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【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る− 【全年齢版】  作者: 社菘
第1章:迷子の竜

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 ヴラドの指を追いかけていたエリアスはハッと我に返り、ぷるぷると頭を振って思考をリセットした。


「……あなたは白竜なんですか? それとも純白? 人魚や獣人の種族とは違うように見えますが」


 タブーな質問だとは思ったが、エリアスは思い切って聞いてみた。すると瞬時にヴラドが纏う空気が変わり、ピリッとして冷たい空気が流れる。氷のように冷めた瞳がエリアスをちらりと見て「ただの白竜だ」と答えた。


「そう、なんですね。俺は黒竜の部類ですが混血らしいので、竜になることはできなくて……」

「でもシャロンは白銀の竜になれる、か」

「……はい。あまり人に知られたくありませんので、この村を出ていくとしてもこのことは内緒にしてください」

「なぜ」

「皇族だと間違われて連れていかれたくないんです。今の帝国は荒れ果てていると聞きます……皇族には珍しい黒竜の皇帝が戦好きだと言われていますし、後継もいないようですから」


 エリアスがそう言うと、シャロンの髪を撫でていたヴラドの指がぴくりと反応した。


「皇帝が黒竜だと知っているようだが、姿を見たことはあるか?」

「いえ……この村に帝国の噂はほとんど届きませんが、黒竜皇帝だという話は聞きました。帝国の情勢は悪化していると」

「……この村は一体どこに位置しているんだ?」

「地図上には存在しません。色んな事情があって国を出た、はみ出し者たちが集う不思議な場所ですから」

「なるほどな……そりゃあ、俺も行き着くわけだ」


 ヴラドは小さく自嘲する。この村に来る前のヴラドが何をしてあんな傷を負ったのか分からないが、この村には確かに『導かれる』ようにして人が来ることが多い。


 きっとヴラドにもこの村にくる理由があり、扉が開かれたのだろう。


「ここが大陸のどこに位置しているのか知らないが、この村を出て行った者は村のことを話さないのか? 地図から消された村があるとは初耳だぞ」

「この村を出ていく人には忘却魔法がかけられます」

「それを俺に言っても良いのか?」

「この会話も忘れますよ、いつか」

「……そうか」


 なんとなく重い空気が二人の間に流れる。この後の会話をどうしたらいいものかとエリアスが考えていると、シャロンがヴラドにぎゅっとしがみついた。


「えー! ととさま、シャロンのことわすれちゃダメだよぉ」

「……かかさまは忘れると。寂しいな、シャロン」

「じゃあ、じゃあ、ととさまはずーっと一緒にいたらいいよ! かかさまとシャロンと、このおうちでずっと一緒!」


 シャロンの言葉にヴラドは一瞬驚いた顔をして、切なそうな笑みを浮かべて頭を撫でる。目を細めながら微笑むヴラドを後ろから見ていたエリアスは胸の奥底から『懐かしい』というような、不思議な感情が湧き上がってきた。


 ただ、何がそんなに懐かしいのか、理由は分からない。過去に同じようなことがあったのか、ヴラドと似た人と一緒にいたことがあるのか、何も思い出せない自分の過去に初めてヤキモキした。


「……できました」

「ああ、すまない。軽くなってすっきりした」


 一番短くなっていた胸元の長さに合わせて切り揃えると、エリアスのほうを振り向いたヴラドの髪の毛がさらりと揺れる。細い髪の毛の隙間から現れた宝石のような瞳と目が合ったかと思えば、ドッと心臓が大きく跳ねた。


「手間をかけた」

「いえ……」

「そういえば、今更だが……君はSubオメガだろう?」

「えっ、どうして分かったんですか?」


 エリアスが驚くと、ヴラドは自分のうなじを指さした。


「俺のコマンドに反応していたのと、うなじの噛み跡を見た。俺でよければ、ここにいる間は手伝わせてほしい」

「いや、それは、その……別に大丈夫です! 発情期も出産後はこなくなったし、Subとしての欲求も……」

「……もしそういう時が来たら、俺を頼ってくれ」


 ヴラドが低く囁いて、エリアスの心臓は思わず跳ねた。ドキドキしている心を落ち着かせながら、じっとヴラドを見つめた。


「な、何でですか」

「俺たちは相性が良さそうだからだ。ああ、そうだ、そういえば忘れていたな」


 ヴラドは膝の上からシャロンを下ろし、部屋からブランケットを取ってきて欲しい、とまるで親が子供に言うように頼んでいた。シャロンが「わかった!」と言って部屋に駆けていくのを見届けて彼はエリアスに向き直り、ソファ越しに腕を引いて自分のほうに引き寄せた。


「〈グッドボーイ〉。褒美を与えていなかったな」

「え、ちょ……っ」

「……君にコマンドを出すのは、気持ちがいい。君のフェロモンも香ってみたかったが、番がいるのは残念だ」


 ヴラドは掴んでいたエリアスの腕を離し、背中から下に向かって指先でなぞっていく。耳元で囁かれながらそんなことをされるとぞわりと背筋が粟立ち、エリアスの中で『何か』が作り替えられていくようだった。


「こ、こういうことはナシ! 俺にはちゃんとパートナーがいるのでっ」


 精一杯の抵抗をして何とか離れると、ヴラドの青い瞳がギラリと輝いていた。


「まぁ、いい。いつでも頼ってくれ」


 そして初めて、エリアスに対してニコッと微笑む。笑顔なのに笑顔ではない表情を読み取ったエリアスが恐怖に一歩後ろに下がると、シャロンがブランケットを引きずりながら居間に戻ってきたので、この話は不思議な余韻を残したまま終了した。




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