確な指示が飛び、刹鬼の爪が、私に追いすがる分霊を切り裂く……が、分霊は次から次へと現れ、キリがない。
山の中腹ぐらいにはたどり着けたと思うけれど……蛇神のいる社には、まだ遠い。
「……髑髏の。此処は神域の外。『呪血』の力は封じられておらぬ。――秤殿を、頼めるか」
刹鬼が何かを思いついた様子で、髑髏に語りかける。
「ああ……アレか。気乗りしねぇが……仕方ねぇな」
髑髏はため息をつきながらも、渋々といった様子で、骨の手を天へと翳した。
「『餓者髑髏』散開――『骨刃牢』!」
髑髏の一声に呼応するようにして、「餓者髑髏」の骨がバラバラに散った……かと思いきや、散開した骨が雨のように降り注ぎ、刃のように地面へと突き刺さる。
私と、刹鬼および覚范の分霊たちを分断するように、巨大な骨のドームができあがった。
「隙間には軽い結界を張っといた。……つったって、長くは保たねぇがな」
「構わぬ。……蛇神さまには、秤殿が必要であろう」
「……ああ。存分に暴れていいぜ。ただし……」
風に揺れる緋色の髪が、骨の檻をわずかに超える。
骨の指がそれを掬いあげ、優しく漉くようにして、すぐに解き放った。
「ちゃんと、帰って来いよ」
髑髏の言葉には静かに頷いたかと思うと、刹鬼は黒い爪を長く伸ばし――
自らの掌を、刺し貫いた。
「顕現――『狂狗・呪血阿修羅』」
赤い血の雫が地面に落ちた――その、刹那。
刹鬼の顔を覆う鬼の面が変形し、異形と化した眼が姿を現す。犬の牙を模したような面頬が、顔の下半分のみを覆った。
背中から四つ、黒い影が突き出て腕のような形を成す――その姿はまるで、翼を広げているようにも見える。
影の腕が黒い刃を構えると同時に、刹鬼の血が滴った地面から、二つ、「犬の頭」にも似た影が現れる。影は主に付き従うように、それぞれ刹鬼の両肩の付近へと浮かび上がった。
「疾くと行け。吾の眼に、敵味方の区別はつかぬ」
刹鬼の異形の眼差しが、一瞬、私たちの方を向いた――かと思えば、すぐさま覚范の分霊たちの方へと向き直る。
「……行くぞ秤!」
髑髏は未練を吹っ切るようにして、私を肩に担いだ。
「刹鬼の! 協力してやったんだから、後で酒盛りにでも付き合えよなぁ!」
毒づくように吐き捨て、髑髏は疾風のように走り出す。
「ありがとう! 刹鬼!」
私の言葉が聞こえていたかはわからない。
……けれど、遠目で本当に「そう」だったかもわからないけれど――
頷いてくれていたように、見えた。
***
社にたどり着いたところで、髑髏の肩から降ろしてもらう。
丹塗りの鳥居を潜ったところで、ぞっとするような悪寒が背筋を撫でた。
何か、良くないことが起こっている。……そんな予感が、脳裏に渦巻く。
「……秤。気をつけな」
髑髏も同じ想いのようで、いつもの軽口は鳴りをひそめ、鋭い眼光で神域の奥を睨みつけていた。
「門番がいねぇ」
その言葉で、はっと気が付く。
そうだ。髑髏と刹鬼を連れて行くからって、門番を彦五郎さんに任せたんだった。
……まさか。
覚范の襲撃は、こちらにも及んでいるの……?
髑髏とともに、注意しながら神域を進む。
社務所の扉を開き、髑髏が苦々しげに呟いた。
「……誰もいねぇな……」
私が出かける前は、あんなに賑やかだったのに。
今はがらんとしていて、誰かが隠れている気配すらない。
脳裏に、最初の「巡り」の記憶が蘇る。
針の山に刺し貫かれた巫覡たちの姿――あんなもの、もう二度と見たくないのに。
「本殿に行こう。まずは、蛇神に会わないと……!」
私の提案に、髑髏も「そうさな」と頷く。
逸る心をどうにか宥めながら、本殿へと向かった。




