第二十二話 巡り
「……『めぐり』……?」
お前さまは、既に三つ「巡った」記憶があるはずじゃ。
それ以前……もっとも初めの「巡り」について、話さねばならぬ。
わらわも、ようやく決心がついたでな。
「繰り返すようになった『きっかけ』ってこと?」
そうじゃ。
お前さまは覚えておらぬじゃろうが、わらわとお前さまの、「過ち」がすべての始まりじゃった――
***
「過ち」。
その言葉を聞いた瞬間。
蛇神の「眷属」である子蛇が、ちょんと私の手をつついた。
こちらを見上げる、つぶらな朱い瞳――
失われたはずの記憶が、ゆっくりと、形を取り戻していく。
そうだ。私は、確か……
***
最初に本殿に招かれた時、蛇神は今よりもずっと暇そうにしていた。
「特にやることもないでな。ゆるりと過ごすが良い」
その時は確か、男の姿をしていたと思う。
今思えば、必死に「私にとって好ましい姿」を考えていたんだろう。
……本当に、優しくて可愛らしい神様だ。
「神様……なんだっけ? 普段は何をしているの……?」
当時の私は、やっぱり警戒しきっていた。
内心は「私を食べるつもりなんじゃ」って、恐怖でいっぱいだったように思う。
「……特に、何もしておらぬ」
その時の蛇神は、諦めたような表情で、寂しげな笑みを浮かべていた。
「儂は、何も為せず、何も救えず……何も、守れなかった。神など名ばかりじゃ」
今なら、わかる。
おりんさんの話には、それが本人の意思か、覚范の仕込みかは分からないけれど虚言もたくさんあった。
それでも、本当のこともたくさん含まれていたんだ。
廃れた信仰。忘れられた神。……滅びた土地。
おりんさんは、蛇神を「村の復活を諦めきれない神」だと語った。
でも、そうじゃなかった。本当はとっくに折れて、諦めてしまっていた……。
「今は配下や眷属と共に、ひっそり暮らしておる。……お前さまも、気兼ねなく過ごすといい」
「いや、あの、私……家に、帰りたくて……」
そう。その時の私は、まだ、自分が生者だと思っていた。
今思えば、蛇神の引きつった表情の理由も、よく理解できる。
死者を生き返らせることは、「神」にすらできないのだから。
「……それは……できぬ」
「ど、どうしてですか?」
「それは……その……。……ええと、なんと申せば……」
どうやら蛇神は、巡るうちに取り繕うのが上手くなっていたらしい。
「最初」の姿は見ていられないくらいボロボロだった。この有様じゃ、隠せるものも隠せない。
「……もしかして、私を食べようと……」
「ち、違うのじゃ! 決してそういうことではないのじゃ! 儂はお前さまを害すつもりなど、これっぽっちもないのじゃっ!!」
……そうだね。
前は、こんなにも焦っていたんだね。
今思い出したはずなのに、なんだか、懐かしくなってきちゃった。
「ち、ちと待て。話し合ってくる」
「……何をですか……?」
「そ、そんなに怯えた顔をするでない! 門番を呼ぶだけじゃ!」
そのまま蛇神は忙しなく駆けていき、「髑髏! 刹鬼!」と、門番の二人を呼ぶ声がする。
……数分後、髑髏面と鬼面を被ったままの二人を連れて、蛇神は息を切らせて現れた。
「正直に言っちまった方がいいんじゃ?」
髑髏の方が、面倒くさそうに言う。刹鬼の方はというと、下を向いて考え込んでしまっていた。
「……案ずるな。危害を加える心算はない」
とはいえ、それだけはしっかりと伝えてくれる辺り、刹鬼もやっぱり「いいやつ」なんだと思う。……だからこそ、あんなに壮絶に苦しんでいたんだろうけどね。
「っつーか……隠してどうするんです? いずれ分かることですぜ」
「そ、それはそうなのじゃが……」
髑髏の方は何というか、リアリストだなあ。
まあ、仕方ないんだけどね。……髑髏は髑髏なりに、苦労してきてたから。
「あの……私、何かあるんですか……?」
結局、色々言われたことで察してしまう私。
ここまで来ると、「警戒」というより、「不安」の方が大きかったように思う。
「お前さまは……そのう……」
やがて、ためらいながらも、蛇神は真実を告げる。
「既に、死者なのじゃ。……ゆえに、帰ることはできぬ」
今なら、わかる。
蛇神がなぜあんなに頑なに、私の死を隠そうとしたのか。
生きている人間として、扱おうとしたのか。
……私の過ちが、そうさせてしまったんだ。




