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【完結済】蛇神譚 犬首村六道繪巻 ― 誰そ彼の契り ―  作者: 譚月遊生季
第三巡 業ノ章 ― 地獄道 ―

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第十六話 錯綜

 はっと目を覚まし、身体を起こす。

 視界は冴え渡り、どこにも鬼の姿は見当たらない。「犬上」。うちの学校にも、そんな名前の子がいた気がする……けど……今は、よく思い出せない。

 ぐるりと見渡すと、私はまた、伽藍堂(がらんどう)の本殿の中にいるらしかった。眷属に囲まれ、静かに座す蛇神の姿が目に入る。


「お前さま、どうしたのじゃ」


 優美に微笑む「彼女」。……その姿は、救いの女神のようにも、破滅へ導く悪魔のようにも見えた。


「……何が目的なの」


 信じたい気持ちと、不気味な状況への不信感が同時に膨らむ。

 真剣に問う私に対し、蛇神はふっと目をそらした。


「それは……」


 ただ一言。

 私をここに置く理由を、ただ一言でも話してくれれば、この不安も多少はマシになるはずなのに。現実か幻想なのかも曖昧な「夢」について教えてくれれば、絡みつくような恐怖も少しは消えてくれるかもしれないのに。

 どうして、話してくれないの? ……それとも、答えられないの?


「……違うのじゃ。妾は……妾は、ただ……」


 歯切れの悪い弁解が、消え入るようにこぼれ落ちる。

 どうにも、要領を得ない。


「それなら、私を家に帰してよ。……母親の実家じゃなくて、神奈川県陽岬(ひのみさき)市の――」


 すべてを言い切る前に、蛇神はぴしゃりと言いきった。

 

「それは、できぬ」


 どうして。そう反駁(はんばく)する暇もなく、蛇神は、ゆっくりと首を左右に振った。


「すまぬが……今の妾には、お前さまを親元に帰すことも、納得のいく(こたえ)を与えてやることもできぬのじゃ」


 何、それ。

 ……じゃあ、どう信じろっていうの?


 私はあなたのことなんて、何も知らないのに。


「……探索は、許してくれるんだよね?」

「もちろんじゃ! ……ただ……」

「宮寺には近づくな、社の住人に深入りするな、渡した『お守り』を持っておけ。……でしょ」

「……その通りじゃ」


 私の言葉に(とげ)を感じたのか、蛇神はぐっと押し黙る。

 ……その姿はまるで、どうすればいいのか分からずに途方に暮れているように見えて――少しだけ、胸がちくりと痛んだ。


「ねぇ、そんなに言うなら、教えてよ。あなたのこと」


 そう声をかけると、蛇神はわずかに身じろぎ、朱色の瞳をおそるおそる私に向ける。


「わ……わらわは……」


 震える声は、「神」と呼ぶにはあまりにも(もろ)くて、頼りなくて……

 黙って耳を傾けようと、姿勢を正す。……その瞬間。


「蛇神さまー!!」


 巫女……おりんさんの、はつらつとした声が響いた。


「あれ? どうしたんです?」


 襖を開け、おりんさんは、きょとんと首を捻る。


「……おりんか。すまぬが、今は話の途中じゃ。後にしてくれぬか」

「ははあ……蛇神さまなりに、()()()とかあるんですねぇ」

「その言い方は止さぬか……!」


 おりんさんの言葉に、蛇神はただでさえ青白い顔をさらに蒼白にする。

 罪悪感。

 ……それって、どういうこと?

 何か、後ろめたいことでもあるの?


「まあいいんですけど。刹鬼さん、なんだか落ち込んでましたよ。『鍛錬が足りぬ……』とかぼやいてたし、髑髏さんの励ましにも上の空だし……また、一人で修業でも始めちゃうんじゃ? ほら、前も庭巡りとかしてましたし……」


 修業……庭巡り……もしかして、大木の洞の中に入ってどうにかしようってことかな。

 確かに、あの「魂を映す庭」を使えばできそうな気はする。


「むむ……。それは困るな。髑髏でも励ませぬとなれば、よほど自分を責めておるのじゃろう……」


 蛇神は眉をひそめ、私の方へと向き直る。


「重ね重ね、本当にすまぬが――後で、必ずすべてを話す。……今はどうか、(こら)えてくれぬか」


 朱い瞳は、真摯な光を(たた)えている。

 どれほど納得できなくても、今は、頷くしかなかった。

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