第三十一話 友
「人柱とか口減らしとか、まあ、昔はよくある話だしねぇ」
「むしろ、何かあった時の生贄が人間じゃなく『犬の首』なだけで、結構優しい方じゃ? 昔は人柱だったけど、変わっていったんだろ?」
「それ、そもそも変えてくれたのが蛇神さまだよ。犬上家の領地になった段階で、頑張って働きかけたんだってさ。……狗神の供養も兼ねてね」
普通の村。
よくある話。
……人間が積み重ねてきた悲劇の歴史も、昔は「有り触れたもの」だった。
それが、「当たり前」の時代があったということだ。
「山の怪異もまあ……髑髏と刹鬼っすからね。話が通じる時点で、ずいぶん穏当っすよね……」
「むしろ、人間に敵意がある『神』だったりすると、怪異がいるよりよっぽど怖いよ。……暮越山の大神みたいに」
「でも、決して『いい村』でもないんだよねぇ。良くも悪くもありがちって言うか、人間ってそんなもんっていうか?」
「それはそう」
人間ってそんなもん。
その呟きは、諦めのような、悟りのような――それでいて、「赦し」のような響きをしていた。
「土砂災害とかは、結局のところ運でしかないからね。……蛇神さまは、かなり気にしてたみたいだけど」
……今なら、蛇神の立ち尽くす姿が、容易に想像できる。雨に濡れたまま、滅びた村の惨状を見ていることしかできなかった姿が、見てきたかのように浮かぶ。
どれだけ、「神」としての無力を嘆いたのか。「契り」を守れなかった自分を責めたのか――
「……『朱乃』って、巫女のことは……何か、知ってますか?」
おそらく、「朱乃」はここにいる巫覡たちと同じような存在――蛇神に救われて仕えていた巫女で、何らかの理由で死後に仕える道でなく輪廻の理に戻ることを選んだ……と、私は推測したのだけれど。
皆の反応は芳しくなかった。
「……朱乃?」
「知ってる?」
「さあ……」
もちろん、彼らが歴代の巫覡の名前を覚えていない可能性は十分にある。
時代が被っていない人の方が大半だろうし……
と、思っていると。
「あ、鈴の人じゃない? 蛇神さまの友達!」
おりんさんの言葉が、騒めきの中で凛と響いた。
「あー……蛇神さまが大切にしてる、お守りの鈴かい?」
「そうそう! 『朱乃という――かけがえのない友からもらったものじゃ』って言ってた気がする」
かけがえのない「友」。
「配下」である巫覡たちとは、はっきりと扱いが異なる表現だ。
「あたしからすると、『友情』よりはもっと別の感情に見えたけど……」
「へぇー、そんな人がいたんすか」
おりんさんと彦五郎さんの話し声が遠くなる。
鈴を渡してきた時の、蛇神の言葉が、はっきりと脳裏に蘇る。
――気に食わんか? 儂にとってはお守りのようなものじゃが……
凝った意匠の木箱に、大切に入れられていた鈴。
あの鈴は、「朱乃」――かつての「私」に、もらったものだったんだ。
ちりん。
何かを訴えるように、聞き覚えのある鈴の音が響く。
そうだ。あの鈴。
今回の「巡り」では、持ったままなんだ。
しゅるりと、真っ白な子蛇が袖の隙間から顔を覗かせる。
どこにいたの? もしかして、隠れていたの? なんて疑問も浮かぶけれど、小さな口に咥えられた鈴が私の視線をさらう。
ちりん。また、鈴の音が鳴る。
憶い出して、と、言わんばかりに。
「……その鈴、蛇神さまがだいぶ前から持ってたような……」
「じゃあ、ここじゃなくて、『旧社』の方が良いんじゃねぇ?」
「ええ、あそこは行くの危ないよ……」
……「旧社」と聞き、刹鬼の言葉を思い出す。
程なくして、覡の彦五郎さんも「あ!」と声を上げた。
「あの伝言、そういうことっすか!」
刹鬼は、どこかで察していたんだろう。
真実にたどり着くには、「旧社」に行くしかない、と。
「……彦五郎さん。門番の代役、お願いしていい?」
「わかりました! ……あの二人ほどは強くないし、代わりになれるかわからないっすけど……」
恐縮したように言いつつ、彦五郎さんは少し照れたように頭を掻く。
「……なるべく、早く帰ってきてね」
……と、そこで、おりんさんが、珍しく沈んだ声で語りかけてきた。
「た、たぶん大丈夫です! 髑髏も刹鬼も、二人一組でいれば心強いことこの上ないし……」
「そうじゃなくて……」
おりんさんの表情は、どこか、思い詰めているようにも見えた。
「あたし、最近なんだか怖いの」
震える声で、言葉が紡がれる。
「……自分が、自分でなくなっちゃいそうな、そんな予感がして……」
どうしてか。
揺らぐその瞳の奥に、あの「外法僧正」の影が見えたような気がした。
***
門番を彦五郎さんに任せ、ボディーガード兼案内役の髑髏と刹鬼を連れて、旧社に向かう。
「……怨嗟が根付いてるっていうけど、悪霊の気配はそんなにしないね」
「そりゃ、おれが喰ったからな」
けろっとした顔で言う髑髏。
え、それ、いいの……? と、私が問う前に、刹鬼が答えてくれた。
「悪霊の類は、喰っても構わぬことになっている。……無論、蛇神さまが裁定した後に、ではあるが」
「溢れても碌なことにゃならねぇからなぁ。まとめて『餓者髑髏』に収まってくれた方が扱いやすいだろうよ」
「……髑髏の。その『餓者髑髏』の魂を鎮めてくださっているのも、蛇神さまぞ」
「わぁってるよ。蛇神様のおかげで制御できてんだ。ちゃあんと感謝してますよ」
髑髏の口調は軽いけれど、しっかりと蛇神への信頼を感じる。
刹鬼は言わずもがな、蛇神の「忠臣」であることが疑いようもないくらい、その口ぶりからはっきりと伝わってくる。
「それに、おれの相棒に巡り逢わせてくれたのも蛇神様だしなぁ?」
「……それは、吾も同じ気持ちだが……。……無駄口を叩かず、先へ進むぞ」
照れたように口を噤む刹鬼に、口笛を吹いて「な、可愛いだろ?」となぜか私に向けて得意げにしてくる髑髏。
仲良しだなぁ。……なんだかちょっと、羨ましいかも。
「油断は禁物ぞ。悪霊の類はほとんどおらずとも、残留思念は残っておろう」
刹鬼の言葉に、思わず背筋がピンと伸びる。
……そうだね。魂としてはっきりとした形がなくとも、「想い」はそれだけで、強い力に成り得るんだ。
だからこそ、蛇神は私を匿ってくれた。……それはきっと、滅びた村に残された怨嗟が、それだけ凄まじいということでもある。
門番二人に守られていたおかげか、道なき道を進んでいたのにもかかわらず、山を登るのは難しくなかった。
次第に、古びた鳥居が遠目で判別できるようになる。朽ちかけ、色褪せた鳥居にたどり着くと、心細いくらいの静寂が私たちを包んだ。




