第十五話 呪血
蔵での騒動の後、私は社務所に連れていかれ、傷の手当を受けていた。
「あんまり深くなさそうですか……?」
「そうだね。見た感じ、大した傷じゃないよ」
巫女……おりんさんはテキパキと私の傷の処置を終えていて、「蔵に何かいる」と怯えていた時とは別人のように見えた。
周りでは、他の巫覡だろう人たちが、忙しなく走り回っている。
「だけど……心配なのは、これからだね」
「え。……な、なぜですか?」
私が問うと、おりんさんは真剣な表情で、眉間にシワを寄せた。
「いやさ、人によるんだけど」
……そう、前置きし、おりんさんは歯切れ悪く語り始める。
「刹鬼さんって、その……血筋にかけられた呪いのせいで『ああ』なっちゃってんだよね」
「……そうだったんですか」
「うん。……それで……あの刀なんだけど、色んな人の血を吸ってて、同じくらい刹鬼さんの血も吸ってんの」
同じくらい刹鬼の血も吸った。
……その意味が、何となく理解できてしまう。
つまり、何度も自害しようとしたってこと……だよね……?
そんなの、あまりにもつらすぎる。
「だから……もしかしたら、まずいかもなって……」
どくん。
心臓が脈打ち、視界が霞む。
おりんさんの顔がぼやけて、全く違う――異形の顔が現れる。
真っ赤に変色した皮膚に、突き出た角。
まるでそれは、刹鬼が見せた鬼の面の下――左半分の素顔のようで……
ぐるりと辺りを見回す。
視界がぼやけ、鬼が現れる。
人がいた場所にも、いなかったはずの場所にも、次々と、鬼が姿を現す。
どこに、誰がいるのかも分からない。誰が誰で、どんな顔なのかも分からない。
鬼だ。鬼しか視えなくなっていく。
「た、大変! 蛇神さま――それとも――覚范入道――?
――! ――!!!」
おりんさんの声が、いびつにひび割れる。
鼓膜の内側から脳を揺らすような、声とも音ともつかない何かが、常に響き続ける――
これが。
こんな、おぞましい幻が、刹鬼の視ている世界なの……?
吐き気が止まらない。
幻想のはずなのに、現実が、塗り潰されてしまう。
「お前さま、お前さま! どうしたのじゃ!」
蛇神らしき声が聞こえるけれど、音は歪んでぐちゃぐちゃで、もはや、誰の声だか分からない。
私の視界に映っている「どれ」があの人なのか、もう、見分けがつかない。
どこを見ても、何を見ても、「悪鬼」しか視えない……!
「しっかりして! あたしは味方だから……!」
これは……これは、おりんさんの声……?
でも……分からない。どこにいるのか、どれがおりんさんなのか、分からないよ……!
床に寝そべる悪鬼、天井にぶら下がる悪鬼、こちらを見てニタニタと笑う悪鬼、身体にまとわりつく悪鬼、襲い来る悪鬼。
視界が真っ暗に塗り潰される。
悪鬼まみれの世界を拒絶するように、意識が急速に薄れていった――




