第十二話 刹鬼武者
「……あの」
ともかく、勇気を出して声をかけてみる。
あれが夢なのか、現実なのか、この目で確かめないといけない。
何が起こっているのか、誰が、何を目的としているのか……自分の目で、見定めないと、先へは進めない。
「貴殿は……蛇神さまの客であったか」
反応したのは、鬼の面を被った「刹鬼武者」の方だった。
「庭に、案内してもらいたいんですけど……」
私がそう言うと、茶化すような声が下から聞こえる。
「だってよ、相棒。一人で行けるかい?」
うう、喋る生首はあまり直視したくない。……さっきの「悪夢」の件もあって、どう関わればいいのかわからないし、子蛇もなんだか警戒している雰囲気だし……。
「……。髑髏の、貴殿は罰を受けているのだろう。ならば、吾が行くほかあるまい」
「刹鬼武者」はかなり悩んでいる様子だったけど、やがて、意を決したように私の方を向いた。
……大丈夫かな。さっき見た「夢」だと、この人(?)、目が悪いんじゃなかったっけ……?
「へーい。まあ、せいぜい頑張っておくんな!」
気の抜けた声で送り出す「髑髏武者」。その姿からは、あの「悪夢」のような凄まじさは一切感じられない。
……こうして見ると、気さくで親しみやすい人なんだけどなあ……。
刹鬼武者に先導され、庭へと向かう。……方角は、やっぱり、「夢」で見た時と変わらない。
「……チッ」
風がかき消すはずだった舌打ちが、偶然、私の耳に届く。
振り返ると、髑髏面の奥から、鋭い眼光が私を睨みつけて――
ぞっと背筋に悪寒が走る。
「如何なされた」
刹鬼武者が、促すように声をかけてくる。
私はぶんぶんとかぶりを振り、「なんでもない、行こう!」と返す。
今はただ、この場から逃げ出したかった。
***
刹鬼武者に連れられ、夢で見た通りに庭を巡る。
春の庭は満開の桜が無限に花びらを散らしていて、夏の庭は黄昏に染まった新緑……やっぱり、夢と変わらない光景だ。
違うのは、私の肩には子蛇が乗っているのと、隣にいる相手が「髑髏」ではないことだけ。
「…………」
というか、どうしよう。めちゃくちゃ無言だ。庭に来るまでも、春の庭でも夏の庭でも、ずっと無言。
さすがに気まずい……!
「あ、あの」
「……?」
「……?」じゃないよ。返事するにしても、もう少し何かあるでしょ!
うう、やりづらいなぁ……。
「目が悪いって聞きましたけど……大丈夫ですか」
「鍛錬ならばしている」
「そ、そうですか。じゃあ、大丈夫ですかね……?」
「……少なくとも、今は問題ない」
「そ、そうですかぁー……」
話題、終わっちゃった……。
対話の糸口は掴めず、二人の間には空っ風が吹き抜けるだけ。
どうしよう、この気まずい沈黙。子蛇ちゃんまで、気まずそうにしょんぼりしちゃってるよ。
「え、えっと、私、城島秤って言うんですけど……刹鬼武者さんに、名乗りましたっけ……?」
「吾に直接名乗ったは、今回が初めてやもしれぬ」
「あ、じゃ、じゃあ、その、改めまして、城島秤です……。よ、よろしくお願いします……?」
自己紹介から初めてみたものの、鬼の面がこっちを向いただけで、またしても沈黙が始まってしまう。
刹鬼武者の、血のように緋い長髪が、吹き抜けた風に揺れる。
やがて、刹鬼武者は、ぽつりと呟くように言葉を発した。
「警戒しておるのだろう」
「え」
「無理に、明るく努める必要はない。同じく――無理に、親しくあろうとせずとも良い」
静かな声が、一言一言を噛んで含めるように伝えてくる。
「貴殿が名を呼ばれたいのなら、吾はそれに応じよう。されど……時には、踏み込まれたくないこともあろう」
低く、静かな口調ではあるけれど、聞き取りやすく、しっかりと胸に届く声だった。
気さくな髑髏とは違っても、彼は彼なりに、私を気遣ってくれているらしい。
そう思えば、刹鬼武者……刹鬼と、私の間に横たわる沈黙も、そう悪くないように感じた。
「……あ」
そうだ。そういえばこの「夏の庭」。
夢の中だと、木の洞に鍵があったような……。




