第三十話 選択
「大丈夫かい、嬢ちゃん」
声をかけられて、はっと我に返る。
追想にふけってしまった私を心配したのか、刹鬼も黙ってこちらを見つめている。
「……。私……」
一度決心したはずの心が揺らぐ。
このまま死を受け入れ、輪廻の理に還るのが、人間としては正しい在り方だ。
でも――「私」としては、どうなの?
「城島秤」として生まれる前、私は「朱乃」という巫女だった。
「朱乃」は蛇神に「村を守って」と……呪いにも似た「契り」を、彼女に背負わせてしまった。
そんな「私」が、このまま「城島秤」として死を受け入れ、もう一度蛇神を置いて逝くことが――果たして、正しい選択といえるのかな。
「まだ、やるべきことがある……そんな、気がする」
私の言葉を、門番二人は、黙って聞いてくれる。
「私は……この村のことを、知らなきゃいけないんじゃないのかな。『朱乃』のことも、憶い出さないといけない気がする」
前世での忘れ物に、けりをつけられていない以上……
私にはまだ、やらなければならないことがある。
「やるねぇ。良い眼をしてやがるぜ、嬢ちゃん」
髑髏が、ふっと笑みをこぼしながら言う。
「よくぞ、決断なされた。その志に、敬意を表しよう」
刹鬼が、深く頷きながら言う。
「私、社務所に行ってくる! 巫覡のみんななら、何か知ってると思うし……!」
「おう、行ってきな行ってきな。納得できるまで調べんのが吉だぜ」
ひらひらと、骨の手を振って送り出してくれる髑髏。
私が駆け出そうとしたところで、刹鬼が「しばし待たれよ」と、呼び止めてきた。
「えっ、な……何?」
「覡の……彦五郎殿にお伝え願えるか」
彦五郎って……確かに、そんな名前の覡がいた気がする。
ちょっと身体が大きい人だったかな……?
「もし『旧社』に行かねばならぬのであれば、吾と髑髏のが随行するゆえ、門番は頼む。……そう、お伝え願おう」
「……あー……なるほどね。そりゃ、大事かもしれねぇな」
何が何だかわからないけれど、髑髏には伝わっているらしい。
私が「わかった。そう伝えるね!」と返事をすると、髑髏の方も「んじゃ、ついでにおれも一つ、助言しておくかね」と言い出した。
この場での「助言」……かなり重要そう。しっかりと身を固くして、耳を傾ける。
「蛇神様は、『ずっと女の姿でいてくれ』って言やぁ、応えてくれるだろうぜ」
「待って、何の話?」
「大事だろ。お前さん、いっつも乳ばっか見てたじゃねぇか」
「えっ、嘘!? そんなに見てた!?」
助言は助言だったけど! そうじゃなくて! いや、正直ちょっとだけ嬉しい気持ちはあるけど!!
っていうか、私そんなにわかりやすかった?? 嘘だよね……!?
「髑髏の。あまり揶揄うものではないぞ」
刹鬼が、ため息をつきながら助け舟を出してくれる。
ありがとう刹鬼。このままじゃ、恥で地面に埋まりたくなってるところだった……。
「おっと、そうさな。おれは刹鬼の……あんたの乳の方が好きだぜ」
「そ、そういう話はしておらぬ……!」
刹鬼の肩に手を回し、わざと私にも聞こえるようにして囁く髑髏。
あからさまに動揺し、顔を背ける刹鬼。
ああ、なるほど。
二人も――そう、だったんだ。
心の中のつっかえが、静かに解けていくような感覚。
私は……「私」でいてもいいんだと、背中を押されたような気がした。
「……ありがと。髑髏、刹鬼。また後でね!」
「おう。元気が出たみたいで何よりだ」
「……うむ。まあ、良しとするか……」
手を振り、今度こそ社務所の方へと向かう。
「犬首村」について。
「蛇神」について。
そして――「朱乃」について。
調べないといけないことは、山ほどある。
***
社務所に行くと、彦五郎さんの姿はすぐに見つかった。
刹鬼からの伝言を伝えると、「んー……? 難しいことは分かんねぇけど……まあ、言いたいことは伝わった気がするっす!」といい笑顔で答えてくれる。優しい人で良かった。
社務所には、他にも多くの巫覡が働いていた。
少なくとも10人以上はいるけれど、20人はさすがに超えていなさそう……かな?
蛇神について聞くと、みんながみんな、「感謝している」とか、「世話になった」という旨のことを口々に言うので、慕われているんだと私も胸が温かくなる。
その中には、おりんさんの姿もあった。
……今回の「巡り」では、まだ、覚范に取り入られていないのかな。
「昔ちょっと落ち込んでて心配だったっすけど、今は、頑張って『神様』やってくれてるんで、みんな安心してるっす」
「代わりに忙しくなっちまったけどねぇ。まあ、何かのために頑張るのってのも、悪かないよ」
「暗い顔してふさぎ込んでるより、よっぽど良いよね。……おみちは、その方が良かったのかもだけど」
おりんさんの言葉に、みんなが一瞬、表情を曇らせる。
おみち。……追放された巫女の名前だ。
「あ、わかってるの! 蛇神さまは間違ってない。おみちは……本当に、やってはいけないことをしたから。あの子の欲望は、叶えてはいけないものだった。……気付けなかった自分が、不甲斐ないくらいだよ」
……どうやら、以前の「巡り」でおりんさんが言っていたことは、本来のおりんさんの想いとは異なっているみたいだ。
そうなってくると、覚范に言い包められたのか……覚范が、「人の思考を操る術を持っている」か……。どちらにせよ、厄介な相手であることに間違いはない。
「蛇神さま、むしろ甘すぎるくらいだからねぇ。もっと早く追放しても良かったくらいだよ」
「そこは明確に弱点だよなぁ。外から怪異拾ってきた時も、『犬じゃねぇんだから』って思ったし」
「刹鬼さん、いい人だけどね。結果を見れば、髑髏さんも連れてきて正解だったのかも」
「……で、あの二人って付き合ってるの?」
「何言ってんの。どう見ても付き合ってるでしょ」
「髑髏が『このところおればっか妬いてやがる。刹鬼のにも嫉妬して欲しいんだよなぁ!』ってクダ巻いてたの見た人いるかい? 面白かったよ」
「うわ。あの骸、酒癖まで悪いんすか……」
口々に語る巫覡たちの表情は明るく、彼らがみな、人柱や口減らしのために親に見捨てられた過去を持つのが信じられないくらいだった。
きっと、それも蛇神が望んだことだろう。
それがどれだけ苦難に満ちた道筋だったのか、私には想像すらできないけれど……彼らがこうやって笑い合える世界を造り上げたのは、間違いなく彼女なんだ。
「犬首村は……どんな村でしたか?」
本当は、聞くのは悪いかなとも思った。
……思い出したくないことだって、たくさんあるだろうし。
でも、返ってきた言葉は、意外なものだった。
「どんな村……。うーん、普通の村じゃない?」




