第十四話 救援
とっさに蹲った私の耳に、聞き覚えのある声が届く。
「……遅うなった。すまぬな」
視界に、透き通るような白髪が映る。
途端に、全身の力が抜け、涙がこぼれた。
……そっか。本当に、助けに来てくれたんだね。
あなたは、本当に私を……守ってくれるつもりだったんだ。
「刹鬼。……己にも謝らねばならぬ。儂が、判断を誤ったようじゃ」
「アァ……ゥウ、アァァァァァァッ」
悲鳴にも似た咆哮を上げ、刹鬼は蛇神へと斬りかかる。
その刃をするりとかわし、蛇神は刹鬼の背後を取った。鱗の浮かんだ青白い腕が刹鬼の胴体を絡め取り、羽交い締めにする。
緋色の長髪を振り乱し、刹鬼はなおも抵抗を続けていた。
「お前さま、鏡じゃ」
「えっ」
「持っておるじゃろう?」
血のように緋い刹鬼の瞳とは異なり――黄昏のように朱い蛇神の瞳が、私の方を見る。
何が何だかよく分からないけれど……促されるままに、ポケットから鏡を取りだした。
――そりゃ、おれには効かねぇよ
どこかで聞いた、髑髏の言葉を思い出す。
ああ、そうか。この鏡が効くのは、髑髏じゃない。……刹鬼の方なんだ。
「……っ、ごめん、刹鬼……!」
斬られた腕が痛い。……けれど、今はそんなことを言っていられない。
鏡を見せつけるように掲げると、刹鬼の表情が、みるみるうちに青ざめる。
からん、と虚しい音を立て、刀が蔵の床へと落ちた。
「アァ……あ……ァ、ぁ……アァ……うぁぁぁぁぁぁ……っ!」
鬼哭。……きっと、その言葉が、今の刹鬼にはふさわしい。
がくりと膝を折り、鬼と化した武者は、見開かれた瞳から黒い涙を溢れさせた。
「髑髏。……あとは頼んだぞ」
蛇神の声に続き――気の抜けた声が、蔵の中に響く。
「へいへい。……やっぱり、あんたの隣はおれじゃなきゃなあ」
髑髏は刹鬼の前に跪くと、骨と化した指を、彼の眼前に差し出した。
「分かるぜ、刹鬼の。おれだって、喰いたくて喰ってるわけじゃねぇ……」
刹鬼はおそるおそる自らの手を差し出し、髑髏の骨の指に触れる。
震える指で感触を確かめ――刹鬼はようやく我に返ったのだと思う。
焦点の合わなかった瞳は髑髏の方に定まり、堰を切ったように、言葉が溢れ出す。
「視える……視えるのだ……吾には……悪鬼の姿が……いや……すべてが……すべてが悪鬼にしか視えぬ……!」
きっと、目が悪いというのは、真実だ。
けれど、彼の場合、決して見えないわけじゃない。
……見えてはいけないものが、視えてしまうんだ。




