第二十四話 儀式
その後、私は巫女たちによって着替えさせられ、あれこれ意味のわからない儀式めいたことをさせられたうえで本殿へと連れていかれた。
世話をしてくれた中には、おりんさんもいた。たぶん、その時は覚范信者じゃなかったのかな? そして……もう一人。おみちさん、だったかな。三回の「巡り」の中で出会わなかった巫女もいた。
おりんさんは励ましてくれていたけど、おみちさんとは必要最低限の会話しかしていないから、どんな人なのかはよく覚えていない。
「お前さま、準備はできたようじゃな」
本殿に現れた蛇神は、最初に現れた時とは違い、女性の姿だった。
「え。変えられるんですか、性別」
思わず目が丸くなったのを覚えている。
「巡り」を経た今じゃ、もう当たり前のことだけれど、その時はとってもびっくりした。
……スタイルもいいし……胸も大きいし……何より(男体の時からそうだけど)、めちゃくちゃ美人だし……。
「人間が雌雄を気にしすぎなのじゃ……と、思うたが。妾もこちらの方が胎の具合が良いゆえ、確かに、肉体によって得手不得手はあるようじゃ」
「……え? 眷属って、そういうこと? あなたが産むんですか?」
「? 他に何があるというのじゃ」
「『当たり前じゃろ』って顔やめてください!?」
……まあ……蛇の雌は単為生殖できる場合があるって聞いたことはある。
そりゃ、そういう状況なら人間でいう「雌」……女性の方が、勝手がいいよね。
……未だに邪念というか、なんというか、複雑な感情というか……煩悩というか、私の中でぐるぐるしていて……女性らしさ全開のこの豊満な肉体で「産む」とか言われると気になってしまうというか……いや、男体のままで「産む」ってのもそれはそれで倒錯してて気になるけど……ああもう! この話考えると頭が変になってくる!
深呼吸。……落ち着け、私。
「や、やっぱり無理です! 落ち着けません!」
そして、案の定当時の私は落ち着けなかった。
「な、なぜじゃお前さま! ……い、いや、そうじゃな。新たな種に生まれ変わるなど、簡単に受け入れられる話では……」
「そうじゃなくて! そっちはもう良いんですけど! 別の問題がですね……!」
「べ、別の問題じゃと……人間の心はよくわからぬな……」
蛇神は目を白黒とさせながら、再び「髑髏! 己にはわかるか!?」と声を張り上げる。
確か、当時は「儀式」用の配置で、髑髏と刹鬼は本殿の警護に移り、門番は数人の覡に任せていたような気がする。より戦力の高い方を近くに配置するあたり、相当この「儀式」は重要視されていたんだろう。
それはそうと、よくよく思い返せば、こういう時に意見を聞かれるのは髑髏が多かった気がする。もしかして、髑髏が一番人間臭いから、「人間の心を聞くなら髑髏」みたいな考えになってるんだろうか……?
髑髏は刹鬼を伴って現れると、面倒そうに頭をガシガシ掻きながらこう答えた。
「そりゃまあ、話聞く限りアレでさ。『交尾』にしか聞こえねぇからでしょう」
「髑髏の。言葉が直截に過ぎるぞ」
髑髏の直球すぎる指摘に、刹鬼が冷静に突っ込む。
……いや、私もさすがにそこまでは思ってなかったよ。そこまでは。
「な……なぬ!? そのような俗っぽい話では……」
「要は魂を胎ん中に入れて、眷属として産み直すって話でしょう? ……どう思うよ、刹鬼の」
「貴殿の思考が俗世の穢れに慣れすぎておるのだ」
「なんでだよ。中に入れてガキ拵えるんだろ」
「髑髏の……」
呆れて絶句してしまう刹鬼。ついでに、場の空気もだいぶ凍ってしまった。
「ち、違うのじゃお前さま! 妾は決して、よこしまな想いでこのようなことを申したわけではないのじゃ! そ、それに妾は交尾とかしたことないし、よく分からぬのじゃ……!!」
必死で言い繕う蛇神。しれっと処女だって明かされたけど、そこまで言わなくても大丈夫だよ……。あなたが純粋なのは、もう何となくわかってた。
というか、この空気は完全に髑髏が悪い。なんてことを言ってくれたの、髑髏。
「ごめん……よこしまな想いになってるのは、たぶん、私の方かな……」
「どういうことじゃ!?」
こうして、私は髑髏と自分自身の煩悩のせいで平常心を乱されたまま、本殿の中に向かうことになってしまった。
「……その、お前さま。嫌になったのであれば、止めにしても良いのじゃぞ」
気まずそうに言う蛇神に対しては、静かに首を横に振った。
「ううん。嫌とかじゃないよ。……ちょっと、恥ずかしくなっちゃっただけ」
鱗だらけの青白い手に、そっと触れる。
本殿の扉が閉まり、静寂が私たちを包んだ。
蛇神の頬に手を添えた瞬間、指先が熱を帯びた。
青白い鱗の下から、微かな鼓動が伝わってくる。
蛇神の鼓動はやがて、私の心臓と重なり、やわらかな感触が私の肌を包み込んだ。
胸の奥が騒めく。
これは、よこしまな感情?
それとも――もっと別の、何か?
「お前さま……わらわの、中に……」
囁く声が、夜闇に溶けていく。
唇が触れた。
互いの息が絡み、ひとつになる。
それは祈りのようで、睦言のようでもあった。
衝動に身を任せ、貪るように境界の先へと進んだ。
「あ……」
朱い瞳が揺らぎ、澄んだ光を宿す。
光は私の胸の奥を照らし出すように、穏やかに燃え……蛇神の身体が、大きく震える。
――その時、確かに悟った。
彼女の中に、私が宿ったのだと。
この時の私は、自分の選択を少しも悔いてなんかいなかった。
……後悔したのは、もっと後。
眷属となってからのことだった。




