第二十三話 過ち
その後の私は、当然のごとく取り乱した。
私は、私として生きるためにあの家を……「母の実家」を飛び出した。
お母さんはもう、昔のようには接してくれないだろうけれど。お父さんと妹が待っているあの家が、私の「生家」だ。
帰りたかった。
あの頃に戻りたかった。
「才能」に気付かれなかった頃に。
普通の少女として生きられていた頃に。
周りの大人に、可能性を決められていなかった頃に――
……死にたかったわけじゃない。
「……お前さま」
体温の低い蛇神の手が、私の頬を包み込む。
大粒の涙が、鱗だらけの手を伝って白い袖口を濡らした。
「儂は、お前さまの生を取り戻すことはできぬ」
揺れる朱い瞳が、葛藤するように、私の視線と重なる。
「されど――新たな生を、与えてやることはできる」
蛇神の足元で、小さな影が蠢く。
白く、細長い身体。つぶらな朱い瞳――「眷属」だ。
「無論……お前さまが望むのであれば、じゃが……」
断る理由は、特にないように思えた。
私は死者で、ここで匿われていなければ存在すら保てない。
どうせ帰れないのなら、新たな命として生まれ変わるのも、悪くないと思った。……思ってしまった。
「巫覡……ああ、女子なら巫ですかね。そっちで雇うのは無理なんですかい?」
髑髏の問いに、蛇神は静かに首を振る。
「生きているうちに迷い込んでおれば、その道もあったかもしれぬが……」
その言葉が、チクリと胸を刺した。
たとえ、自分が生きているように感じていたとしても――その場に、実体を持っているように見えたとしても、
私は、魂だけの存在なんだ。
「……巫覡の皆も、亡者ではあるのでは……?」
「奴らはみな、生前に儂と縁ができており、死後も仕えると契りを交わしておる。……無論、理の輪に戻りたいという者には無理強いもしておらぬ」
刹鬼の問いに、蛇神は険しい顔で腕を組む。
髑髏が、気まずそうに骨の指でぽりぽりと頬を掻いた。
「あー……要するに、死んでからじゃ厳しいんすね」
「己らはまた例外じゃが……神域も幽世とはいえ、器のない魂が長居できる場所ではないのじゃ。多少の妄念や執着では、どうにもならぬ」
多少の、という言葉には、項垂れるしかなかった。
死にたくなかった死者なんて、山ほどいる。
家に帰りたい……なんて未練は、きっと、有り触れたものだ。
あの時は、彼らの事情なんて何も知らなかったけれど、三つの「巡り」の記憶がある今は理解できる。
激しい飢餓によって他者の魂すら喰らって永らえてしまった髑髏武者。
血に染み付いた呪いのせいで死ぬことすら許されなかった刹鬼武者。
そして――積み重ねた罪過によって、いびつな形でこの世に留められてしまった外法僧正。
有り触れた平凡な望みじゃ、「例外」になんてなれない。
「……わかった」
静かに頷き、私は、自分から蛇神の手を取った。
「私――あなたの眷属になります」
きっと、それが。
「それしかない」と、思い込んでしまったことが。
私と蛇神の、「過ち」だったのだろう。




