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ヴラドが所持品を捜索に行っている間、エリアスには通常の仕事が待っている。シャロンはアイオンとマリアベルと一緒に木の実を採りに行くことになり、久しぶりに診療所にはエリアス一人の時間が流れていた。
「エリアス、いるか?」
「あ、エイデン。お疲れさま。どこか怪我でも?」
「いや……ただ、様子を見にきた。ここしばらくプレイをしてないから、大丈夫かと思って」
「ああ……そういえばそうだったね」
エリアスはSubとしての欲求が強く、定期的にプレイをしないと不安定になることが多かった。我慢のしすぎで倒れたこともあったので、今ではそうならないようエイデンに協力をしてもらっていたのだ。
でも彼に言われるまで、エリアスは自分がプレイをしていなかったことに気がついていなかった。いや、正確には、プレイをしたいという欲求はエリアスの奥底にあるにはある。
ただそのプレイの対象がエイデンではなく、別の人を求めている自分の卑しさに見て見ぬふりを決め込んでいた。
「……そろそろ、しておこうかな。大丈夫だと思ってたけど、危ないかもしれないから」
「そうだよな。少し期間が空いたから心配でさ」
「気にしてくれてありがとう。今は人もいないし……ちょっと閉めてくる」
診療所の鍵とカーテンを閉め、エリアスはエイデンの言葉を待つ。彼はいつものように診療室のベッドに腰掛けて腕を広げ「〈おいで〉」と優しい声色でコマンドを発動させた。
「〈跪いて〉」
エイデンのコマンドの通り彼の足の間、床にぺたりとエリアスは座る。じいっとエイデンを見上げると「〈グッドボーイ〉」と言いながら頭を撫でられ、彼の優しい手つきにそっと目を閉じた。
――そうだ、いつもこんなに優しいプレイだった。
エイデンのプレイは『あの時』とは全く違う、甘さだけで出来ているような世界一優しいプレイ。ただ、エリアスの深いところが『これでは足りない』と訴えているのが分かった。
「……プレイをするなら、裏口の鍵も閉めたほうが安全のためにはいいと思うがな、俺は」
「えっ、ゔ、ヴラド……!」
エリアスが目を開けると、裏口に続くドアの向こうからヴラドが診療室の中を覗き込んでいた。エイデンはあまりに突然のことで呆けていたが、ヴラドの姿を確認したエリアスは瞬時にエイデンから離れる。
その様子が面白かったのか、ヴラドはくすくす笑いながら『獲物』を床に置いた。
「お前が欲しいと言ったから、肉も魚も狩ってきた。今日の夜は何料理にする? シャロンは“ととさま”の作る料理なら何でも美味いと言って食べるから、たまにはお前の好きなものにしようか、エリアス」
わざとらしい口ぶりでペラペラと言葉を並べ、エイデンから離れたエリアスの細い腰を抱く。ヴラドに触れられた瞬間ぞわっとした嫌悪ではなく興奮が体中に走り、エリアスはごくりと生唾を飲み込んだ。
それをヴラドは見逃さなかったのだろう。耳元で小さく笑う声が聞こえて、恥ずかしさに熱が顔に込み上げてきた。
「おっと……騎士様は何かお怪我でも? 俺でよければ傷の具合を見てやろうか。これでも少しは知見がある」
「い、いや……そういうわけではないから、もう失礼する」
「あ、エイデン!」
「すまない、エリアス。また来るよ」
エイデンは苦い顔をしてそそくさと診療所を出て行った。中に残されたエリアスはいまだに腰を抱いているヴラドの腕を叩き「最低だ!」と喚く。離せと抗議しても彼は知らんふりで、青い瞳がじろりとエリアスを見下ろした。
「少し〈黙れ〉、エリアス」
「う、ぁ……っ」
やはり、ヴラドのコマンドはエイデンとは比べ物にならないほど強い。たった一言コマンドを出されただけでエリアスの喉の奥がきゅっと締まり、自然と口を閉じてしまう。
まるで最初から声が出せない病にでもかかったかのように、ヴラドのコマンドによって言葉を失った。
「最低なのはお前だ。こんな誰が来るやもしれんところで、あんな弱そうな奴のコマンドを易々と……“かかさま”のくせに、随分と簡単に体を差し出すんだな?」
「……ッ」
反論したいのだがヴラドから『黙れ』と命令されてしまったので、今のエリアスにはそれを守るしかない。ただ欲求の解消のためにエイデンとプレイをしているわけではない、という気持ちを込めてヴラドをきつく睨んでみたが、彼は興味がなさそうに嘲笑った。
「プレイがしたいなら俺が相手をしてやる。その代わりアイツは切れ。〈話していいぞ〉」
「……っ勝手なことを言うな! あんたはいつかこの村からいなくなるのに、無責任なこと言わないでくれ」
「誰が、いなくなると言った」
「え……?」
「シャロンの言うように、ずっとずーっと、三人で幸せな家族でいたらいいじゃないか、この村で」
にこりと笑うヴラドの顔に、今度は正真正銘『恐怖』がエリアスを襲った。
※次回3〜4話非公開エピソードになります。




