第二十一話 死者
はっと目を覚まし、身体を起こす。
血の池に沈んだはずの身体は乾いており、足首に絡みついた髪の感触も、綺麗さっぱり失われていた。
「……お前さま……」
浮かない顔立ちの蛇神が、私の顔を見つめている。
「どこから、覚えておられるのじゃ」
どこから。
それはつまり、私が覚えている以上に、似たような「悪夢」が繰り返されたということ……?
「……今回で、四回目じゃないの」
「……。そうであったか。さすれば……つらい記憶を、引き継がせてしもうたのじゃな」
心の底から申し訳ないといった様子で、蛇神は語る。
その様子で、理解した。
私は、ここでの生活を繰り返している。……今まで覚えている以上に、何度も、何度も……。
「私は、死者なの?」
「……!」
「そうなんでしょ。山で足を滑らせて、池に落ちて――」
「そこまで……思い出してしもうたのじゃな」
観念したように、蛇神は小さくため息をついた。
そうして、再び顔を上げた時。朱い瞳には、確かな決意が宿っていた。
「わかった。すべてを話そう。もう……隠し立てする理由もなくなってしもうたゆえ」
重苦しい声が、沈痛な表情が、「もう戻れない」と伝えてくる。
ごくりと生唾を飲み込む。
……それでも。
私は、先に進まなきゃいけない。……知らなきゃいけないんだ。
***
蛇神は大きく深呼吸し、
あくまで淡々とした声音で、語り始めた。
***
遭難者の魂が迷い込むことは、特段珍しいことではない。
実際、最初にお前さまが現れた時は、「よくある話じゃ」とすら思うておった。
びしょ濡れの、黒髪の女。服装からして、どこぞの学生か――と、眺めておったが、ふと、気が付いた。
お前さまではないか、と。
何のことか、わからぬじゃろうな。
今は、それでも良い。お前さまの、生まれる前にまつわる話じゃ。
……まだ、気にせずとも良い話じゃ。
わらわは、急いでお前さまのもとに向かった。
何を話せばよいのか、何をしてやればよいのかとんとわからぬまま……とにかく、お前さまに会えることが嬉しかったのじゃ。……同時に、悲しくもあったがの。
わらわとて、お前さまがそのような最期を迎えることなど、決して望んでいなかった。されど……お前さまが生者のままであれば、わらわとお前さまが出会うことなど、万に一つもなかったであろう。複雑な想いじゃった。……今でももちろん、複雑な想いのままじゃ。
お前さまは、自分が死したことに気付いておらず、自らの異変には頑なに目を閉ざしておった。ゆえに……自ら事実を受け入れるまで、わらわも、目を瞑ることにしたのじゃ。
「……気を遣わせちゃってたんだね」
まあ……そう、自分を責めるでない。
誰しも、死を厭うものじゃ。お前さまのような年若い者であれば、なおさらじゃ。
「……。……それで……社に連れてきて、どうするつもりだったの」
まずは、匿わねばと思ったのじゃ。
あの地はの、既に滅んだ地じゃ。……未だに、怨嗟が染みついておる。
魂だけのお前さまは、肉体がある状態よりも更に存在が不安定じゃ。あのまま放っておくわけにはいかなんだ。
「そっか。……ただ、それだけだったんだ」
そうじゃ。後のことなど、何も考えていなかった。ただ……お前さまに、少しでも「居心地が良い」と思ってほしかったのじゃ。
「……ふふ」
な、なんじゃ。突然笑ったりして……
「可愛いなって」
かわ……っ。わ、わらわは真面目に話しておるのじゃぞ! 揶揄うでない!
「ご、ごめんごめん。からかったつもりはなくて……素直に、『可愛い』って思っちゃった」
……その……。
本当じゃな? 世辞でも、揶揄でもないのじゃな?
「本当だよ。私をもてなそうとして、はりきってくれたんでしょ? 可愛いじゃん」
……。やはり、お前さまは、お前さまじゃな。
「大丈夫? 顔、真っ赤だけど……」
お前さまのせいじゃっ!!!!
……と、ともかく。
話を続けても構わぬな?
「うん、続けて。……私も、知りたいことがいっぱいあるんだ」
わかった。
どこまで応えられるかはわからぬが、続けよう。
……そうじゃな。次は……
最初の「巡り」について、話さねばならぬか。




