第十一話 白昼夢
はっと目を覚まし、身体を起こす。
じっとりと汗に濡れた身体は自由に動かすことができ、確かに感じたはずの激しい飢餓感は消え失せていた。
……けれど、確かに思い出せる。
食い込んだ骨の指の感触に、軋む身体と、喰らわれる意識の感覚――
「お前さま、どうなさったのじゃ」
「……!」
傍らにいるのは、あの餓者髑髏じゃない。……髑髏武者でもない。
白い髪に、朱色の瞳。ちろちろと覗く、割れた舌先。
美しく整った顔立ちの奥に、どこか両性を思わせる妖しさがある。今、この姿が「彼」なのか「彼女」なのか……私には、見極められない。
「悪い夢でも見たのじゃろう。やけにうなされていたぞ」
甘やかな、少し掠れた高い声。凛としていて、それでいて艶っぽい、大人の女性の声。
間違いなく疑っていたはずのに。
むしろ、信頼できる要素なんて何一つ見つかっていないのに。
……どうしてだろう。
「会いたかった」と、思ってしまった。
「……夢……?」
そうか。あれは、夢だったのか。
どこからだろう。朝起きて、蛇神の眷属に会って、この社を探索したいと言って――それも全部、夢?
私の周りを、三~四匹の子蛇たちがくるくると回る。子蛇たちは小さな舌をちろちろと伸ばしながら、つぶらな瞳で私を見上げている。
……まるで、「大丈夫?」とでも訊いてくるように。
「おそらくは、白昼夢じゃな。忘れると良い」
ポケットには、受け取った鏡と鈴。――そして、肩に乗っかるもう一匹の子蛇。
「夏の庭」で手に入れたはずの鍵は持っていない。やっぱり、あれは夢……?
ふと、足首に視線をやり……呼吸が、止まる。
どす黒い痣が、そこにはあった。手の形をしたそれは、足首からふくらはぎを掴むように浮かび上がり――
思わず目を閉じ、「ひっ」と声を上げてしまう。……もう一度、ゆっくり目を開けると、手の形の痣は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
「そういえば、探索したいのじゃったか」
蛇神は平然と語りながら、襖を開ける。
「先ほども言ったが、宮寺には近寄ってはならぬぞ」
そういえば、そんな話もされた気がする。
……おそらくではあるけれど、覚范入道がいるのが宮寺なんだよね……?
「そして、此処に住まうものに、深入りしてはならぬ」
深入りしてはいけない。
……その忠告が、なぜか、ちくりと心に刺さる。
「最後に。……その鈴を、決して離すでないぞ」
女性らしい艶めいた声が、ほんの一瞬、わずかに低くなる。
振り返った朱い瞳が、きらりと煌めく。
今、もしかして、釘を刺された……?
「では……くれぐれも、気を付けるのじゃぞ」
その、優しい声は。
優しい、眼差しは……
本当に、私を守ろうとしてくれているの?
――どこまで、信じていいの……?
***
本殿の外に出ると、参道の脇にかかしのようなものが見えた。
あれ。こんなのさっきはなかったような……
「……今度は一体、何をやらかしたのだ」
かかしの前に立っているのは、鬼の面を被った男性。
……名前は確か、「刹鬼武者」だったっけ?
なんて思っていると、かかし、および刹鬼武者の足元で、丸い塊が喋る。
「いやあ、よく思い出せねぇなあ。腹が減ってたことしか……」
喋っているのは生首に見えるけど、何なら髑髏面を被っているように見えるけれど、きっとそうじゃない。そうじゃないと信じたい。
「降ろしてくれねぇかい、刹鬼の」
やっぱり生首だ。しかも普通に喋っている。
かかしの方も、遠目ではかかしのように見えていたけれど、今は磔にされた胴体にしか見えない。どう見ても、木組みの磔台に、骨の腕が括り付けられている。
……生首に、骨の腕、か。
髑髏との邂逅。あれは本当に、「夢」だったの?
――飢えたことがなきゃ、わからねぇよな
あの激しい飢餓と渇望を、本当に、「悪夢」で済ませていいの……?




